第四話 ギルドでの出会い
レイドットはいつもより長めに潜って迷宮貨を稼ぐようになった。やる気になったのかと言うと実はそうでもない。単に食生活を改善しようと考えただけだ。
今日も迷宮に潜ろうとギルドに来てみると、中から騒がしい声が聞こえて来た。
「うおおー! 誰か根性のある奴はおらんのかー!」
そう声を張り上げる大男の傍らで、一人の少女が顔を赤くして大男を制止している。
「ちょっと兄さん! 恥ずかしいからやめてー!」
大男を兄さんと呼ぶからには兄妹なのだろうか。二人とも革鎧を身につけているところを見ると冒険者だろう。大男の方はいかにも粗野といった風貌で、炭を引いたような太い眉に四角く骨ばったいかつい輪郭。体つきは筋肉質で、レイドットより頭半分ほどの身長がありそうだ。
その大男に対し、妹の方はとても血の繋がりを感じさせないような細い体格で、革鎧を着けながらも体のラインは勾配の緩急が女らしさを示し、滝のように流れる黒髪は腰までを覆っていた。
「しかしリィザ、何とか魔法使いを仲間にせんと、このままでは迷宮に入れんではないか!」
「んー、でも兄さんが勧誘したらみんな逃げてるしー……」
少女は騒ぎを遠巻きに見ていた野次馬冒険者達を見渡す。冒険者達は次々と目を逸らしていく。
レイドットが不審に思って見ていると、少女がレイドットの方を見た。
目が合った。
合ってしまった。
少女は大男に何事か呟くと、にっこりと笑みを浮かべてこちらに歩いて来た。
「あの……冒険者の方ですね?これから潜られるんですか?」
少女に話掛けられたレイドットは思わず周りを見渡した。レイドットに見られた冒険者は慌てて目を逸らしていく。何だろう、この嫌な空気は。レイドットの背中にたらりと汗が流れた。
「一応潜るつもりだが……」
そう答えると少女が手を握ってきた。いきなりだった。
「私、リィザといいます。宜しかったら冒険者さんのお名前を教えて頂けますか?」
「レイドットだ」
近くで見れば中々の美少女である。レイドットとて手を握られて悪い気はしない。欲を言えばもっと若い方が好みだが。いや、この少女はレイドットと同じか少し若いくらいだろう。あくまでレイドットの好みとしての問題だ。
「レイドットさん、きっと迷宮には詳しいんでしょうね」
「そんなことはない」
「迷宮には何人で潜られるんですか?」
「一人だが……」
キラリ
少女の目が光った気がした。
「まあ、一人で……でも、迷宮には武器が効かないモンスターも出ると聞きます」
「あー、確かにいるな」
「そんな相手に出会ったらどうなさるんですか?」
「それはもちろん、魔法で……」
ガッ!
レイドットの右腕に少女の両腕が絡みつく。凄い力だった。
「ゲット! 兄さーんっ! 魔法使いさんゲットしたよーっ!」
「はい?」
「おお! でかしたぞリィザ!」
レイドットの腕にしがみつく少女の元に大男が走り寄ってくる。少女はにこやかに言った。
「レイドットさんっていうんだって! これで安心して迷宮に潜れるね!」
「うむ! これぞアレグスの導きといえよう!さあレイドット、俺達とパーティーを組もう!」
「はあーっ!?」
いきなりの展開――いや、何か予感はあったのだが。レイドットは面食らったが、とりあえずは二人の話を聞くことにした。というか、少女が腕から離れてくれないのでそうするしかなかった。
「取り敢えず、俺はあんたらが誰なのかも知らないんだがな」
「おお、これはすまん! 俺の名はグラッグ、こいつは妹のリィザ」
グラッグは渋い顔をして受付の方を見た。
「聞けば、魔法を使えない者だけで迷宮に入るには、特別な許可がいるそうな」
レイドットは頷いた。
「ああ。確かそんな規約があったようだが」
「そこが問題なのだ。俺もリィザも魔法が使えんのでな」
迷宮には物理攻撃無効なモンスターが存在する。死霊系や攻撃反射系等だ。そのため、魔法等でこれを排除する手段を持たないと判断された場合、迷宮への立入を許可されない場合があった。
潜る階層にもよるが、ある程度の魔法能力を持つ仲間がパーティーにいれば簡単に許可されるのだが……。
「魔法……もしかして、まったく使えないのか?」
確認するレイドットに、二人はこくこくと頷いた。少し考える。状況はだいたい理解できた。
「掲示板に、パーティーメンバー募集を……」
最後まで言い切れなかった。募集はとっくに出したと言う。
「ということは、募集はしたけど応募が無かった……?」
こくこく。頷かれた。
どんな風に募集したのだろう。レイドットは掲示板を見に行こうと、いまだ両腕でしがみついているリィザをさりげなく引き離そうとした。が、離れない。しっかりとしがみついている。どうしたものかと考えたが、諦めてそのまま掲示板へと向かう。
ギルドの壁には大きな掲示板が掛けられており、そこには所狭しと様々な報告や依頼が貼り出されている。問題の募集はどれだろうか。リィザが一枚の依頼書を指差した。
「私達の出した募集なら、これ」
さっそく目を通す。
【求む 魔法使い】
【魔法さえ使えれば誰でもOK!】
かなりゆるい条件だった。これで何故、誰も応じないのだろう。
【こちら二人組パーティー】
【グラッグ・使用武器 ウォーハンマー】
【リィザ・使用武器 ウォーハンマー】
「バランス悪っ!」
思わずレイドットは叫んでいた。少しも魔法を使えないのはまだ許せる。しかし二人ともウォーハンマー使いとは。武器の特性上、硬い敵には有効だが、素早い敵、飛び回る敵などには向いていない。少人数パーティーならば一人いれば十分だ。
「弓とか槍とか、他の武器は使えないのか?」
「……俺達は二人ともドラゴンギフトの特化型だからな。それもウォーハンマーのみに特化したタイプで、他の武器はからっきしだ」
「ギフト持ちか!」
レイドットは驚いた。それも特化型だという。
ドラゴンギフトを持つ人間にはいくつかのタイプが存在する。大きく分けて三種類。万能型、特化型、特異型だ。
万能型は筋力、魔力ともに優れ、あらゆる武器や魔法を使いこなすバランスに優れたタイプだ。
特化型は一部能力に限定されるが、極めて高い能力を持つ。代償として他の能力が著しく低くなる場合が多い。
特異型は稀に存在する。文字通り特異な能力を持つ。確認されている事例としては、超再生、魔力吸収、モンスター召喚などだ。
勿論これらタイプはあくまで傾向であり、どれとも言えないタイプもある。しかしいずれにしても、ドラゴンギフトを持つ者は反則的な力を持つことが多い。
レイドットを養子に迎えた例の貴族は、彼を万能型と目して期待したのだが、呆れるほど能力の低い万能型と愛想を尽かして追い出したのだ。
グラッグとリィザはウォーハンマー使いの特化型であるという。特化型は傾向として、それのみに限定されていればいるほど能力が高くなる。これに当て嵌まるとしたら、他の武器を使えず魔法も駄目な分、相当な使い手である可能性が高い。
その点を考慮するならパーティーメンバーとしての需要は十分あるだろう。ただ、先程のやり取りからすると冒険者としてはともかく迷宮については初心者らしい。
「ギフト持ち……しかも特化型。それなら迷宮に不慣れでも仲間に入れてくれるパーティーがありそうだが」
「ああ……確かにあったが……」
途中で口籠もる。何か言いにくそうなグラッグに代わってリィザが言葉を引き継いだ。
「カウンタースライムって知ってる?」
「ああ、知ってる。魔法か物理攻撃どちらかを跳ね返すやつだろ」
「そうそれ。その物理攻撃を跳ね返すやつを倒したいの」
「それは問題無いだろ。ザコだから魔法で簡単に倒せる……って、そうか魔法使えないんだったな。でもあんなの倒したって低ランクの稼ぎにしかならないぞ?」
「魔法じゃなくて、物理攻撃で倒したいの」
「……はぁ!?」
意味がわからなかった。あのカウンタースライムはあらゆる物理攻撃を跳ね返す。しかし魔法には弱いうえ、たいした攻撃能力も持たないザコだ。
この物理にしろ魔法にしろ、攻撃を跳ね返す反射系ステータスを持つモンスターの数は少ない。特定攻撃には無敵という恐るべき存在だが、高レベルの強いモンスターはこのステータスを持たない。
アレグスは無敵モンスターを造らない。いかに強い相手でも倒す手段は必ずある。だから物理攻撃無効と魔法攻撃無効のステータスを合わせ持つモンスターなどは存在しない。これら反射系ステータスを持つのはむしろスライム等のザコなのだ。
「それおかしいだろ。物理攻撃無効だってわかってるのに、何でわざわざ?」
「あはは、だよねぇ……。それでみんな呆れちゃって、パーティー断られたの」
納得がいった。これなら誰もパーティーを組みたいとは思わないだろう。しかし何故そんなことに挑戦しようと考えたのか。
「やってみなければ無理とは限らん」
むすっとした顔でグラッグは言うが、物理攻撃無効のカウンタースライムを物理攻撃で倒しましたなんて話は聞いたことがない。そもそも可能だったとしても、それが何の得になるのだろうか。
「すまないな、こちら酔狂に付き合うほど暇じゃないんだ。なにしろ生活が掛かってるからな。他を当たってくれ」
すげなく断ろうとしたレイドットにグラッグは待ったをかけた。
「報酬は出す。パーティーを組んで、迷宮を案内してくれるだけでいい」
「報酬?」
「金貨一枚でどうだ?」
驚いた。そこまでこだわることにもだが、案内するだけで金貨一枚とは。レイドットのほぼひと月分の収入だ。
(それだけ有ったら美味いもん食えるな……)
少々せこいようだが、最近の粗食に嫌気がさして真面目に稼ごうと思っていた矢先である。
「ほんとに案内だけでいいのか?」
「勿論だ。ただ迷宮には素人だから、その辺のサポートは頼みたい」
考える。何も問題はないように思えた。今月はリッチな食生活を送れるかもしれない。
「……分かった。案内とサポートは引き受ける」
「おお! 宜しく頼む!」
「しかし物好きだな……案内だけで金貨一枚とか、もしかして貴族なのか?」
「貴族? そんな大層なもんじゃないが、商売で稼いどるから少しは金がある」
「了解した。あんたらの階層制限は何層だ?」
「む? 何層だったかなリィザ」
「えっとね、兄さんも私も適性試験でパーティーに相応の魔法使いがいれば百層超えって言われたけど、迷宮初心者だからまずは五十層制限だって」
「五十……」
自分より余程能力がありそうな兄妹にレイドットはへこんだ。
ちなみにギルドの適性試験はパーティーを組むことを前提に作られている。攻撃力や魔力とかの何かが優れていれば、他の部分はパーティーの誰かが補えばいいという考えだ。
その結果組まれたパーティーがいかにアンバランスだろうとギルドは関与しない。最低限の規定さえ満たしていればOKなのだ。グラッグとリィザは魔法を使えないため、この最低限の部分に引っ掛かかった。
これがレイドットなら何層まで許可されるだろうか。攻略経験が考慮されるとはいえ、まず百層超えはないだろう。何も突出した能力がないから仕方がない。魔力付与装備による能力の底上げは可能だが、それらは高価過ぎて手の出せる代物ではない。
もし『使える』魔力付与アイテムを買おうとするならば、最低でも白金貨一枚は必要だろう。それもいずれは魔力を使い果たす消耗品だ。コストを考えたら話にならない。
「二人ともそんなに潜れるのか……それなら問題ないな」
いささかコンプレックスを刺激されたりしたが、二人の能力に安心する。どうやら楽な仕事になりそうだ。
「じゃあパーティー申請出してこないとな。このまま潜れるんだろ?」
「ああ、問題ない。宜しく頼む!」
「宜しくね!」
ようやく迷宮に潜れることに兄妹は笑みを浮かべてレイドットに手を差し出した。握手を交わした三人はパーティー申請を済ませ、転移サークルへと向かう。