5年間も婚約者候補のままだった公爵令嬢。王太子殿下がついに破滅してしまいましたわ。
「どうしてレドルク王太子殿下はいまだに婚約者を決めないの?5年間よ。5年間。どれだけ待たせるのよ」
幼馴染のアレントス・レドル公爵令息はバランティアの愚痴に、優雅に紅茶を飲みながら、
「そんなに怒ったら、せっかくの美人が台無しだぞ」
バランティア・ルード公爵令嬢には、好きな男性がいる。
アレントス・レドル公爵令息、同い年の黒髪碧眼の美男で幼馴染だ。
ルード公爵家とレドル公爵家も家族同士の交流があり、王家がバランティアを王太子の婚約者候補にしなければ、とっくに婚約をしていたはずである。
幼いころからずっとアレントスと結婚するものだと思っていた。
なのに、王家からレドルク王太子殿下の婚約者候補にしたいから、誰とも婚約を結ぶなと言われたのが12歳の時である。
アレントスと結婚するんだと思っていたバランティアはその話を聞いて、嘆き悲しんだ。
「アレントスと結婚するのっーーー。王妃様になんてなりたくない」
両親に向かって泣き叫んだ。
でも、父も母も、
「王家の命には逆らえない」
「諦めなさい。それよりも、教育を頑張らないとならないわね。今以上に」
家庭教師も増やされて、勉強時間も多くなり、バランティアは泣きながら勉強に励んだ。
王太子殿下の婚約者に選ばれる為に。
アレントスに会った時に、
「貴方と結婚出来なくなったの。わたくし、王太子殿下の婚約者候補になってしまったの」
アレントスは目を見開いて、一瞬、悲し気な顔をしたが、急にニコニコ笑って、
「それなら二人きりで会う事は避けた方がいい。君は将来、王妃様になるのだから」
「候補よ。候補。でも家庭教師も増やされて勉強しなくてはならなくて」
「バランティアなら家柄も容姿も問題ないから、必ず選ばれる。私は君が輝く姿を遠くから見守っているよ」
悲しかった。
何だかアレントスが遠くなってしまったようで。
アレントスといつも二人で会った時は、色々と話をして、
将来の話。綺麗な庭の薔薇の話。読んだ本の話。
色々と話をしてとても楽しかったのに。
勉強を頑張って王妃様になるのが、ルード公爵家に生まれた娘の務め。
父にそう言われてしまった。
それまではアレントスと婚約することになると言っていたのに。
酷い酷い酷いっーーー。涙が零れる。
5年過ぎてバランティアも17歳になった。
いまだにバランティアは婚約者候補のままである。
婚約者になっていない。
レドルク王太子殿下の婚約者候補に決定してから5年間、懸命に努力してきた。
いつ、王家から婚約者がバランティアに決定したと言われてもいいように、最高の女性になるべく、教育を受け、日々、学び、自分を高めてきたのだ。
それなのに、王家はレドルク王太子殿下の婚約者を決めようとしない。
バランティアは困っていた。
もし、自分が婚約者に選ばれなかったら?
アレントスは待ってくれているのか……あれから二人きりで会う事はないが、いまだに彼は婚約者がいない。
わたくしを待ってくれているの?
王立学園でアレントスを見かける事がある。
でも、男女は学ぶ教室が別なので、話しかける事も出来ず、
王立学園で見かけるアレントスは、随分と大人っぽくなって。
黒髪に綺麗な青い瞳。
女生徒達からも廊下で声をかけられて、モテるようである。
わたくしは、王妃様になりたくない。でも一生懸命努力してきた。
もし、レドルク王太子殿下の婚約者に選ばれたら、誇り高く未来の王妃として頑張るわ。
しかし、王立学園でレドルク王太子の顔を見ても、彼はバランティアに話しかけるでもない。
いつも男性の側近達と行動をしていて、バランティアと交流を持とうともしなかった。
男女は別のクラスなので、尚更、接点がない。
レドルク王太子は金の髪に青い瞳の美男で、学園の女性達の憧れだった。
とある日、しびれを切らしたバランティアは不敬を承知で食堂で食事をしているレドルク王太子に聞いてみたのだ。
「婚約者選びはどうなっているのでしょうか?王太子殿下」
と、レドルク王太子はちらりとバランティアを見て、
「名を名乗れ」
「失礼しました。バランティア・ルードと申します。ルード公爵家の娘ですわ」
「ルード公爵令嬢か。候補に入っていたな。私はじっくり婚約者を選びたい。決定したら知らせるからそれまで待って欲しい」
「解りましたわ」
まだ決まらないの?もう5年も待ったわ。
何でも婚約者候補の令嬢は6人いると言われている。
公爵令嬢が2人、伯爵令嬢が4人。
何故、そんなに沢山いるのか。伯爵令嬢は側室にでもするつもりなのか?
ああ、でも公爵令嬢のわたくしは1/2の確率で決まるかもしれないわね。
決まるのが怖い。
王太子殿下の婚約者になるのが怖い……
アレントスと結ばれる未来が消えるのが怖い。
わたくしはまだアレントスを愛しているんだわ。
屋敷に帰って両親にレドルク王太子殿下の返答を相談すれば、
ルード公爵である父が、
「王宮に上がった時に国王陛下にそれとなく聞いてみよう」
公爵夫人も、
「わたくしも王妃様にお会いした時に聞いてみますわ」
両親が聞いてくれると言うので、バランティアは、
「よろしくお願い致します」
と両親に任せる事にした。
そうこうしているうちに、一月過ぎてしまった。
最近、レドルク王太子殿下はライラ・セルド男爵令嬢を連れて歩く姿を見かけるようになった。
茶の髪の唇がぽってりとした、胸の大きい令嬢である。
レドルク王太子に腕を絡めて、胸を押し付けて、レドルク王太子もまんざらでもないという顔をしていた。
「レドルク様。わたくし、愛しておりますの。レドルク様を」
かといって、品のいい物言いをするのだ。
そのぽってりした唇で、潤んだ瞳でレドルク王太子を見つめるライラ。
レドルク王太子は、ゴホンと咳ばらいをして。
「いかにライラが愛してくれようとも、身分が低いから、婚約するのは無理だ」
「真実の愛ではありませんの?わたくしを愛しているのなら、わたくしを王妃様にして下さいませ」
更に胸を押し付けて来た。
いい香りがする。
ライラはレドルク王太子に両腕を絡めて、正面から見上げ、首を傾げながら、
「わたくし、相談したい事がありますの。二人きりで」
レドルク王太子は頷いて、
「人気のない空き教室があったはずだ。そこで相談を受けよう」
二人は空き教室へと向かった。
「きゃぁーーーーーーっ」
「何、なんなの???」
「何事よっ」
女生徒達の悲鳴が響き渡る。
使われていない教室で、レドルク王太子がライラ・セルド男爵令嬢と裸で絡み合っていたのだ。
レドルク王太子は慌てたように、
「いやそのあの」
ライラは豊満な胸を服で隠して、慌てるでもなく。
「あら、見られてしまったわねぇ」
女生徒達が教師を呼んできて、大騒ぎになった。
王太子殿下が王立学園の空き教室で男爵令嬢と絡み合っていたのだ。
王家に連絡が行って、レドルク王太子殿下は、王宮に馬車で急ぎ帰宅することになり、
ライラ・セルド男爵令嬢は自宅で謹慎の身になった。
目撃した令嬢達は、レドルク王太子殿下の婚約者候補であった4人の令嬢達だ。
事の次第が知りたくて、バランティアともう一人の婚約者候補の公爵令嬢も王宮の取り調べ官の元で立ち会う事になった。
伯爵令嬢達は口々に、
「まさか裸で絡み合っているなんて」
「王太子殿下が空き教室で淫らに、驚きましたわ」
「本当にあんなところで」
「あああ、凄い物をみてしまいました」
取り調べ官達に口々に訴える伯爵令嬢達。
取り調べ官は、
「解った、解ったから。ちゃんと順番に話をしてくれないか?」
一人の伯爵令嬢が、
「そういえば、わたくし、王太子殿下に放課後誘われて、キスされそうになりましたわ。不敬を承知で逃げかえりました」
もう一人の伯爵令嬢も、
「ああ、貴方もっ?私なんて押し倒されそうになりましたわ。芝生にっ。いいだろういいだろういいだろうっって言われて」
更に伯爵令嬢が、
「まあ、貴方達もっ?私も口説かれましたの。お前を婚約者にしてやるからって、空き教室に来いって、怖くて怖くて」
四人目の伯爵令嬢も震えながら、
「私もです。本当に、恐ろしい方で。不敬を承知で誘われたのですがお断りしました」
取り調べ官は詳細を令嬢達に聞いていた。
バランティアにジュテリーヌ・ドルク公爵令嬢、彼女も婚約者候補だったのだが、扇を手に、
「下半身で物を考えていらっしゃるのね。王太子殿下は。これで、王位継承権は無くなるでしょう。学園でコトに及ぶなんて酷すぎますわ」
「そうですわね」
馬車に乗って屋敷に戻りながら、ふと思った。
なんだか出来過ぎていないかしら???
家に戻って事の次第を両親に報告したら、両親が、
「レドルク王太子殿下の婚約者候補の話は無くなる。彼は王太子から降ろされるだろう。となると、次の王位継承者はバルト第二王子殿下か……」
すると、来客があると使用人が知らせて来た。
アレントスが薔薇の大きな花束を持って、
「王太子殿下の事件を聞いた。婚約者候補の話は無くなるだろう。私はバランティアと婚約を結びたい」
バランティアに花束を渡し、ルード公爵夫妻に、
「婚約を申し込みに参りました」
ルード公爵は頷いて、
「元々、アレントスと婚約させる予定だったからな」
公爵夫人も、
「そうね。レドル公爵家なら嫁入りさせても安心だわ」
嬉しかった。
ずっと好きだったアレントス。
「アレントス、嬉しいわ。わたくし、貴方と婚約します」
「愛しているよ。バランティア」
抱き締められて幸せを感じた。
ただ、夜、夕食の席で、父の言った言葉が引っかかった。
「アレントスの奴め、上手く立ち回ったな」
バランティアは父の言葉を疑問に思い、聞いてみる。
「それはどういうことですの?」
「いずれ解る事だ」
いずれ解る事?
どういう事かしら。
何もかも出来過ぎている。
男爵令嬢と王立学園で淫らな行為に及んだ王太子殿下。
それを目撃した令嬢達も淫らな事をされそうになったと証言している。
あまりにも出来過ぎていない?
レドルク王太子殿下に王位を渡したくない人間?
隣国に留学しているバルト第二王子?
それともゼイル王弟殿下?彼は野心があると言われているわ。
その夜はなかなか寝付けないバランティアであった。
三日後、ジュテリーヌとお茶をした。
彼女がお茶をしたいと言って来たのだ。
あまり普段は付き合いのないライバル派閥のジュテリーヌ。
ジュテリーヌは紅茶に角砂糖を落とし、優雅にスプーンでかき混ぜながら、
「わたくし、王弟殿下に求婚されておりますの。バルト第二王子殿下が隣国から帰ってきて、王太子に即位することが決定したわ」
「レドルク様は?」
「離宮に送られるそうよ。まあ王立学園で男爵令嬢と淫らな行為をしていたのでは仕方ないわね」
「そう……あの男爵令嬢はどうなったのかしら」
「姿をくらましたそうよ」
やはり姿をくらました?
ハニートラップだったのかしら?
アレントスが現れて、バランティアの隣の椅子に腰かけた。
バランティアはアレントスを、ジュテリーヌに紹介しようとして、ふと違和感を感じる。
二人は知り合いのようなのだ。
アレントスはジュテリーヌに向かって、
「ジュテリーヌ。次の手は?」
「そうね。事故…かしら」
「罠……虚言……破滅……事故……その後は」
「わたくしね。王妃になるわ。ずっと夢だったのですもの」
「それなら、事故の後は王冠だな」
「あら、王妃になるのよ。冠は王弟殿下に任せるわ」
バランティアはぞっとした。
この二人が何をやった?何をどうしたの???
ジュテリーヌは扇を手に微笑んで、
「バランティア様。貴方はまだまだ甘い。甘すぎるわ」
アレントスは、バランティアの腰を抱き寄せて、
「愛しのバランティア。闇は私が引き受けるから、君は微笑んでいておくれ」
ジュテリーヌは笑って、
「あら、妬けるわね。素敵なナイトがいて良かったわね。バランティア様」
バランティアは何もかも納得した。
「罠って、セルド男爵令嬢が罠にかけた?レドルク様に近づいてわざと?
伯爵令嬢達が虚言を?レドルク様を破滅させるためにっ。事故って、隣国から帰って来るバルト第二王子殿下を王太子にさせないために???事故に?貴方達はっ」
ジュテリーヌがバランティアを睨みつけて、
「貴方は何もしないで、おろおろしていただけじゃない。わたくしは違うわ。婚約者候補のままでダラダラと過ごしたくは無いの。伯爵令嬢達だって喜んで協力してくれたわ。だって、このまま歳を重ねるのは彼女達だって嫌でしょう。歳を重ねた挙句、側妃にされるのですもの。バルト第二王子殿下が王太子?冗談じゃない。わたくしは王弟殿下を焚きつけたわ。
わたくしは必ず王妃になってみせる。貴方はいいじゃない?愛するアレントスと結婚出来るのですもの」
アレントスがバランティアを優しく見つめながら、
「君だって私を愛しているのだろう?だったら、この婚約は嬉しいはずだ」
バランティアは首を振って、
「血に塗れた婚約なんてっ。わたくしはっ……」
アレントスに手を握られて、
「レドルク様と結婚したかった?私を忘れてあんな男と……」
あああ、わたくしは無力だ。
わたくしは……
愛していた。
アレントスの事がずっとずっと忘れられなかった。
ああ、でもでもでもっ……涙が零れる。
ジュテリーヌが傍に来て、背を撫でてくれた。
「貴方も公爵令嬢でしょう。だったら、覚悟を決めなさい。この世は地獄。地獄の中で幸福を掴みとるには、冷酷にならなくてはならないの。ねぇ、伯爵令嬢達には感謝されたわ。これで、やっと好きな人と結ばれるって子もいれば、婚約者を探せると言った子もいたわ。貴方も貴族社会で生きるのなら覚悟をしなさい」
「そうね。そうよね。わたくしはまだまだ甘いわ。ジュテリーヌ様。有難うございます」
愛しのアレントスの手を優しく握り返して、
「わたくしも地獄で生きるわ。幸福を掴みとる為に。わたくしの傍にいて、わたくしを導いて頂戴」
「勿論、そうさせて貰うよ」
バランティアは覚悟をした。
愛しいアレントスの顔を見て、ジュテリーヌの顔を見た。
どんな事があったとしてもわたくしは貴族として戦って生きるわ。
レドルク元王太子は、病にかかったため、バルト第二王子殿下が王太子になると発表があった。
しかし、バルト第二王子は帰国の途中で馬車の事故に遭い、帰らぬ人になった。
ゼイル王弟殿下が、王位継承権第一位になり、彼はジュテリーヌと婚約をした。
バランティアの元に手紙が来た。
離宮に閉じ込められているレドルク元王太子からだ。
「私はお前を婚約者にしたかったんだ。恥ずかしかったから言えなかった。愛している。バランティア。だから、離宮から助け出しておくれ。何だったら婿入りしてやってもいい」
という変な手紙に驚いた。
バランティアには弟がいるのだ。弟が爵位を継ぐことになっている。
それに愛している?
愛しているって言われる程、交流があったかしら?
婚約者候補になって5年間、まったくもって交流がなかったのですけれども。
候補になったのなら、交流して相手を見極めるとか行動すればよかったじゃない?
それなのに愛している???
わたくしはアレントスとやっと婚約出来たのに……
恐らく愛しているっていうのは嘘であろう。
もしかしたらジュテリーヌにも同じ手紙が届いているかもしれない。
何故、離宮からこの手紙がわざわざ届いたのかも解らない。
レドルク王太子の母君の側妃様が甘いのか?
嘘の愛を手紙に書かれて頭に来た。
嘘つき嘘つき嘘つき、貴方はわたくしなんて愛していなかったじゃない。
でも、いいの。お陰で、わたくしは愛するアレントスと結婚出来るのですもの。
王宮にしっかり抗議をすることにした。
でも抗議をしたら、きっとレドルク様は毒を使われて殺されるわ。
国王陛下が許さないでしょうし。
あまりにも気の毒なので、こっそり屑の美男をさらって教育する変…辺境騎士団に通報しておいた。
命だけは助かるであろう。
わたくしは冷酷になりきれないわね。
アレントスともうすぐ結婚することになる。
いずれはレドル公爵夫人になるバランティア。
決意も新たに、嫁ぐ準備をするバランティアであった。




