8・密室のうら若き男女
俺が担任に頼まれて、学校の物置にダンボールを捨てに行った時だ。
ダンボールを畳んでまとめていると、背後でガコッと音がした。
嫌な予感がした。
「あれ……?」
振り返ってドアを揺らすと、
………開かない。
閉じ込められた。元々開いてたから、鍵など持ってない。なのに、外から締められた。
密室である。絶体絶命である。
俺が呆然としていると、目の前にさっと飛び出てカタカタカタカタと扉を揺らす女子。
「ええええ、開かないですよ永瀬くん!?どうしましょう!」
何故1人で入ったはずの倉庫内に、花坂さんが居るのか聞きたかったが、今はそんな場合ではない。
1人で閉じ込められたよりは、マシかもしれないし、ちょっと安心した。
「………花坂さん、スマホ持ってる?」
「ごめんなさい、持ってないです……」
「だよねぇ」
花坂さんに真っ先に聞いたということは、つまり俺も持ってない。
やべえ。昼休みとかならともかく、放課後だ。授業の出欠確認とかないし、俺たちが居ないことに気付く学校の人間は居ないじゃないか。
花坂さんはシュンとしていた。
「ごめんなさい役立たずで……」
いやいや。
「そういえば、何で花坂さんはここに?俺1人で入った気がするんだけど……」
「?永瀬くんが居たので、私も入りました」
「…………ナルホド」
微妙に理由になっていない気がしたが、友達同士のノリみたいに思おう。友達居るの見つけたら「何してんの〜?」って話しかけるよね理論。
しかし、俺の前に出てくるまで花坂さんは、完全に気配を消していた。
……俺自身が折れて許可したとはいえ、花坂さんのストーカーレベルが上がっている気がする。
少し身震いした。
……い、いや、まあ、それは置いておこう。
大事なのは、ここからの迅速な脱出である。
「おーい、誰か居ませんかー」
俺は扉を叩き、外を通りかかった人間に気付いてもらおうと声を上げる。
しーん、と無音が返ってくる。
駄目だな、こりゃ。
辺鄙な場所にあるし、ここに用がない生徒が通りかかるはずもない。
「マジか………。て、何でそんな離れてんの花坂さん」
倉庫の隅のほうで廃品たちとお友達になっている花坂さん。俺が近づこうとすると、彼女には「ひぁ」と怯えの色が浮かんだ。
……ちょっとその反応に傷つきながらも、俺の方が配慮が足りなかったなと反省する。
彼女も女の子ということなのだろう。
密室で同級生の男と閉じ込められて、心配になるのは仕方ないのかもしれない。
中学の時の俺の友人なんか、女子と2人で空き教室で話してたらなんと学年主任に叱られたらしく。
まあわざわざ大事な話だからと誰も来られないように鍵かけてたのは、学年主任からしたら怪しさプンプンだったのだろうが、中学校で生徒がわざわざそんなことするかねとも思う。
しかし、叱ったということは過去に男女の間違いがあったのかもしれない………
「だ、大丈夫だよ、花坂さん。そんな怯えなくても…変なことしないよ」
一応主張しておくと、花坂さんは首を振った。
とんでもない、と目を見開いた。
「ち、違うんです。逆で」
「逆とは」
「永瀬くんのこと、うっかり襲いそうなので」
「………あ、はい」
おっと。そのパターンは、予測してなかったなぁ。
花坂さんは、恥じらうようにかぁぁ…と赤く染めて、眼鏡の奥の瞳を揺らした。
まるで庇護欲を誘うようなその仕草が、俺の首を見て興奮しているのかと思うと、何とも言い難い気持ちになる。
これで俺が彼女の恋愛対象とかだったらまた違うのだろうが、ただ性的に興奮されているだけだ。
………俺はどうすればいいんだか。辛いなぁ。
一通り倉庫内を叩いて物音を出し、助けを求めて叫んだが、まったく反応はなかった。
声を出して疲れたので、俺は時機を待とうと近くにあった椅子に座った。
俺は変な汗かいたなと学ランとワイシャツのボタンを一つずつ開けたのだが、少し遠くで「ごきゅ」と唾を飲み込む音がしたのを聞いて、花坂さん(=俺のストーカー)と一緒だったことを思い出す。
ボタンを上まで留めた。
ああ…!と残念そうな悲鳴が聞こえてきた。
「せっかくのサービスショットがぁ…っ」
「そんなに俺の首好きなのか……」
「はい!永瀬くんの身体は惚れ惚れしますね……えへへ」
「………」
俺の………俺のことのはずなのに、何故こんなにも敗北感を感じるんだろう…?
なんか身体目当てを宣言された女みたいな心境に陥っている。
本体に興味ないみたいに言われたような気がして、ちょっとイラついた。絶対ボタン開けない。
「花坂さん。暇だし、なんか話そうよ」
「話、ですか?」
花坂さんはキョトンとした顔をして、首を傾げる。その仕草は見ようによってはあざといのだろうが、花坂さんがすると小動物のようで微笑ましい。
「うん。学校の行き帰りも一緒なのにさ、全然話せてないし」
「だってあれは付き纏い……」
まだ言い張るかソレぇ?
花坂さんは相変わらず、当初のスタンス通り。学校の登下校で一緒に歩いてるのを俺へのストーカー行為の一環だと言い張っている。
自分の中で鉄の掟があるらしく、学校の敷地内出た途端、俺が話しかけても空気を演じてくるし。
おかげで、俺は未だ、クラスメイトが知る花坂さんと大して違いのない花坂さんのことしか知らないままだ。
それに、
「俺の自称ストーカーなら、俺の中身も、……もっと知っててよ。その、身体目当てだと言われると、ちょっと悲しいというか……俺も……その、花坂さんのことちゃんと知りたいというか……」
「永瀬くん………!」
我ながらキモいことを言ったような気がするが、花坂さんはまったく気にしてない様子で恍惚としているので、花坂さんが自称ストーカーで良かったとひそかに思った。
彼女が俺を見る目には謎のキラキラフィルターがかかってるので、何を口走っても相殺されるらしい。
「でも大丈夫ですよ。私、永瀬くんのこと、ちゃんと知ってますから」
「え?」
花坂さんが笑顔で言うので、俺はどういう意味か、いささか首を傾げた。
「2月19日生まれ。魚座のA型」
「え?」
「家族構成は父母と姉が1人。小学生の頃は水泳とピアノとそろばんを習っていて、水泳は小学4年生まで。中学の時の部活は、吹奏楽部。ホルン担当。パートの仲間が女子ばかりだったので気まずかったけど、バレンタインにチョコ貰えるのでラッキーだと思ってた。2年生の時は、整備委員長を務めて、修学旅行の時は友達と国語教科書の劇────」
「花坂さん」
「はいっ」
いい笑顔だ。話したこともないのに人の小中学時代まで把握している情報収集家にはとても見えない。
「……え。どうやって調べたの、それ」
「………」
俺のシンプルな疑問に、花坂さんは笑ったまま黙っている。別に責めてるわけではなく純粋に気になっただけなのだが、本人は気まずいらしい。
そろーりと目を遠くへやって、
「まあ、その、永瀬くんが話してるの聞き耳立ててたりとか……永瀬くんと同じ中学の子にそれとなく聞いたり……?」
「へえ、それで分かるもんなのか……」
「そうなんです。だ、だ、だっ大丈夫ですよ!私は神に誓って、健全な範囲内での情報収集しかしてませんっ!」
そこまで慌てられると寧ろ怪しく見えるけど、大丈夫だろうか。
「永瀬くんの喉から発せられるという意味も踏まえて、永瀬くんの声もどタイプなので生活音聞きたいなって思ったりしますけどっ、盗聴器とかは許可おりてないし」
当たり前だよ。その発想にいたる時点で、結構引く。
しかし意外と神経太い花坂さんは、一縷の望みに満ちた瞳を輝かせた。
「あっ、それとも永瀬くん、もしかして盗聴OKだったり……っ?」
「普通にノーだね」
「ギリシア語だったらね。Ναι(はい)なの。英語圏の人はノーと聞き間違えるんだって。肯定なのに」
「ギリシア語じゃなくて、英語でノーだね」
「ギリシア語……」
「英語」
花坂さんはしょぼんとしていたが、俺は間違ってないはずだ。クラスメイトに盗聴器を仕掛けられてOKする奴が居たら、そいつは狂っている。
花坂さんは溜め息を吐いた。
「はぁ。はぁぁ〜。はぁぁぁ」
芝居がかった溜め息である。
「永瀬くんの家での姿が見てみたいよう。ラフな姿が見てみたいよう。髪がセットしてなくて無造作で、首元が緩いスウェットを着たオフな永瀬くんが見てみたいよう」
「………」
俺は、どういう心情でその言葉を受け取ればいいんだろうか。
花坂さんの恋人でもないし、ファンの居る芸能人でもないし。
「……見たい、見たい。オフの永瀬くん見たい」
だから芸能人かっての。
「……じゃあ今日の夜、ビデオ通話でもする?」
「ええっ」
花坂さんは、オーバーなリアクションをして口に両手を当てた。海外のバラエティーショーにも出れそうな驚き具合である。
連絡先は前に交換してあるので、花坂さんがやりたいというのであれば、やれる。
花坂さんは、あわあわと視線を彷徨わせた。
「い、いやっ、それは、心の準備が」
「……いや、準備要る?」
さっきまで見たい見たい駄々こねてたのに、急に及び腰になってる花坂さん。
俺は名案だと思ったのだが、意外とすんなり通らない。
花坂さんは顔を覆って、それからパタパタと手で風をあおいだ。顔が赤らんでいた。
「…ちょ、ちょっと保留させてください……致死量の永瀬くんを摂取してしまうと、困る……」
俺は毒抜いてないフグか。
「永瀬くん……オフの永瀬くん……家の中の永瀬くん…くつろぐ永瀬くん……えへへ」
思考世界に飛んだらしく、花坂さんの身体が傾き始めた。口角は上がり続け、いつ止まるんだろうかと俺は観察していた。
その時、ガタガタと音がして、暗い倉庫内に光が差し込んだ。ようやく扉が開いたらしい。
その眩しさに目を細めると、「あれ?」と女子の声が聞こえてきた。
「何してんのー、永瀬。花坂さんも。こんなとこで」
クラスのギャル枠こと目黒が怪訝そうな顔をしている。
思っていることが顔にはっきり現れるタイプだこの人。
「閉じ込められてたんだよ。助かった目黒さん」
「おっつー。アタシが部活の用で来たことに感謝ね」
俺がお礼を言うと、目黒はケラケラ笑った。
それからまた怪訝な顔に戻った。
「ところで花坂さんは、どうしたん?」
「俺も分からない」
倉庫内の床に倒れ込んで胸を押さえている花坂さんの姿を一瞥して、俺は保健室の先生を呼ぶか放置しておくか迷った。
彼女はうへへと幸せそうに笑っていた。




