読み始め
あくまで独自の視点で見たストーリーです。
ここは違う、と思われても主人公の勉強不足と把握してください。
昼休みに寝た振りを決め込んでいた僕。そして理由もないのに無心になる。
今年高校生になって、一ヶ月経った今でも、未だに僕はクラスに馴染んでいない。
まぁ別に友達なんて作らなくても、高校生活ぐらいあっという間に終えてやるつもりだ。
今日は無心になりきれていない。それは周囲がやかましいから。
やかましいのは僕以外にとっては普通なのかもしれない。だけども、やかましいと思う原因は
いつもの賑やかさじゃないという事だ。
「ねぇ、聞いた?ウチらの地区に口裂け女が出たんだって…」
寝た振りをしていると知らずに、隣の女子が会話する言葉だけがハッキリと聞こえる。
しかし今なんて言ったろう?聞き間違いじゃなければ、口裂け女とハッキリと聞こえたが。
もう少し会話を盗み聞きしてみようか…。
「聞いた聞いた。ウチの高校の男子が襲われたらしいよ…」
「でも口裂け女なんて噂じゃね?なんつーの…あぁ都市伝説だっけ?」
喉を傷めたような女子のダミ声が答えている。次いで、マジで、ウソだー等とひそひそ聞こえる。
男子が襲われた、と。誰に?口裂け女と言ったのだろうか?小学生じゃあるまいし、そんな話を
鵜呑みにしているのか。馬鹿馬鹿しい。
僕は体を起して、机の中に入れていた眼鏡を掛ける。
もう少しで授業の時間だ。移動しなきゃいけないし、さっさと教室を出よう。
「都市伝説って言えばさぁ、この学校にオカルト部ってモンがあるの知ってる?」
茶髪ゴリラみたいな男子が、女子グループの会話に混ざっていた。気付かなかったな。
口裂け女とやらは興味がないけど、そんな部活紹介にもなかった名前は興味がある。
案の定、何それ、と返事が聞こえた。
「オレも知らねぇ。噂だからな。相当、根暗そうなのが多いんじゃね?大河内みたいなとか」
ピクッと反応した。これ以上そんな話を聞いてても仕方ないので席を立つ。
「そうかもね」
茶髪ゴリラに返事をしておいた。
移動教室でもやはり話題は、口裂け女の話で溢れていた。
授業を始めている教員も、ほとんど呆れていた様子が見てとれる。
真面目に授業を聞いているこっちが大変だった。
授業が終わり、生徒がそれぞれの事を始める放課後。
部活する人もいれば、友達と帰る人もいる。僕のように意味もなく残る人もいる。
朝方にも口裂け女の噂程度で、あんなにざわざわと騒いでいたのが嘘のようだ。
こうやって柵越しの屋上から見下ろしている僕も噂に遊ばれたのだが。
今日もまた平凡な一日が終わるようだ。
つまらない人生、暗い奴だな、僕をそう思う人間は多いだろう。
けど、何にも関わらないで普通に過ごしていく事に悪い事じゃない。平凡が一番だ。
何か刺激を求めて生きているのなら、自分で刺激を起こすべきだと思う。
戦場にでも行ってくれ。
…と、屋上入口から視線を感じた。
衣服の擦れる音も聞こえたので振り返らずにはいられなかった。
関わる前に立ち去らなければ…。
「ごめんなさい、黄昏の邪魔をしたかな?」
少し赤くなってきた空だと言うのに、声を掛けてきた彼女は綺麗な白い肌をしていた。
真っ黒なロングヘアーで隠れていたとしても目立つぐらい、綺麗だった。
何か違和感を感じた僕は学生鞄を拾う。
「あ…、いえ…失礼します」
立ち去るとしか考えてなかった僕は、少し釣り上ってる目を見て言葉を返した。
靴の色が違う事から、上級生だろうか。確か二年生のカラーだったかな?
自然と敬語で返したのは意識していたからだ、と僕は思う。
が、上級生の脇を抜けようかと思った矢先、手首を掴まれた。
馴れ馴れしく手首を掴まれた事にギョッとした僕は、彼女の顔を見た。
「…フフッ。そんなに警戒しないで?」
目を細めた笑顔だった。近くで見ると尚更綺麗に…じゃない。
笑顔だった。笑顔だったのだが、何故か僕は恐怖を感じた。
「あの…僕に何か用ですか?」
わざわざ手首を掴まれたんだ。僕に用があって来たんだろう。
自分でも声が震えていたのが、情けなく感じた。何だろう、態度が気に入らなかった、か?
彼女はまた、ごめんなさい、と言って僕の手首から手を離した。
「新入生よね?キミにちょっと興味があったの」
やはり僕に用事があるらしい。
「いつも屋上に来るあなたが見えたの。少し心配でね」
心配…って。興味ってそういう事か。要するに自殺するんじゃないかと思ったのか。
はぁと溜め息を吐いた僕は苦笑いを作った。
「自殺するんじゃないかって思ってるんですか?」
「思い詰めたような表情をしてたからね」
間髪入れずに言葉が返ってきた。でも違ったみたい、と彼女はニコッと笑った。
やっぱりそう思われていたらしい。でも、これで会話は終わりそうだ。
そうですかと言って、会釈をして出て行く、と考えたのだが。
「キミは今つまらないと思ってるんじゃない?」
透き通った目は未だに僕の目を見ている。目を反らして返事をしている僕に対して、
顔を動かす事無く、まっすぐと僕を見つめていた。
けど何で他人にそんな事言われなきゃいけないんだろう。
「そんな事ないです」
「ううん、思ってる」
まただ。何なんだこの人は。
僕の今を否定されたような気がして、少し苛立ちが沸いてきた。
「平凡こそ最高じゃないですか。こんな平和が一番だと思います」
言ってやった。これは親に対しても決まり文句だった。
同時に中学生の時にも、小学生の時にも。こう返されると人は何も言えないのを僕は知っている。
平和なんてつまらない、なんて反論されたケースもあるけど、じゃあ自分から派手な事をしてみたら
と煽ってやる。当然、口ばかりの奴等だけだったから何かした試しはない。
この人は。
「…少し外に出たらどうかな?また違った平凡が見えてくるよ」
逆だった。言い返される事がなかった僕に、その言葉の反論はできなかった。
決して怒っているわけではない彼女はまた笑顔を作る。
「高校一年生でそんなネガティブだと体ダメになるよ。今は輝かなくちゃ」
野球のボールをノックする音が空に響く。
静かな空気になった時、彼女はブレザーのポケットから二枚に折られた紙を取り出した。
そして僕の前に両手で差し出した。
「良かったらどうぞ。これがキミにとっての平凡になると思うなら」
丁寧に差し出された紙を受け取る。そこには入部届と書かれた紙があった。
もちろん白紙だった。僕が疑問符を浮かべた事を顔で悟ったのか彼女は。
「輝きたいって思うのなら、また明日の放課後。この屋上に来てね」
再び笑顔を作る彼女。
ここで僕も悟らせてもらった。
「…もしかして今までの話は部活勧誘ですか?」
笑顔だった彼女は、呆けたような表情になった。
そして、しばらく黙った後。最初に声を掛けられたような視線を見せた。
あの時は笑顔に見えたのだが、こんな怪しげな笑顔が僕に向けられていたのか。
目を細め、口の端を少し釣り上げた笑いは妖艶に例えられる。
「どうかな?」
一瞬のつむじ風が彼女の髪を横に流した。
「あ、そうだ」
彼女が、自分の顔の前で両手をパチンと叩く。
そして終始見せていた穏やかな表情で、僕に告げられる。
「私は斎藤夕妃って言うの。君の名前を聞いてもいい?」
参った。誰かと関わるつもりはなかったのだが、こんな形で他人と知り合うなんて。
僕の名前を教えた瞬間、僕はこれからこの人と他人ではなくなる。知り合いになる。
はぁと盛大に溜め息をついた僕は名前を教える事にした。
どうせ明日ここに来なければいいだけの話だ。それであれば関わる必要はない。
精神的には減るものがあるけれど、今現在を乗り切る上では別にいいだろう。
斎藤さんの疑問符を浮かべた顔が僕を見ている。
「大河内雅斗です」
眼鏡を直しながら僕は、少なからずの違和感を覚えていた。
何なんだろうか、一体。
「大河内雅斗君。カッコいい名前だね」
斎藤さんが再び笑顔を見せた。まただ、また違和感がある。
そうこうしている内に長い髪をなびかせながら、斎藤さんは屋上入口へと足を戻して行った。
「じゃあね。雅斗君」
手を振りながら去って行く彼女。
それに答えるように僕は軽く頭だけ下げた。
…が、すぐに斎藤さんは立ち止り、振り返った。
「あ、そうそう。口裂け女に気をつけてね?まだ出没してるらしいから」
そう言えばそんな噂があったっけ。この人もそう言うのを信じてる口かな。
気をつけます、と当たり障りのない返事をした僕。ニコッと笑った彼女は屋上から出て行った。
なんだかいつもと同じ一日じゃない。
「調子狂うなぁ…」
僕は頭を掻きつつ、そうボヤいた。