6.はじめてのラッキースケベ
三日目の朝。
目を覚ましたリューは、しばらく天井を見つめていた。
……正確には、天井だったものの「穴」を、である。
板が抜け落ちた隙間から、冷たい朝の光が差し込んでいる。
そこから見えるのは、青空の一片と、ゆっくり揺れる雲だけ。
なのに、体に感じるのは爽やかさではなく、ただただ、全身のだるさと痛みだった。
床に直寝。
当然、体中がギシギシする。
しかし、その痛みよりも先に、訴えてきたものがあった。
ぎゅるるるる……
遠慮のない音が、静かな空き家に響いた。
「……腹、減った……」
言葉にすると、余計につらくなる。
分かっているのに、口から勝手に漏れてしまう。
昨日は、ヤヨイとサヨがおにぎりを持ってきてくれた。
あれは、本当に命の恩人レベルのありがたさだった。ふたりの顔と、一緒に食べたときの温かさを思い出すと、胸のあたりがむず痒くなる。
でも、あれはもうない。
キノコ売りで得た銀貨も、昼飯で消えた。
現状、手元にある食料はゼロ。蓄えもゼロ。頼れる家族も友人も、もちろんゼロ。
(……なにも、ないな)
あまりにも当たり前すぎる事実に、あらためてどんよりする。
昨夜のことを思い出す。森の方角から聞こえてきた、ウッドウルフの遠吠え。あれを聞いた瞬間、布団もない床に寝転がったまま、全身がこわばったのを覚えている。
(……あれが、すぐ向こうにいるんだよな)
この空き家のすぐそばには、魔の森がある。
野良の魔物がうろついていても不思議ではない距離だ。
それでも、こうして朝を迎えられたのは、ただ運が良かっただけなのだろう。
「……行くしか、ないよな」
小さくつぶやき、ゆっくりと上体を起こす。
立ち上がると、空腹で視界が少し揺れた。
足元には、何もない。
テーブルも椅子も、まともな家具はひとつもない。
あるのは、ひび割れた床と、穴だらけの壁と、冷たい空気だけ。
(……まあ、考えても何も出てこないしな)
リューは軽く頬を叩き、自分を奮い立たせると、森へ向かって歩き出した。
◆
朝の森は、昨夜の不気味さとは違う顔を見せていた。
木々の隙間から差し込む朝日が、細い筋となって地面に落ちている。
そこだけ薄く明るく、苔が光っているように見えた。
──が、綺麗だな、なんて思う余裕はあまりない。
ひんやりした空気。
風に揺れる葉の音。
遠くで、鳥とも獣ともつかない鳴き声がする。
(昨日より……音がよく聞こえる気がするな)
ただでさえビビり気味なのに、空腹と不安で感覚が妙に研ぎ澄まされているのかもしれない。
枝を踏む自分の足音にも、いちいち肩が跳ねる。
手には、昨日、キノコを入れた袋。まだ中身は空っぽ。
「……ないなぁ」
木の根元。
倒木の影。
湿ったあたり。
キノコが生えていそうな場所を、昨日の記憶を頼りにひとつずつ見て回る。
だが、なかなか見つからない。
昨日見つけた場所は、どうやらたまたま条件が良かっただけらしい。
(魔の森ってもっと、こう……キノコがボコボコ生えてるイメージだったんだけどな)
物語の中では、森と言えば採集スポットだ。 キノコ、薬草、よく分からない実。 危険はあるけど、行けばなんとかなる、みたいな場所。
だが、現実は甘くない。
「……ない、全然ない……」
時間だけが過ぎていく。
胃は容赦なく抗議してくる。
ようやく見つけたキノコは、たったの三つ。
しかも、見た目からしてあまりおいしそうではない。
(これじゃ……売っても昼飯すら買えないかも)
それでも、何もないよりはマシだ。
……はずなのだが。
(……食べる?)
手に持ったキノコを見つめる。
生のまま食べるのは危険。 毒があるかもしれないし、火を通さないと消えない成分もあるだろう。 分かっている。頭では理解している。
でも、今のリューの体は、そんな理屈を聞いてはくれない。
(売るか、今食べるか……)
理性と本能が、胃のあたりで綱引きをしているような感覚。
「……ちょっとだけ……」
自分に言い訳するように呟き、リューはキノコをひとつだけ口に運んだ。
ぱく。
噛んだ瞬間、舌が悲鳴を上げた。
「……っ!!?なにこれ……まずっ……!」
泥を固めて苦くして、一晩放置したあとに靴で踏みつぶしたような、そんな味。
苦味とえぐみと、得体の知れない臭さが一気に口いっぱいに広がる。
あまりのことに、涙がじわっとにじんだ。
「……うぇ……死ぬ……これは死ぬ……」
吐き出したい。けれど、もったいないという気持ちが、それを押さえつける。
結局、リューはそのまま力づくで飲み込んだ。
喉を通る瞬間、ぞわりとした感覚が背筋を走る。
(……やばいかな、これ……)
胃の中に、嫌な塊が落ちていくイメージが浮かぶ。
しばらく様子を見るが、すぐにどうこうなるわけでもない。
だが、別の問題が浮上してきた。
「……喉、渇いた……」
口の中が、乾いたキノコのえぐみでざらざらする。
舌がまともに動かない。
さっきまで空腹が一番の問題だと思っていたが、今はそれどころではない。
喉が焼けるようにカラカラだ。
(水、どうするんだ……)
川の場所も知らない。井戸のルールも分からない。少なくとも、このボロ家には水場などない。
頭の中で、昨日の会話を思い返す。
ヤヨイとサヨ、アカネ。領の仕組み。男は兵士、女は農作業。
(……水の話、全然聞いてなかったな)
重要なインフラのことを聞いていない自分に、今さらながらツッコミを入れる。
(とりあえず……街に行って、宿の人に聞くしかないか)
ふらつく足取りのまま、森を後にする。
◆
ウィンド領のメインストリートに戻ると、朝の空気とは少し違う匂いがした。
土と、家畜と、かすかな料理の匂い。まだ本格的な賑わいには早く、通りにはぽつぽつと人影がある程度だ。
農作業へ向かう女たち。
荷物を運ぶ老人。
まだ眠そうにあくびをする子ども。
そんな中、リューだけが妙に場違いな気分を抱えていた。
(……よそ者なんだよな、俺)
昨日来たばかりの孤児。
金も仕事も、居場所もない。そう思うと、胸のあたりにじわりとした寂しさが広がった。
とはいえ、立ち止まっている余裕はない。
今は、とにかく喉の渇きが問題だ。
リューは、ウィンド宿の正面玄関ではなく、裏手へ回った。 なんとなく、客でもないのに正面から入るのは気が引けてしまったからだ。
──ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷ……
「……水の音?」
耳が、その音をとらえた瞬間、全身の神経がそちらに向く。
喉がきゅっと縮まり、口の中の乾きが一気に意識の前面に押し出された。
(……水だ)
頭がぼんやりしていて、気づけば裏口の扉をそっと押し開けていた。
ひんやりした空気。木の柵に囲まれた小さな裏庭。中央には、大きな桶。
そして──
水しぶき。濡れた肌。朝日の反射。
(……え?)
視界の中央に、少女の背中があった。
栗色の髪が肩甲骨のあたりまで伸びていて、水に濡れて肌に張りついている。
白い背中に、水の滴が流れ、そのまま腰へ──。
そして、その先に。
まんまるで、柔らかそうで、健康的な肉付きの──お尻。
(お、お尻……)
リューの思考が、その一点で完全に停止した。
その瞬間、少女が振り返る。
濡れた髪が揺れ、胸元から水滴が滴り落ちる。
朝日の光を受けて、形の良いおっぱいのラインがくっきりと浮かび上がった。
(お、おっぱいまで……!!)
時間がスローモーションになる。
頭が真っ白になり、視界だけが妙に鮮明になる。
その顔を、ようやく認識した。
(ヤヨイ……!?)
そして、視線はそのまま、ヤヨイの下腹部へ。
股の付け根にある一本の「割れ目」が目に飛び込む。
(ヤヨイの◯◯◯◯……)
次の瞬間、裏庭に悲鳴が響き渡った。
「きゃあああああああああああああああっっ!!?!」
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