4・喉仏を触りたいらしい
花坂さんが自称ストーカーになって、1ヶ月経った。
特に問題は起きてないのだが、唯一の不満は未だに登下校で隣を歩いてくれないことだ。
3歩後ろをつけてくる。交渉してコレだ。
酷い時は20歩後ろだったので、マシになったけど。
一緒に歩いてるなら、話し相手になって欲しいのに、花坂さんは「畏れ多い」とかのたまう。
………ストーカーされてるのに、俺は花坂さんに嫌われているのだろうか?
そして今、俺は花坂さんに例のごとく第二講義室に呼び出されていた。教室内で付箋を渡された時は一体何だろうと思ったら、昼の呼び出しだった。
秋には少々季節外れの桜が書かれた付箋に、
『昼休み第二講義室で待ってます』とだけ。
一体何の用だろうか?
「花坂さんー?」
ガラガラと古びた第二講義室のドアを開けると、中は真っ暗だった。分厚いカーテンで、太陽の光を遮っているせいで、前見た時より鬱蒼としている。
電気をつけてないらしい。
「花坂さん、まだ来てなーーーーのわっ!?」
右脚を誰かにガッチリと掴まれて、危うくバランスを崩すところだった。
犯人は、俺の右脚に両腕でしがみついていた。
暗くてよく見えないので、脚に巻きつかれたまま少し移動して、パチッと照明のスイッチをつけた。
犯人が正体を現した。
「ハアハア、永瀬くんに見下ろされてるこのアングルが最高………っ、脚長い、細いのに骨ばっててイイ……皮膚越しに永瀬くんの骨を感じるぅ」
花坂さんだった。
2人きりで周りの目がないからか、いつもより大胆である。
「えっと」
「は!」
花坂さんの目が正気を取り戻した。過呼吸かと心配になる、荒い息遣いが止まった。
かちり、と眼鏡をなおす花坂さん。
そこからの彼女の一連の動きは、早かった。
「申し訳ございません」
流れるような綺麗な土下座だった。華道か茶道の家元の娘かと思う、見事な背筋の伸ばし具合だった。
「いや、別にいいよ。びっくりしただけで」
「いえ、永瀬くんの許可なく触れるなど、私のストーカーポリシーに反します。ごめんなさい、好みの脚が私の顔の近くを通ったので、我を失いました」
好みの脚とは。
俺は花坂さんの前にしゃがみ込んで、視線を合わせる。落ち込んでいる様子の彼女に、気にしなくていいよと手を振った。
「誰も見てないし、いいから」
「うう、永瀬くんが優しくて浄化されちゃうよぅ……」
「大袈裟な」
俺の脚掴んで興奮してたのは、さすがに驚いたけど。
「それで、用事って?」
俺が桜の付箋を見せると、花坂さんは「あっ」という顔をした。興奮して、忘れてたらしい。
気まずそうな表情を浮かべた。
「あの、永瀬くん。…ここまで足を運ばせといて、大変心苦しいんですが………そのぅ、」
「ん?」
「忘れてもらって、いいでしょうか……?」
「え?」
何だって。
俺は首を捻った。
「何で?」
「えっと、永瀬くんに申し訳ないからです」
「どういうわけで」
「………たった今永瀬くんに不快な思いをさせてしまっただけに、言い出しにくい案件なんです……」
用事が消えたわけでも、忘れたわけでもらしい。
なら、言ってくれればいいのに律儀だ。
「不快じゃなかったから、どうぞ用事を俺に吐いてしまってください」
「永瀬くんの寛大なお心が沁みるぅ……」
花坂さんは壁に寄りかかって、顔を覆った。
何かに悶えている。
「あのー、花坂さんー?」
「はいっ」
「それで、用事というのは」
「あのですね」
花坂さんは、チラリと俺の首元を見て恥ずかしそうに口元を押さえた。長い睫毛を伏せて、視線を彷徨わせた。
「…………て欲しいんです……」
「ん?」
「永瀬くんの、喉仏を、触らせて欲しいんです………!」
「…………は」
え?
まったく予想してなかったお願いに目が点になった。
喉仏を触りたい?
「な……なぜ?」
「その、永瀬くんの大体すべての身体の部位でドキドキするんですけど、やっぱり喉仏は別格で……!」
「………へ、へぇ……」
なんかすごい告白をされた気がする。
が、花坂さんは、まったく気付いてない。
頰に手を当てて、テレテレとしている。
「もちろん、押したりしませんから!表面をちょっと撫でたいというか!喉仏に触れることで永瀬くんの生を実感したいというか!」
喉仏で生を実感するって、すげぇな。
「駄目ですかっ!?」
「いや………」
「あ、でも永瀬くんに一方的に要求するなんて駄目だね!それじゃあっ、代わりに私の身体のどこかも好きに触っていいですから!」
「ぶっ!ごほっ、ごほっ、……はぁ!?」
思春期の男に、なんてこと言い出すんだ花坂さん。
コロしにきてんのか。
「あっ、でも私、胸小さいので、永瀬くん満足できなーーーー」
「良くないよ!俺の喉仏、触っていいから!フリーだから!対価は要らないからッ!」
「お粗末な胸で良ければ………」
花坂さんが自分の胸をチラリと見下ろした。
嘘つけ、どこがお粗末なんだ。そのほどよく膨らんだ胸を前にして、女子を敵に回すぞその発言は。
そんなの触ったら、何かもろもろ死にそうだ。
社会的にも、精神的にも。
俺は間違ってないと悔しい涙を流しつつ、手を広げた。
「いいから!ほら好きなだけ触れ俺の喉仏!」
「ありがとうございます永瀬くんんんん!」
花坂さんはハアハアと呼吸を荒くして、俺の首に指をそぅ…っと這わせた。ワイシャツ越しに感じるこそばゆい感覚で、くすぐったい。
ヤバい、何か目覚めそう。
「あの……ぅ、永瀬くん」
「な、何だ花坂さん」
「ワイシャツのボタン、外してもらってもいいでしょうか………実物を拝みたいです。動く様をこの目で間近で、見たいです」
「は、はい」
少々変態チックだが、花坂さんに言われるとむしろ悪くない。
俺は言われた通り、いつも上まで閉めてるワイシャツのボタンを1つ外す。
報告。
花坂さんが、過呼吸を起こした。
「………ハアハア、永瀬くんの喉仏ぇ……!制服のせいで夏しか拝めない永瀬くんのだぁ……!ああ、ごきゅってなった!動いてるぅぅ、カッコいいよぅぅ!」
「………は、花坂、さん…?」
じりじりと追い詰められ、俺はバランスを崩して机に腰をぶつけた。
何か前にもこんなことあったな。
「永瀬くん………っ、ごめんね、私、ちゃんと許可取ったもんね……大丈夫大丈夫、ちょっと、ちょ、と触るだけ……」
「…………」
やっぱりこの子、俺のストーカーだわ。
その後、第三ボタンまで外され、着衣が乱れて床に転がってる俺と、相変わらず興奮してる花坂さんが居たが、お昼が終わって2人で教室に戻った。
…ストーカーって、怖い。




