9・まるで恋人みたいな冬は超えられない
二学期が修了し、冬休みである。
にも関わらず、高校生ともなると冬季セミナーたるものがあり、毎日学校に出なければならない。
こんなの、冬休みじゃない。
「どう思う、花坂さん」
いつもの帰り道。だんだんとクリスマスムードが浸透しつつある街中を歩きながら、俺は隣を歩く花坂さんに同意を求めた。
花坂さんに三歩後ろから無言でつけられていたあの時代も、もうおさらばである。
少し前にしびれを切らした俺が、
『もっと近くで見たらいいじゃん』
と俺の身体のどこかしらを見ては興奮している花坂さんに提案したのである。
昔の花坂さんならきっぱり断ったのだろうが、彼女もいよいよ自分の変態性を隠さなくなってきており、『確かに!』と納得した表情で、いよいよ俺の隣を歩くようになった。
俺の勝ちである。
しかし、その代わり隣からものすんごい熱のこもった視線を常時浴びせられるので、俺の完全勝利とはいかない。
最近じゃ、マフラーを巻いて見えない俺の首はむしろ彼女の想像力を掻き立て、黒い手袋をすれば「カッコいい!大人!カッコいい!」とたとえ金を積んでも誰もそこまでの熱量で語れないだろうというほどのうっとりとした視線を向けられ、俺はいつか彼女を眼科に連れて行こうと誓った。
花坂さんは、はあ、と白い息を吐いた。
両手に吹きかけるように、煙が静かにたなびいた。
「私はそう嫌でもないですよ、この期間」
「そうなの?」
意想外な答えだった。
学生なんて「セミナーだるぅ〜」と思ってる人間がほとんどだと思ってた。
「………はい。永瀬くんにも、会えるので」
彼女が薄く微笑み、俺は一瞬どきりとした。
眼鏡の奥に宿る熱っぽい彼女の瞳は、冬の凍えた寒さにはすぐに消えてしまいそうな蝋燭の揺らぎだ。
それがどこか、妖艶にも見えた。
取り繕っていない、ぽろりとこぼれたような本音だったからか。
俺は自分でも知らない間に高揚感に浮かされ、それがとても、むず痒く思えた。
「そう、なんだ」
どうにも歯切れの悪い返事だった。
自分の精一杯だった。
俺が少し視線を花坂さんから外すと、彼女はそうですよと頷いた。
「はいっ!なんてったって、永瀬くんは私の目の保養ですからね!生きる糧ですからね!今日も最高にカッコいいですありがとうございます」
「そっちかぁ……」
舌打ちしそうになったが、いつものことじゃないかと自分に言い聞かせた。
辛抱強い気持ちは、大事だ。
初めて手紙で呼び出された時と同じくらいの肩透かし感を食らったが、まあいい。
「もうすぐですね、クリスマス」
「そうだね」
「永瀬くんは、何かするんですか?」
「特に。どうせ学校だし」
「ふふ、ですね」
今年も安定のクリぼっちだ。学校があるおかげで気にしないで済むことに感謝すればいいのか、嘆けばいいのか、悩むところではある。
「私も、予定ないんですよ」
「…………そ、すか」
さらりと言われたが、俺は戸惑っていた。
思考がピタリと止まり、隣をチラリと見る。
当の本人は読めない笑顔で、はいと頷くのみ。
クリスマス直前に「私予定ないんですよ」アピール!
わざわざ、そんなこと言う……?
これは、そういうことだろうか?
誘っていいってこと?
いや、待てさっき盛大な肩透かし食らった後じゃないか俺。
ただの話の流れじゃん?
ただの事実報告だろ。
俺は冷静に対処し、「特に意味のない言葉」としてスルーすることにした。
ここで誘える勇気があるのなら、俺にはとっくに彼女が居るはずなのだ。
つまり、ビビリである。
無言の時間が訪れた。そもそも、花坂さんから話しかけてくることの方が珍しいのだ。
彼女の視線が一組の男女に向けられているのを見て、俺は逡巡した。
乾いた舌で、ほぼ消えいるような声、そっと呟く。
「……クリスマス」
「…はい」
俺は白い息を吐いた。
花坂さんの期待半分疑問半分の瞳が、問いかける。
「学校終わったら、どっか……行きたいかも、2人で」
「永瀬くん……!」
花坂さんは、ぱあっと目を輝かせて───、
これはイケただろ、と俺が思っていると。
「あっ。でも、ごめんなさい」
「え?」
花坂さんが、申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「クリスマスは家から出たくないので」
「…………そ、そう」
ごめんなさい、ともう一度断る花坂さん。
気にしないで、と俺は笑い、心の中でちくしょうと思った。
花坂さんに何かと断られることが多い気がするのだが、俺の誘い方が悪いのだろうか。
とにかく、クリスマス前に意味深に「予定ないです」と言ってくる女性は、今後信用しないことにした。




