6・連絡先の交換
秋も、もう終わろうとしている。
椅子に掛けていたコートを俺が羽織る姿を見て、カッコいいと褒めてくれる花坂さん。
俺が金で雇って言わせてるわけではなく、彼女は正気である。
相変わらず目が腐ってるらしい。
一緒に教室を出て、下駄箱を通り過ぎる。
校門を抜けたら、俺の隣ではなく3歩後ろを無言で歩き出すので、花坂さんに話しかけるなら今しかない。
彼女曰く、学校外はストーカーとしての立場を弁えたいから隣は歩けないとのことだが、まったくもって意味が分からない。
よし、と勇気を出した。
「花坂さん、連絡先交換しよう」
「ごめんなさい」
フラれた。俺の学ラン姿をパリコレモデルと錯覚する狂気的な妄想力を有していながら、何故フラれたのだろう。
「何で駄目?」
「永瀬くんの連絡先知ったら歯止めが効かなくなりそうだからです。具体的には、連投スタ連連投電話連投連連投です」
なかなか狂気である。
確かに花坂さんなら、やりかねない。
「……どうしても、駄目?」
「永瀬くんが困るだけですよ」
俺は眉を下げた。
これは花坂さんの連絡先を知りたい下心ゆえとかではなく、現実的な提案をしているだけなのだ。
「いや、でも、毎日登下校一緒にしてるから。体調悪くて休むときとか、用事があって遅くなる時とか、連絡手段あった方がーーーー」
「いえ、付き纏いです。一緒に帰ってるわけではありません」
「………」
しれっと言い放つ花坂さん。
頑ななストーカーもいたもんだ。
「一緒に帰ってる」
「帰ってません」
「帰ってるのと同義」
「帰ってないよ」
くそう。
毎朝俺のこと家まで迎えにくるクセに、よく言うぜ。
最近じゃ友人たちには「花坂さんと付き合ってんの?」と言われる仲なのに。
花坂さんは、力強く頷いた。信念のこもった目である。
「大丈夫です!私が勝手に永瀬くんの後をつけてるだけなので、空気みたいなものだと思ってください!私を見かけたら、『ああ今日は居るんだな』くらいに思うだけで、私のこと気にしないでください!」
「気にするんだよ!ドアの前で待たせてたら、気になっちゃうんだよこっちは!」
この前なんか寝坊ぎりぎりの時に家のドアを開けたら、ちゃんと花坂さんが待ち構えてたので、悪いなと思ったのだ。
危うく遅刻に巻き込むところだった。忠犬ハチ公かよ、遅いなら先に学校行ってくれ。
俺が連絡先を交換したい理由を話すと、花坂さんは手で口を押さえた。
何故か長い睫毛が震えている。どうしたいきなり。
「ああ……永瀬くんが今日も優しいよぅ。こんなストーカーなんて、使い古しの雑巾みたいに捨て置いてくれてていいのに、気にしちゃうところが博愛の精神に溢れてるね………」
すげぇよ、博愛までいっちゃったよ。
連絡先交換しようって言っただけなのに、博愛の精神語り出したぜ。
花坂さんはたまに変になるが、だんだんと慣れてる自分が居る。あまり動揺もなく、俺は自分のスマホの画面を差し出した。
「……ま、まあさ。てことで、連絡先交換しよう」
「うん、嬉しいです永瀬くん」
ようやく折れてくれた。
QRコードで読み取って、俺のトークルームの友達の欄に『実里』が追加された。
花坂実里、うんいい名前だなぁ。
「永瀬くんって、猫飼ってるんですか?」
俺のアイコンを見たからか、花坂さんが尋ねてきた。
俺は頷く。自慢の愛猫だ。マンチカンのレオナルドくんである。
可愛いだろー。
「あれ、でも、39日前のアイコンの背景の画面は文鳥でしたよね?」
「…………ん?」
俺は、はたと思考がストップした。
たった今、ライン交換した花坂さんが知っているには辻褄の合わない質問が飛んできたからだ。
「何で、知ってる、の?」
「あっ、それはね、クラスラインのおかげです」
「クラスライン?」
言われてみれば、同じクラスだ。だから、同じライングループに所属してる。
それが何だというのか。
「そうです。クラスラインの『メンバー』のところタップしたら、登録してなくてもその人のアイコンとか、アイコンの背景とか、メッセージは見れるじゃないですか」
「?」
「でも勝手に追加するなんて烏滸がましくて私には出来なかったので、毎日永瀬くんのそれを眺めるようにしてたんです」
「毎日?」
何かゾクっと来た。自称ストーカーされるようになって早1ヶ月半。
しかし、これまではどちらかと言うと彼女の行動は微笑ましいものだった。たまに暴走しこそすれ、恐怖を覚えることはない。
………なのに、どうもコレは違う。
花坂さんは元気に続けた。
「はいっ。147日前は中学の卒業式の写真、105日前は好きなアーティストのライブ写真……あ、このあたりからあんまり更新なかったですね。たまに恋人との写真載せる人居るじゃないですか、永瀬くんがもしそんなことしてきたらどうしようと思いながら毎日見てました。良かった、彼女居なくて。永瀬くんの他のSNSは知り合いにならないと見れなかったので唯一それしかなかったんです。それで、39日前は文鳥の写真がアイコンだったので、文鳥も飼ってるのかなぁって思ったんですけど………」
「花坂さん」
「はいっ」
俺は腕をさすった。コートを羽織ってるのに、今日は冷える。
あはは、と笑った。
「やっぱり連絡先なかったことにしていい?」
「ううん、嫌です」
その晩、マジで連投スタ連連投電話連投連連投が来た。
花坂さんは、やはりきちんとストーカーだった。




