8.天才魔法少女レーネのオ◯◯コ
サヨに「変態」と叫ばれてから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
「……ここ、か」
ウィンド領のメインストリートを抜け、西端まで行くと、柵の切れ目と、小さな看板が見つかった。木の板に、雑な魚の絵と「→川」とだけ書かれている。 どう見ても子どもの落書きだが、他に目印もないので、これで間違いないのだろう。
「はあああああ〜」
リューは、大きく息を吐き出した。
本当は早く飲み水を探しに行かなければいけないのに、足がどうしても前に出なかった。さっきのサヨの姿と声が、頭の中で何度もよみがえってくる。
(……やらかしたよな、俺)
状況を改めて考えると、どう言い訳してもひどい顛末である。
水を探しに来ただけなのに、なぜかヤヨイの水浴び現場に突入して、お尻とおっぱいとオ◯◯コをばっちり拝み、その直後、「ヤヨイ水」だのなんだのと誤解を生む発言をし、タイミング最悪でサヨに聞かれ、「変態」と言い捨てられて逃げられた。
(人生最悪ランキング上位に入る一日なんじゃないか、これ)
胃のあたりがきゅっと痛む。
喉も相変わらずカラカラだ。
心も体も、全部がぎしぎしと音を立てているような気がする。
(……でも、ここでうずくまってても、どうにもならないよな)
ヤヨイが「説明する」と言って追いかけてくれた。 それを信じるしかない。
(とりあえず、水だ。生きるのが先)
リューはふらふらと看板の奥に進み──ヤヨイが教えてくれた川の方へ向かった。
◆
看板の奥には、踏み固められた広い道が続いていた。獣道というよりは、ちゃんと「人が歩いている道」という印象だ。土の道の両脇には、雑草と低い木が生えている。 風が吹くと、草の葉がざわざわと揺れ、青臭い植物の匂いが鼻をくすぐった。
胃が空っぽで、足取りは重い。
それでも、喉の渇きが背中を押してくる。
(キノコ……ないかな)
左手には、昨日使った布袋。 リューの目は、半分は前方の道を、残り半分は地面の影を探していた。昨日、森でキノコを見つけたときと同じように、木の根元や倒木の周り、少し湿っていそうな場所を気にしながら歩く。
だが──。
「……ないなぁ」
今日は、本当に徹底して恵まれない日らしい。
キノコの気配はどこにもない。
(まあ、川に行く道だからな……。人がよく通るところに、そうそうキノコも生えないか)
それでも、一応は目を凝らす。
なにか売れそうなもの、なにか食べられそうなもの。
なにか一つでも見つけられたら、それだけで生き延びる確率が上がる。
キノコの代わりに、いくつか見慣れない草が目に入った。
細長い葉に白い筋が入っているもの。
丸くて小さな葉がたくさん密集しているもの。
地面すれすれに広がっている、淡い紫色の草。
「……薬草かもしれないよな、これ」
リューはしゃがみ込み、葉を指でつまんで裏表を確かめる。
(……サヨならわかるかな……でも)
さっきのサヨの顔が、脳裏に浮かぶ。
目を見開き、今にも泣き出しそうな顔。
恐怖と拒絶の入り混じった表情。
あの「変態」という一言が、今も心に刺さって抜けない。
「……嫌われたよなぁ、完全に」
小さくため息をつきながらも、リューは草を数種類、慎重に摘んでいく。
サヨの誤解がとけたら「これは薬草だよ」と教えてもらえるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、布袋に草を入れていった。
◆
しばらく歩くと、耳に心地よい音が届いてきた。
さらさらという水の音。
風に揺れる葉の音とは明らかに違う、透明感のある響き。
「……あ、川だ」
木々の向こうに、銀色にきらめく水面が見えた。
近づくにつれて、空気がほんの少しだけ涼しくなる。
湿り気を帯びた風が頬を撫で、乾いた喉を少しだけ慰めてくれる。
川は、思っていたよりもきれいだった。
幅はそれほど広くないが、底まで透き通って見える。
大小さまざまな石が転がっていて、ところどころ浅瀬になっている。
リューは、ほとんど駆け寄るようにして川辺に膝をついた。
ごく、ごく、ごく──。
「……っ……ぷはぁ……」
喉の奥から胃の方へ、冷たい水が流れ込んでいく感覚が分かる。体中が、それを「必要だ」と喜んでいるようだった。
「生き返る……!」
心からそう思った。
何度か繰り返し水を飲み、呼吸が整ってきたところで、ようやく周囲を見る余裕ができた。
(……どうやって持って帰るか、だよな)
そのときになって、はじめて自分が完全に手ぶらで来ていることを思い出した。
「……あっ。しまった。容器が……」
さっき薬草(?)を入れた布袋では漏れてしまうだろう。気合いだけでここまで来たツケが、ここにきて一気に押し寄せる。
川の水は好きなだけ飲めるが、家に持って帰ることはできない。 喉が渇くたびに、この川まで歩いてくるのか──そう考えると、先が思いやられた。
(なにか、コップになりそうなもの……)
近くに落ちている木の実の殻や、大きめの葉っぱを探すが、ちょうどいい形のものは見当たらない。
石はゴツゴツしていて、そのままでは無理だ。
川辺をうろうろしながら、リューは完全に「物を探すモード」に入っていた。
だからこそ、その音に気づくのが少し遅れた。
ちゃぷ……。
「……ん?」
水面が揺れる音。さっき自分が水をすくったときの音とは、少し違う。誰かが、ゆっくりと水に手を入れたときのような、柔らかい音だ。
(誰か、いる?)
リューは身を低くし、音のする方へそっと近づいていく。
茂みの向こう。
葉の隙間から、太陽の光を反射してきらめく水しぶきが見える。
葉をそっとかき分けた、その瞬間──。
(……え)
視界いっぱいに、白い曲線が飛び込んできた。
川辺に腰を下ろし、足を水に浸している少女。こちらに背を向けていて──しかも、裸だった。
水色の長い髪が背中と肩に貼りつき、白い肌を水滴がつうっと滑り落ちていく。その透明感に、一瞬だけ息が止まった。
少女がゆっくりと立ち上がる。濡れた髪がさらりと揺れ、後ろ姿のラインがあらわになる。
そして──まるみを帯びたお尻が、はっきりと目に飛び込んできた。
(お、お尻……!)
川まで歩いてくるあいだ、キノコを探しつつも頭の片隅ではずっと「ヤヨイのお尻」を思い出していたせいで、思わず比較が浮かんでしまう。
(ヤヨイは健康的で弾力ありそうで、こっちは……なんというか、透き通るように柔らかくて儚い感じで──いや、俺は何を冷静に比べてるんだ)
自分の思考にツッコむ暇すらなく、少女が少し身体をひねった。
濡れた水色の髪が揺れ、胸元がこちら側に向いた。
そこには、無駄のないラインの、しかししっかりとしたふくらみがあった。水滴が、やわらかな膨らみの上を伝い、そのまま谷間の方へ落ちていく。
(お、おっぱい……!)
さっき見たばかりのヤヨイのおっぱいとは、また違う形だ。
大きさも、質感も、雰囲気も、全部違う。
それが逆に「個性」として脳に刻まれていく。
(人間の脳って、こういうときだけ本気出すよな……)
現実逃避めいた感想が浮かびかけたところで──。
少女と、目が合った。
「……っ」
少女の瞳は、澄んだ水をそのまま閉じ込めたような淡い青。薄い肌と水色の髪が光を受け、どこか現実離れした雰囲気をまとっていた。
レーネ。
あとでリューが知ることになる、森で暮らす魔法使いの少女だ。
そのレーネがリューの姿を認識した瞬間、耳がみるみる真っ赤に染まった。
「ひっ……!」
短く、しかしはっきりした悲鳴。
だが、さっきのヤヨイのような「全力の悲鳴」とは違う。
抑えた声量なのに、かえって羞恥の色が濃くにじんでいた。
少女は慌てて腕を交差させ、胸元と下腹部をぎゅっと隠す。
「……あなた、覗き魔?」
冷たい声。けれど、耳だけが真っ赤に染まっている。
「ち、違う!!違う!!本当に違う!!」
リューは反射的に両手をぶんぶん振った。
「言い訳は結構。あなた、今、私の裸をしっかり見てたわよね?」
「見てない! いや、見たけど違うんだ!! 肝心なところはまだ見てないっていうか、あ、いや、その……!」
完全なる自爆である。
「……最低ね」
少女はじっとリューを見つめた。
表情は淡々としているのに、耳だけが嘘みたいに真っ赤だ。そのギャップが、妙に心に引っかかった。
と、そのときだった。
──ガルルルルル……!
茂みをかき分けるような音と共に、低い唸り声が響く。 赤い毛並みの狼──ファイアウルフが飛び出してきた。
「うわっ!?」
口からは、かすかに熱気が漏れている。 燃えるような眼光で、リューを睨んでいた。
(ま、魔物……!? ヤバい、こっち見てる!!)
ウッドウルフとは違うが、危険な魔物なのは変わりはない。昨日の恐怖が一瞬でよみがえる。足がすくんで動けない。
グルァァァァッ──!
ファイアウルフが咆哮し、口の奥が赤く光った──と思った次の瞬間、灼けるような火炎が一直線に吐き出された。
「うわっ!? 熱っ……!」
リューは反射的に身をひねり、ギリギリで火の軌道から飛び退く。だが足場の悪い川辺でバランスを崩し、そのまま尻もちをついて倒れ込んだ。
視界が揺れる。その隙を狙うように、ファイアウルフが地を蹴り、跳びかかってくる──その瞬間。
「……動かないで」
川辺から、冷たい声が届いた。
少女──レーネが、半身だけ起こし、すっと片手を水面に向けて伸ばす。
川の水が、一点に集まり始めた。
さっきまで穏やかだった水面が、小さく渦を巻き、細く尖った形へと変わっていく。
「《水刃》」
低く呟いた瞬間、水が透明な刃となって宙を走った。
シュン──。
空気を切り裂くような音と共に、水の刃がファイアウルフの頭を横から叩きつける。その勢いのまま、狼の体は川辺の岩にぶつかり、そのままぐったりと動かなくなった。
「……っ……た、助かった……!」
(なに今の……! 魔法……? 水の魔法!?)
レーネは、腕を前に突き出したままの姿勢で、静かに立っている。
「……感謝はいらないわ。あなたが食べられるのを見てるのも気分悪いし」
顔面蒼白でへたり込むリューとは対照的に、レーネは危険など微塵も感じていなかったかのように涼しい顔で、クールな笑みさえ浮かべていた。
「全然感謝するよ!? むしろ感謝しかないよ!? ありが──えええっ!?」
リューは感謝の言葉の途中で、突然声を上げた。
視線の先にあったのは、余裕たっぷりに立つレーネ。
もちろん裸。足は肩幅ほどに開かれ、その股の間にある、ぷっくりとした割れ目がバッチリ見えていた。
「うわ……もろ……」
「……っ!!」
思わず呟いた言葉に、レーネの顔が耳まで真っ赤になる。
「もろってなに……? 何がもろ? モロ!?」
「ご、ごめん!! でも、これは完全に事故というか!!」
「ふええ……もしかして、私、見られちゃった? 女の子の大事なとこまで、全部……?? こんなの……人生で初めてだよぉ……!?」
「いや、俺だって初めてだよ!! 一日に二回連続でラッキースケベ食らう人生なんて、想定してなかったからね!?」
「ラッ……? 何その間抜けな言葉……。って、一日に二回!? 二回目ってこと!? はあああ!?」
情報が一気に押し寄せ、混乱が頂点に達したレーネは、アソコを隠すことすら忘れてその場に立ち尽くしていた。
その間、リューは悪いと思いつつも、割れ目、いや、はっきり言おう、レーネのオ◯◯コをしっかりと凝視していた。
レーネは自分の状況──オ◯◯コ丸出しに気づいた瞬間、
「ひゃっ……!」
と短く声を上げ、慌ててしゃがみ込み、股間を両手で押さえた。
そして震える指で川辺の岩を指差しながら、
「服! 服! 服ううう!」
と半ば泣き声で叫ぶ。
顔は真っ赤、目には涙。
さっきまでのクールな余裕など跡形もなく消え去っていた。
言われるままに指差す方へ走っていくと──
「……あ」
「なに!?」
「……服……燃えてる」
脱いで置いてあったはずの服の場所には、黒く焦げた布の塊が残っていた。ファイアウルフの火が飛び火したのだろう。布はもう原型すらとどめていない。
「……ふええええ……」
レーネは、不運が連続して押し寄せたような表情で肩を落とす。
「……このままじゃ帰れない……なんで、私がこんな……」
声が震えているのは、怒りか羞恥か。
おそらく、その両方だろう。
レーネはきゅっと唇を結び、リューを見上げる。
「あなた」
「は、はい!」
「……私の家まで行って。森の中にあるわ。服、持ってきて」
「わ、分かった!」
「もし、このまま放置して逃げ帰ったりしたら──」
レーネの目が細くなり、冷たい気配が漂う。
「どこまでもあなたを追いかけて、魔法で氷の彫像にして、未来永劫、この森のオブジェにするから」
「脅しのスケールがエグい!!」
「言っとくけど、冗談じゃないわよ?」
「分かった! 必ず戻る!」
「……名前は?」
「え?」
「あなたの名前。知らないと、オブジェに名前つけられないでしょ」
「物騒な理由で聞かないで!? リューだよ、リュー!」
「私はレーネ。……覚えなくていいけど」
「いや覚えるよ!? さすがに命の恩人だし、しかもあんな出会い方、忘れようと思っても──」
「よよよ余計なこと言わないで、早く行って!」
「すみませんでした」
慌てる声に、リューは素直に頭を下げ、レーネの示した森の方へ駆け出した。
その途端、背後から大きな泣き声が響いた。
「男の子に……全部見られちゃったぁぁぁ……ふええええん……!」
振り返ることもできず、リューはただ必死に走った。
「こういうお話、好きだな」と感じていただけたら、
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