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盲いた町の美少年~配信者の私がゲームに負けて連れて行かれたのは、美女が家畜にされる地獄でした~

作者: 犬神テチチ
掲載日:2026/05/14



「本当に行くの?意地になってたら、あんたも奴隷にされちゃうかもよ」



ノイズ混じりの友人の言葉に、不覚にもぞっとする。



「冗談でもそんなこと言わないでよ。もう来ちゃったんだから」


「ほんとに言ってる?」



友人の声に、またノイズが混じる。



「あんた、いくら配信で約…した……って……馬鹿だね…ねぇ、聞い…………」



スマホ越しから聞こえる友人の声はとうとう断片的になり、そのまま切れてしまった。画面の右上には『圏外』の文字が表示されている。さっき友人から言われた言葉が、急に現実味を帯びてきたような気がする。



『ゲームしない?僕に勝てたら、一番高いギフト投げてあげる』



一週間前、そんなコメントにまんまと食いついた自分が憎くてしょうがない。



『そのかわり僕が勝ったら、お願いきいてね』


「お願いってなに?こわいんだけど」


『いやらしいお願いじゃないから安心して。旅行で行ってみてほしいところがあるだけ』


「旅行?まさかケニアとかジンバブエとか、そういう無茶振りじゃないよね?」


『まさか。日本だよ』



その日、私は配信上で、最近自分の配信が伸び悩んでいることを話していた。

だからなのだろうか、私が配信を始めたばかりのころから定期的に来てくれるリスナーの一人が、そんなことを提案してきた。

配信を盛り上げるためだろうか、または無名配信者をおもちゃにして暇つぶしをしようとしているのか、彼の意図はよくわからなかったけれど、私は乗った。


そして負けた。


子供のころからよくしていた格ゲーだったから、どうせ勝てると高をくくっていた。十数年の時を経て、その格ゲーは何度もリメイクされ、絵柄から仕様まで、なにもかもが変わっていた。それが敗因だったと説明したところで、「じゃあもう一回」となるほど、お人よしなリスナーでもなかった。



配信が終わったあと、リスナーはDMで〝旅行で行ってみてほしいところ〟の住所を送ってきた。現在住んでいるところから電車やバスなどを使って、およそ三時間ほどのところだった。スマホのマップで見るとそのあたり一帯は緑に染まっていて、もしも今回のようなことがなかったら一生行かないであろう地域だった。



『そこは昔から女奴隷がいるって噂の町なんだ。面白いものが見れると思うから、楽しんんで!』



リスナーは住所と一緒に、そのようなあまりにも浮世離れした噂を添えていた。



『しっかりと目に焼きつけてきてね。』



どうしてだか私は、リスナーのこの一言で「絶対に行かなければならない」という使命感に囚われた。決して乗り気になったわけではない。なにか拘束されたような、そうしないとなにかひどい目にあわされるような、たかだか格ゲーで負けただけとは思えないような十字架を背負ってしまったような、そんな気がしたのだ。


スマホが圏外になってから数分歩いたとき、私はその町に着いたのだと悟った。なにか目印や看板があったわけではない。ある瞬間から、周囲の〝におい〟が明確に変わったのだ。木や土といった田舎特有の泥くさいにおいから、花や砂糖などのような甘いおいに一変する様は、まるでそこに見えない壁があるようだった。


その町の風景は時代劇に出てくる城下町そのものだった。飲食店のような店もちらほら見かけるが、軒並み揃って活気がない。人通りもあるにはあるけれど、みんな背中の曲がった老人だった。


ふと、ある古びた平屋から一人の若い女性が出てくるのが目に入った。女性は薄紫色の着物を着ていて、足元はなんだかおぼつかない様子だった。



「すみません!あの、ちょっとおたずねしたいんですが…」



私はここぞとばかりに女性に近づいた。

老人ではない人間に、この町で一番ましな飲食店を教えてほしかったのだ。あわよくば、SNSに載せても見劣りしないくらいの場所があれば完璧だったけれど、この街並みと歩いている人間から、それはあまり期待できないだろう。



「はい、なんでしょうか」



女性はどこかうつろな様子でそう答えた。

女性の言葉には聞いたことのないような独特なイントネーションの訛りがあった。



「この辺りで、どこかゆっくりできるようなお店とかありませんか?」


「それは、お宿を探しているということ?」


「あ、そうではなくて、どこかでちょっとお茶でも飲みたいと思って…」


「お茶」


「はい。それかどこか食事ができるところでも。とにかく、この町で一番流行ってるお店を教えていただきたいんです」


「流行ってる…」



女性はそうつぶやくと自身の襟元をそっと直し、頬に垂れていた髪を耳にかけた。そんな女性の仕草がなんとも色っぽく、思わず見惚れてしまった。

私が彼女に見惚れたのはなにもその仕草だけが原因ではない。彼女の顔立ちは、どこかの女優を思わせるほどに美しかったのだ。このような美女を見るのはテレビか配信上だけでだったが、配信上にいたっては現実に存在するかどうかもわからない。重度の加工だけならまだしも、最近はAIの技術がものすごいスピードで発達してきている。

画面越しの人間は現実のものではないと考えるのが、今の無難だ。



「しいて言うなら、とよこママのお店かねぇ」



そう言いながら、女性は初めて私のほうへと顔を向けた。私が声をかける前から、女性はずっと顔を斜め下へと向けたままだったのだ。

本来は「失礼な人」とあまり気分のいいものではないところ、今の状況ではそのくらいのほうがよかった。このような美女とまともに目なんて合ってしまえば、私は今後女としての自信をなくし、せっかく今まで頑張ってきた配信業を続けることができなくなってしまうかもしれないからだ。


結局のところ、そんな私の馬鹿げた不安は杞憂に終わった。彼女の目は焦点が定まっておらず、視線があっちこっちにせわしなく動くばかりで、とてもじゃないが目など合いそうになかったのだ。

ふと、そんな彼女の目の瞳孔が白っぽく濁っているのが見え、彼女が盲目なのだと悟った。そのときに初めて、彼女のうつろな様子やおぼつかない足元の意味を理解した。


私は彼女にお礼を言って、逃げるようにしてその場を離れた。盲目の人間に店の場所を聞くほど無神経でもないし、ましてや案内をお願いするほど馬鹿でもない。



「いらっしゃいなぁ」



結局、最初は避けていたはずの町の老人に〝とよこママのお店〟とやらを訊いてまわった。無事三人目の老人で店の場所を知ることができた私は、どこかどっと疲れた気持ちで店に入った。客は私だけだった。


店の場所を訊いて歩いているあいだ、声をかけた若い女性は、みんな揃いも揃って盲目だった。そして最初の女性同様、全員が全員、見惚れるほどに美しい容姿をしていた。



…こんなこと、あるのだろうか。



百歩譲って、その土地によっては特別美人が多いという地域もあるだろう。しかし、そのような若くて美しい女性がみんな盲目なんてことは、今まで聞いたことがない。



「お姉ちゃん、なにしようか」



六十代くらいの女性店員が、私のテーブルに湯呑みを置きながら訊いた。町にいた美しい盲目の女性たちとは違い、彼女の容姿は平凡そのものだったし、目も見えているようだった。

きっとこの人がとよこママだろうと悟った私は、「オススメありますか?」と半ば無意識に訊いた。

本当はもっとほかに訊きたいことがあるはずだった。

どうしてこの町には老人か美しくて若い女性しかいないのかだとか、どうしてその美しく若い女性たちはみな盲目なのかだとか、はたしてそんなことを人に訊いてもいいのかどうかすらわからないことばかりが訊きたくてしょうがなかった。



「オススメな。ここはなーんでも美味しいよぉ。お姉ちゃんみたいな都会の人の口に合うかどうかはわからんけど」



親しみのある独特な訛りとは裏腹に、とよこママの口ぶりはどこか突き放すようだった。



「あ…じゃあ、お蕎麦ください。温かいやつで」


「はいはい」


「それと、ちょっと店内撮影してもいいですか?インスタに載せたくて」


「いんすた?…なんやわからんけど、写真はやめにゃあ。迷惑よ」


「…迷惑よ」



私は、私以外の客がいない店内を見まわしながら、とよこママの言葉を繰り返した。嫌味のつもりだった。



「あんた、どうしてここへきたの」



そんな私の挑発的な態度を敏感に察知したのか、とよこママは鋭いまなざしを私に向けた。どうやら、このまま温かいお蕎麦を作るつもりはないようだ。



「ちょっと、旅行で…」


「旅行?こーんな、なにもない、田舎へ?」


「こういう、なにもない田舎へ来たかったんです」


「ほかにもたくさんあるのに、どうしてこの町?理由は?」


「理由って、べつにそんな」


「なにかあるんの?」


「ないです。ただ、知り合いにオススメされて」


「知り合いて誰」


「知り合いは知り合いです。ネットで知り合った人に、ここへ来てみてって言われて」


「名前わぁ」


「え?」


「そん人の、なーまーえ」



とよこママはそう言って腕を組んだ。

これではまるで取り調べではないか。

まさか客として入った店でこのような扱いを受けるとは思いもしなかった私は、しなくてもいい動揺を隠せなかった。

今思えば、初対面の観光客にこのような態度をとってくる店などろくなものではないのだから、さっさとべつの店へ移動すればよかったのだ。当たり前の礼儀すらも知らない田舎者なんて相手にするだけ無駄だし、失礼な店員がいた話なんてあまりにもありふれた話題で、配信のネタにもならない。



「………ハナザキ、シュウイチロウさんです」



それでも私は、とよこママの詰問に耐えることも逃げることもできず、この町へと私を誘導したリスナーの名前をまんまと告げてしまっていた。

配信上において、リアリティのあるフルネームを使う人は珍しく、そういった意味で彼の名前は少し異端だった。

けれどまさか、それが彼の本名だとは思ってもいなかった。

私含め、ネット上のものは顔も名前もすべてが虚構だからだ。しかしそんな私の固定観念を、とよこママはいとも簡単に覆した。



「あぁ!秀一郎さんの!あぁ、なんね、そうなのぉ!それならそうと、はよう言うてくれないとぉ!もお!」



とよこママはそれまでの無礼な態度を一変させ、七福神のような笑みを私に向けた。お願いすれば、なんでも叶えてくれるような笑顔だった。


あれよあれよという間に私の前にご馳走が並び、どこから現れたのか、まわりにはたくさんの老人が私を囲んでいた。



「秀一郎さんも、あの人ほんと目利きあるねぇ」



老人たちは無遠慮に私の肩や腕を撫でながら、しきりにそんなことを言った。

友人の言葉が脳裏をよぎる。

もしかして、私は本当に奴隷にされてしまうのだろうか。あのハナザキシュウイチロウというリスナーにまんまとしてやられたのだろうか。

それでも私は、そんな物騒な思考とは裏腹に、焦りや恐怖などといった防衛反応がこれっぽちも働いてはいなかった。それはまわりにいるのが全員老人だったこともあるけれど、彼らのふるまいから「今からこの女を奴隷にしてやろう」などという雰囲気が一切感じられなかったのだ。

心の底から私を歓迎してくれている。

なにも根拠はなかったけれど、私はそう確信した。



「あの、ちょっと質問していいですか」



そんな今の彼らなら、きっと答えてくれるだろう。

私は不思議な全能感に包まれていた。

この町の特産品だという、花の蜜を漬けて作ったというお酒を飲んだからだろうか。この町全体に充満している甘いにおいの正体は、これだった。最初に話しかけたあの美しい盲目の女性からも、このお酒のにおいがした。



「この町には女奴隷がいるって、ハナザキさんから聞いたんですけど。それって本当ですか?」



その瞬間、老人たちの笑顔が消えた。

ブツっと電源が落ちたみたいだった。

しかしそれはほんの一瞬の出来事で、彼らはまた仏様のような笑顔を作ると、「女奴隷って、いやあねえ」と互いの肩を叩き合って笑った。私もそんな彼らに釣られて笑ったが、とよこママがなんてことのない様子で発した言葉ですぐに笑っていられなくなった。



「秀一郎さんも悪い人ねー。そんな言い方しちゃあ、お客さんが減っちゃうじゃないの。ここの女はみーんな自分の意思で体売っちょるのにぃ。誇りを持ってるんの。でも、ま、よそ様からすると奴隷に見えんこともないかもねぇ」



とよこママはそう言って高らかに笑うと、私のグラスにお酒を注いだ。たちまちあの甘いにおいが立ち込める。



「あの、体を売ってるって、この辺に風俗街でもあるんですか」


「あっちゃこっちゃで、みーんな頑張ってくれとるよ。見かけなかった?この町にはきれぇいな子たちがたくさんいるんよ」


「………盲目の」



私がそうつぶやくと、老人たちはよりいっそう愛想のいい笑顔を笑みを浮かべた。



「お姉ちゃん、今日のお宿は?」


「いや、とくには…」



〝旅行〟の定義が曖昧だった私は、ここへ宿泊するべきかどうかさえわからず、宿をとるということをしていなかった。スマホは圏外で配信なんてできたものじゃないし、写真も撮らせてくれないんじゃあ、本当にここへ来たかどうかの証明ができない。よって、こんな、なにもない、どこか不気味な雰囲気のする、ただのド田舎に泊まる価値など、一ミリもないのだ。


そんな私のよこしまな気持ちなど知る由もなく、とよこママは言った。



「この町一番のお屋敷に泊まっていきゃあ!心配せんで、お金なんていらないし、安心してゆっくりお過ごしよ」



さっきハナザキシュウイチロウの名前を出したときのように、またあれよあれよという間に事が進み、私はあっという間にその町一番のお屋敷とやらへと連れてこられた。

屋敷は想像以上に立派で、この小さな町のほとんどを占めているんじゃないかと思うほどだった。これでは屋敷というより城である。


屋敷の人間らしき老人に中へと案内された。

とよこママが話を通してくれたのだろうか、老人からはなにも訊かれなかったし、私もなにかを訊こうなどという気持ちにはならなかった。

さっきとよこママの店にいた能天気な老人たちとは違い、この老人にはどこか威厳があり、ただものではないオーラを放っていたのだ。


途方もなく続く長い廊下を歩いているとき、何度か美しい女性たちとすれ違った。

彼女たちは一様に華やかな色の着物を着ていて、足元がおぼつかない様子だった。

そんな彼女たちの目はやはり焦点が合っていなく、じっと見つめる私の存在に気がついていないようだった。



「ここをお使いくださいな。遠慮なく、ごゆっくり」



私を案内してくれた老人はそう言ってぴしゃりと部屋の襖を閉めた。部屋は一人で使うにはあまりにも広く、清潔感あふれる和室はどこか寒々しい雰囲気だった。



………今なら、いける。



私はたった一人きりの部屋の中を何度か見回すと、スマホを取り出し、撮影を始めた。いかにも高そうな掛け軸や花瓶、部屋から見える風景など、アプリやポートレートを駆使して何枚も撮った。ハナザキシュウイチロウとの約束を果たしたという証拠というよりかは、SNSで映えることを意識していた。




「あーっ、撮ったらいかんのに」




「口から心臓が出そう」という表現を初めに思いついた人は、きっとこんな気持ちだったに違いない。

背後から突然聞こえた声は内容こそは私を責めるものだったけれど、その声色はどこか陽気で、なにかを楽しんでいるようにも聞こえた。おそるおそる、ふり返る。


ふり返った先にいる人物を見て、私はまた口から心臓が出そうになった。

そこにいたのは、今までこの町にいた美しい女性たちとは比べ物にならないほどの美貌を持った少年だった。少年は上等そうな着物を着ていたが、年齢は12、3歳くらいだろうか。さほど身長が高くない私と同じか少し低いかくらいの背丈のその少年は、いつの間にか部屋の中にいて、どこかいたずらそうに私を見ていた。長いまつ毛の隙間から見えるガラス玉みたいな目はしっかりと私をとらえていて、そのことにも私は驚きを隠せなかった。この町で美しい容姿をしているにもかかわらず盲目ではない人間は、この少年が初めてだったのだ。



「あなた、私が見えてるの?」



思いのほか声が震えた。

それがおもしろかったのか、少年はふきだすように笑い、「あなたーわたしがみえてるのー」と馬鹿にするように私の言葉を復唱した。



「…お前、だれ?」



そして少年はそう言うと、途端に笑顔をなくした。彼の声は、少年のものとは思えないほど冷たく、残酷で、そしておそろしかった。



「だれ、って…」


「だれや、お前は。ブサイクが」



少年のまっすぐで乱暴な言葉遣いと、どこまでも私を責めるようなまなざしが、胸に深く突き刺さる。

私が普段「ブサイク」と言われるのは主に配信上だけだったけれど、そんなものただの妄言にすぎないし、そういう無礼な人間はほかのリスナーたちから袋叩きにされて、すぐに淘汰される。


しかし、今目の前にいる世にも美しい少年は、リアルだ。それに、誰も見ていない。今この場面を配信上で流せたら、どれだけバズるだろうか。彼の容姿をほんの少し映すだけで、私の歴代視聴者数をゆうに上回ることを思うと、どうしてここは圏外なのかとひどく悔やまれる。


どこか緊迫した雰囲気の中、思考が脱線してしまっている私を見透かしたかのように、少年は「聞いてんのか」と言った。少年の声はあいかわらず冷たく、親しみのかけらもなかった。



「聞いてるけど…」


「お前はだれなん。答えろ。3秒以内じゃ」


「…ちょっとちょっと、さっきからあなた、あまりにも失礼じゃない?まず〝お前〟ってやめてね。どっからどう見ても私のほうが年上でしょう。まぁ…ブサイク、ってのは多めに見るわ。それはあくまでも主観だしね。それでも、もう少し言葉遣いを改めなさいよ」



私は努めて小さな子に言い聞かせるように言った。

今年2X歳になる自分が、まだ下の毛も生えていないような子供にビビっているなんて、あまりにも情けないからだ。

そんな私に、少年は面食らったような顔を浮かべた。どうやら言い返されたのが意外だったようだ。そんな少年の様子から、彼が普段どれだけ甘やかされているのかが透けて見えるようだった。



「だれか、っていうのが名前のことだったら、私はカナメ」


「カナメ…」



実のところ、カナメというのは本名ではなく、配信活動で使っている名前だった。このような得体の知れない町で本名を名乗るのはどこか気が引けたし、そんな必要もないように思えた。ここにいるのはせいぜい明日までなのだから。



「カナメは僕にそんな口の聞き方ができるんやねぇ」



少年はそう言ってにこやかに笑った。

その笑顔があまりにも美しくも愛らしく、危うくときめきそうになったが、すんでのところで理性を保った。

外見がどんなに愛らしくとも、彼は初対面の女に「ブサイクが」と罵ってくるような人間だ。油断してはならない。


先ほどまでの態度とは打って変わって、少年はどこか友好的な笑みを浮かべて私に近づいてきた。まるでメデューサに見つめられているかのごとく私の体は石のように固まり、わずか数センチほどの距離まで顔を近づけられても、一歩も身動きをとることができなかった。



「カナメ、お前はほんとブサイクじゃあ」



少年の呼気が顔にかかる。

花や砂糖などのような甘いにおいだった。


全身からどっと汗が吹き出てくる。

少年の毛穴ひとつない美しい顔に自分の息がかかるかと思うと、呼吸すらままならない。少年はそんな私の気持ちをまたもや見透かしたかのように笑うと、「僕の相手しろ」と懐いた猫のように私の足元に寝そべった。着物の襟元から白い肌が見え、なんだか艶かしい。



「…あなたの名前は?この屋敷の子なの?」



止まっていた呼吸を整えてから、私もその場に座った。すると少年は私がそうすることを予期していたかのように、すっと私の膝の上に頭を乗せた。少年の頭は想像以上に軽くて、なんだかひんやりとしていた。



「ここ、僕の屋敷ね」


「えっ」


「ここにあるもんぜーんぶ僕のものよ」


「全部って…」


「土地も建物も権利も人間も、全部僕のものなん。わかる?理解できる?カナメは顔も悪けりゃ頭も悪いん?」


「だから失礼だってば」


「ほんでー名前とかはない。そんなもんいらんから」


「…あなた、ちょっとそれ厨二病なんじゃない?」


とてもじゃないが現実とは思えない話に、思わず笑ってしまう。すると少年はそんな私に同調するように笑い、「ちゅうにびょうってなんなん」と子供のように言った。冷酷なのか無邪気なのかまるでわからない少年に取り憑かれるような感覚がして、頭がくらくらした。



そのあとも少年はそんな嘘か本当かわからないような調子で、この町のことを話してくれた。


この町の女は15歳になると体を売るようなること、容姿が醜い者はほかの労働にまわること、30歳になったら次の女を産むこと、その際、男側の遺伝子はその村で一番美しい男のものであること…


少年の話は現代の日本では到底ありえないような、それはまさに〝女奴隷〟を作りだすための風習そのものだった。

私が呆然としていると、少年は「その顔でこの町で体を売ることは不可能やし安心しー」と無邪気に笑った。

それから少年は私の仕事や住んでいるところについていろいろ訊いてきては、「いいなぁ」だとか「えらい楽しそうね」だとか言いながら、羨望のまなざしを向けてきた。

そんな少年がなんだか可愛くて、可哀想だった。


少年の容姿は見れば見るほど美しく、どこか現実味がなかった。だからなのだろうか、彼と話しているとあっという間に時間が過ぎ、部屋の中はた互いの顔が認識できないほどに暗くなっていた。


薄暗闇の中、少年の甘い息と頭の感触だけを鮮明に感じながら、私は町や屋敷の中にいた美しい女性たちを思い出していた。


彼女たちは毎秒毎分、毎日…永遠にこのような気持ちを抱いているのだろうか。暗闇の中、においと感触だけが頼りで、相手の顔を知ることは永遠になく、今起こっていることが現実かどうかもわからず、暗闇の中をさまよいながら知らぬ男に抱かれる。



「カナメ、お前はいろんなものが見れてええなぁ」



そう言いながら、少年はそっと私の膝を撫でた。

全身に痛いほどの鳥肌が立ったが、その手をふり払うことができなかった。



「なまじべっぴんに産まれるよりかは、ブサイクに産まれたほうが幸せなんね」



少年はどこか他人事のように言った。

実際、彼からしてみれば、そうなのだろう。

少年の言ったことがすべて本当だとすると、盲目の女性たちは少年の所有物であって、ただそれだけの存在で、同情や共感などさらさらするつもりもない。彼にとって異常な町も盲目の女性も途方に暮れるほど広い屋敷も、すべてが退屈な毎日の一部に過ぎない。そんな中現れた、美しくもないただの人間である私は、きっと彼のいいおもちゃになったのだろう。


夜になると、たくさんの使用人が部屋にやってきた。

なにか私にたいしておもてなしがあるのかと思ったが、彼らの目的は主に少年への奉仕だった。

彼らはたくさんのご馳走を部屋に持ってきては少年の前に並べ、それらを慎重かつ丁寧に少年の口元へ運んだ。少年はどこかつまらなさそうな表情で咀嚼し、「カナメも食べり」と気だるげに首をひねった。どうやら、彼は食事が好きではないらしい。



「いただきます…」


「たーくさん食べぇ。僕の分まで食べちゃって」


「さすがにこの量を一人では無理かな…ただでさえ最近太ってきちゃったし」


「ブサイクで豚で、ほんま女としての価値ないねぇ」



少年はそう言ってくすくす笑うと、起こしていた体をまた横にさせ、また私の膝の上に頭を乗せた。もうすっかりそうすることが慣れたみたいだった。

使用人たちはそんな様子の私たちを見ては顔をしかめ、こそこそと耳打ちをしている。あまりにも露骨な態度になにか言ってやろうかと思ったが、その必要はなかった。



「…お前ら、なんや、その目は」



ほんの数時間前、少年と出会ったときの声が鮮明によみがえり、思わず身震いした。少年のものとは思えないほど冷たく、残酷で、そしておそろしい声だった。



「客人にたいしてそんな目するなら、いらんやろ、それ」



そう言って少年は耳打ちをした使用人の顔を指さした。その指の先には今にも涙が溢れ出しそうな眼球があった。動揺のあまりか、それはギョロギョロと左右に動いては、少年の指の先に戻った。「申し訳ありません…」という声が今にも消えそうで、私まで不安になった。



「…消えて。今すぐ。全員」



少年はしばらくのあいだ使用人を睨みつけたあと、そう言って私の膝に顔を埋めた。使用人たちは大慌てで料理を下げると、謝罪の意を持つあらゆる言葉をぶつけながら部屋を去っていった。

まるで嵐のような食事に私の胃も心もどこか置いてけぼりで、手のかかる悪魔のような子供を一人置いていかれても、どう対処していいのかまるで見当がつかない。



「ずっと言ってるけど、大人にあんな口の聞き方しちゃダメじゃん…」



建前上、私はそんなことを言った。

本当はもうどうだってよかった。

この町は、少年は、もう私がなにを言ったって修復できないほどに歪んでしまっている。


少年の切れ毛ひとつない髪を撫でながら、私は配信のことを思った。配信業をしている身としては、たった一日配信ができないことはかなりの痛手となる。今すぐ出れば、まだギリギリ終電に間に合うかもしれない。屋敷の中の写真は撮った。ハナザキシュウイチロウが納得するかどうかはわからないけれど、とにかく目的は達成しているはずだ。


こんなところにこれ以上いる必要は、もうない。



「カナメ」



まるでそんな私の思考に気がついたかのようなタイミングで、少年は私の名前を呼んだ。同時に、ものすごい力で私の腕を掴んだ。少年の手は硬く、そして冷たかった。少年の爪と指が深く食い込む。



「痛い痛い!ちょっと!痛いってば!」


「カナメ、今なに考えてた?」



少年はそう言って上体を起こすと、そのまま私の腕を引っ張り、自身のほうへと近づけた。少年の長いまつ毛の先が顔にぶつかりそうで、私の呼吸はまたままならなくなった。



「痛いよ、離して!」


「秀一郎のこと、考えてた?」



少年の口から〝ハナザキシュウイチロウ〟の名前が出てきたことに驚き、思わず少年の目を見つめた。宝石のように輝く瞳は私の目をまっすぐにとらえている。



「それか、いつ帰ろうとか、そんなこと考えてたんじゃない?」


「ちょ、ちょっと待って。あなたハナザキシュウイチロウのこと知ってるの?あの人は何者なの?誰なの…?」


「あのひとはなにものなのーだれなのー」


少年はからかうように私の言葉を真似すると、くすくすと笑った。そしてそっと私の腕から手を離し、今度はその手を首にまわした。「あっ」と思ったときにはもう遅く、私の首には少年の両手が絡みついていた。



「そいつはねぇ、この町の人間の材料よ」



30歳になったら次の女を産むこと、その際、男側の遺伝子はその村で一番美しい男のものであること…


少年の話が走馬灯のように頭の中を巡った。



「ほかの世界ではそういう男のことを〝お父さん〟って呼ぶんのも知ってるけど、ここではただの材料なんよ」



少年はそう言って両手に力を込めた。

急激な酸素不足のせいか、目の前で火花のようなものが散る。



「僕もねぇ、もっともーっと大きくなったら、ただの材料になる。でもね、いやなん。そんなんいやなんよ。だから僕、これ以上大きくなりたくない」



 あまりの苦しさに必死にもがくが、少年の手は鉄のように硬く、そして力強かった。少年の「これ以上大きくなりたくない」という言葉がもう手遅れなのだと悟った私は、死の間際で絶望した。



「カナメはブサイクで安心するわぁ。ずーっと僕のそばで僕の相手しててよ」



意識が断絶的になる中、私が最後に目にしたのは、この世のものとは思えないほどの美貌を持った少年の、この世のものとは思えないほどの美しい泣き顔だった。



 

暗闇の中で目を覚ましたとき、私は自分がまだ生きてることに気がついた。どうやら誰かが布団に寝かせてくれたようだった。



「お身体の具合はいかがですか」



突然背後から声をかけられ、思わず飛び上がる。

なんだか間抜けな声も出た。

屋敷の使用人だと思われるその人に、私は真っ先に「灯りをつけてもらえますか」と頼んだ。暗闇の中、相手の姿も見えないまま話をすることになんだか恐怖を感じたからだ。


すると使用人は「灯は必要ないですよ、もう朝ですから」と言った。

私はしばらく、その言葉の意味を理解することができなかった。



すると、呆然とする私を嘲笑うかのような少年の笑い声がした。

そのとき初めて、少年は私のすぐ近くに、ずっといたのだと悟った。








最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

この物語が、あなたの記憶の片隅にでも引っかかれば幸いです。


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犬神テチチ

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