第三話 世の中カネ?
レイドットは地味に稼ぐ。強い敵や倒すのが面倒な敵はなるべくスルーする。これらを多く相手にすればもう少し稼ぐことは可能だが、今のところこれ以上稼ぐつもりはない。
「兄さん仲間作らないの? 一人で潜るより効率いいと思うよ」
ラクスがいつものように顔を出し、レイドット自家製の茶菓子をつまみながら聞いてきた。
「うーん、そりゃ仲間がいた方が攻略しやすいけどな……」
レイドットは口ごもる。仲間がいるなら一度に多数のモンスターが出ても対処できる。無事生還できる確率も高くなるだろう。
実際パーティーを組んで潜った事もある。多くの場合、彼らの実力は高くないように見えた。しかしそんな彼らでも、下層へ下層へと勇み足で降りてしまうのだ。
「兄さんひたすらマイペースだもんね……」
マイペースと言えば聞こえはいいが、実際は今一つやる気が起きないだけだ。叶えたい望みは一応あるが、それに向かって邁進するほどの意欲は持ち合わせていない。名誉や出世に対して執着がなく、普通に暮らせればそれでいいとも思っている。
「他の奴らは簡単に進み過ぎだ。深く潜れば収入は増えるが危険も増すし。それに一人で潜った方が気楽だし、今の階層で何とかなってるし」
最後の『気楽』というのがレイドットの本音だが、迷宮で消息を絶つ冒険者の数は意外と多い。アレグスは与えるだけの神ではない。冒険者は力不足や油断から、その命という代償を支払う事になるのだ。
「今の階層って、まだ浅いとこでしょ? 兄さんならたとえ一人でも三十層より下に潜れると思うけど」
深淵迷宮の三十層までは比較的浅い層だと言われる。とはいえ、並の実力では三十層からの単独探索は無謀だ。迷宮内のトラップの危険性は勿論、モンスターには物理攻撃無効のものや、魔法でも属性によっては無効のものなどがいて、幅広い才能と装備を求められる。
その点、弟によく器用貧乏と称されるレイドットは、武器も魔法も幅広く人並み以上に扱う事ができる。苦手な武器など無いし、魔法は初級のもしか使えないが、それでも全属性を扱える。
それゆえ単独での探索が可能となっているのだが、自分では人並みに毛が生えた程度の実力だと考えている。
パーティーを組めば割と重宝されるが、それも浅い層だけでの話。少し深く潜ればむしろパーティーの足手まといになるだろう。それなら一人で黙々と探索する方が気楽で性に合っている。
「兄さんやる気ないよねー、何かこう、やってやるぜー! みたいなとこ、見たことないし」
「そんなことないぞ。ちゃんと冒険者やってても百歳まで生きるって野望がある。長生きやってやるぜー!」
「うわ……」
痛い人を見る目で見られてしまった。
「……冗談だ」
「兄さんが言うと冗談に聞こえない」
「ぐは……」
今日もそうだが、ラクスは何かとレイドットにやる気を出させようとする。まあ確かにいつまでも食うのに困るような生活では駄目だろう。
しかしレイドットはこれといった野心も、養うべき家族もない。ラクスという弟はいるが、血の繋がりはない。いや、今では義理でも弟と呼べるかさえ疑問だ。
レイドットがまだ幼い頃、貴族から彼を養子にと求められた両親は、多額の謝礼と引き換えに申し出を受け入れた。貴族の目的はギフトを持つ子供の将来性である。レイドットは後で知ったことだが、こういった事例は珍しくないらしい。
貴族の元にはレイドットの他にもギフトを所持する跡取り候補の子供達がいた。ラクスもその一人だったが、他の子供達が競争して能力を競い合う中では目立たない存在だった。だからだろうか? 似たような存在のレイドットに同じ波長でも感じたか、兄として慕ってくれた。
厳しい教育と激しい競争――結果として二人は早々に脱落し、今後の見込みなしと貴族に縁を切られてしまう。そこで本来の親元に帰るという選択もあったのだろうが、レイドットは帰らず独り立ちすることにした。ラクスの事情は知らないが、同じように独り立ちすることにしたらしい。
今思えば自分は拗ねた子供だったのかも知れない。幸い貴族からは多額の手切れ金のようなものを貰っていた。それを資金にラクスは商売を、レイドットは冒険者を始めた。
ラクスは小さいながらも貸し店舗から武具店を始め、商才があったのか順調に売上を伸ばしている。レイドットは冒険者になってからこれといった目的も持てず、迷宮で食べる分だけは稼ぐという生活を続けている。
「人間稼げるうちに稼がないと。兄さん、ポルカの耳かじってるうちに人生終わっちゃうよ?」
「それ、いやな終わり方過ぎるだろ……」
「僕は思うんだ。やっぱり世の中カネだって。カネがあれば幸せの九割が手に入る」
ラクスはたまに拝金主義的なことを言う。しかしそのくらいでなければ商売など成功出来ないのかも知れない。
「ラクス……世の中カネじゃないぞ。きっと貧しくてもカネで買えない残り一割の幸せが大切なんだ」
含蓄ありげに言ってみた。
「兄さん? その残り一割の幸せだけど、カネで買えないからといって金持ちには手に入らないわけじゃないよ? 要は本人の努力と情熱次第でしょ?」
「うっ!」
「逆に、貧乏だったらその一割の幸せが手に入るとは限らないよ?」
「ううっ!?」
カッコいいことを言ったつもりが、ギャフンと言わされてしまった。そう言われると返す言葉もない。
「そうか……世の中カネだったんだな……」
コロリと主張を翻す。
「わかってくれたんだね、兄さん! そう、世の中カネなんだよ!」
ちなみにカネの話を始めるとラクスの目は怪しくギラついてたりする。
「商売はうまくいってるのか? ラクスのことだから大丈夫か。いらん心配だな」
「そうでもないよー。まだまだ小さな店だし、稼ぎのいい大物はなかなか売れないからね」
「ん……大物っていうとレジェンドウェポンとか?」
さらっととんでもないことを言われ、ラクスは目を丸くする。レジェンドウェポンとは、アレグスの設定した特定条件を満たした場合に与えられる装備アイテムのことだ。かなりレアで、売りに出されると目玉が飛び出るほどの値段がつく。
「そんな大層なものはうちじゃ扱えないよ。仮に扱えるとしたら、王都に店を出してる貴族御用達の大手だろうね」
「ははは、やっぱそうかー。じゃ、どんなのが売れるんだ?」
「売れ筋は、あまり値の張らない基本装備とかになるね。値の張るのは売れにくいから、仕入れても店の飾りになりやすいよ」
「そうか、商売も大変だな……」
「うん、大変。でも段々お得意さんが増えてきたし、取り敢えずは順調かな」
ラクスは若いが商売の腕はしっかりしている。鑑定能力も高く、レイドットがたまに拾ってくるドロップアイテムも鑑定して買い取ってくれる。
「兄さんが凄いアイテム持ち込んでも買い取れるように、頑張って店を大きくするからね。ふふふ……もしそうなったら、レジェンドウェポン持ち込んでくれてもいいよ?」
ニコニコと邪気のない笑顔を向けられ、レイドットは思わずたじろいだ。
「あ……ああ、そうだな。もちろんそうするよ。そんな代物が手に入ったらな。まず手に入らないだろうけど、あはは」
「ふふふ……早く深層に潜ってレジェンドウエポン持ってきてね」
少し目の色が怪しい。まさか本気だろうか。レイドットは頬を引き攣らせた。
「そ、そうだな。なにかの奇跡か間違いで、そんなの拾ったらな」
「期待してるよー、ふふふ」
「あはは、はははー」
乾いた笑いのレイドットだった。