16.マオ と カブの種
朝。
まぶしい光が、屋根の穴から遠慮なく差し込んできた。
「……うぅ……まぶし……」
リューは目をしばたたかせながら、きしむ床の上で身体を起こした。
全身の痛みは、昨日よりだいぶ和らいでいる。殴られた場所はまだズキズキするが、動けないほどではなかった。
「さて……今日は、どうするかな……」
ぼんやりした頭で考える。
森に行ってキノコや薬草を集める、という選択肢もある。
特に薬草は、レーネに売れば、それなりのお金にはなる。
けれど──。
(採集だけだと、その日の運に左右される……)
当たり外れが大きすぎる。
昨日だって、たまたま薬草が見つかったから助かっただけで、毎回あんなに都合よくはいかないだろう。
(やっぱり、安定した“食い物”がないと……)
この家には畑がついている。
雑草だらけで荒れ果てているが、裏を返せば、耕せばそのまま自分の畑になるということだ。
(ウィンド領の人たちも、農業が主な仕事って言ってたし……ここのカブ、二日で育つんだよな……)
昨日、ヤヨイとの会話を思い出す。
『おいしいよ~。シチューにしたら最高!』
「よし……」
床から立ち上がり、ぎゅっと拳を握る。
「昨日の力仕事でもらったお金……あれで、種を買おう」
所持金は多くない。
だが、何もせずに少しずつ減らしていくより、畑という形に変えてしまった方がいい。
そう腹を決めると、リューは水筒と、例のボロいズタ袋だけを手に取り、家を出た。
◆
通りに出ると、朝のウィンド領はそれなりに賑わっていた。
女たちが畑仕事に向かい、子どもたちが走り回り、男たちの姿はやっぱり少ない。
(こうして見ると、本当に女の人が多いな、この街……)
そんなことをぼんやり考えながら、リューはいつもの場所──マオの屋台へと向かった。
「おはようございま──」
声をかけかけて、足が止まる。
「……あれ?」
ボロボロの屋台。ごちゃごちゃと雑貨が積まれ、いつもならその影でマオがだらしなく寝ている──はずの場所。
だが今日は、屋台だけがぽつんと置かれていた。
店主の姿が、ない。
「マオ、さん?」
ぐるりと周囲を見渡す。
寝転がっている気配も、道端で寝落ちしている姿も見当たらない。
(……寝坊か?)
十分にあり得る。
というか、かなりあり得る。
リューは屋台の周りを少しうろうろしてみた。
そのとき──屋台のすぐ裏に、小さな物置のような建物があることに気づく。
壁は古く、扉も軋んでいそうだ。だが、前の土には、最近ついたらしい足跡がうっすらと残っていた。
(……もしかして)
リューの中で、ひとつの考えが浮かぶ。
(マオって、めんどくさがりだよな……)
いつも屋台からほとんど動かない。
「通勤」なんて言葉を聞いただけで、嫌そうな顔をしそうだ。
(仕事場がここなら──家も一番近い方がいい、って考えるはず……)
そこまで考えて、ようやく合点がいく。
(……これ、マオの家じゃないか?)
ほぼ確信に近かった。
問題は──それを、どう確認するかだ。
(マオって……ノックしても起きない気がする……)
昼間でも平気で寝ている女だ。
朝なら、なおさら熟睡しているに違いない。
(起きてこなかったら、結局困るのは俺だよな……)
種はできるだけ早く手に入れて、畑を始めたい。
時間が経てば経つほど、今日の作業時間は削られていく。
(……よし。ちょっとだけだ。ドアを開けて、中を覗くだけ……)
そう自分に言い訳しながら、そっとドアノブに手をかけた。
ギ……と、古い金具が小さく鳴る。
抵抗はない。鍵は、かかっていなかった。
「マオさん? 起きてますか──」
言いかけて、リューの言葉が喉で止まる。
視界に飛び込んできたのは──
狭い部屋の中央。片足を上げた体勢の女の“お尻”。
(お、お尻!!)
見慣れた、だらしなく伸びた、わさわさの黒髪。
上下逆さに見えているが、どう考えても、あれはマオだ。
腰まで下ろした布が太ももに引っかかり、
しゃがみ気味の姿勢で、片足だけパンティに通している。
そのせいで、丸みを帯びたお尻のラインが、これ以上ないほどはっきりと露わになっていた。
しかも、片足を大きくあげたその姿勢のせいで、ふっくらとしたオ〇〇コの割れ目と、そのすぐ上にある小さくすぼまったア〇ルまで、はっきりと丸見えの状態でリューの視界に飛び込んでくる。
(やばいやばいやばい!!)
リューの脳が、一瞬で沸騰する。
「…………ん?」
マオが、ぴたりと動きを止めた。
上半身をくるりとひねる。糸目のまま、こちらを向く。
(うわ、しまった……。これ、絶対、金取られるやつだ……!)
マオのことだ。
“見た分の料金”とか言い出しても、おかしくない。
(俺の所持金……ほとんど種に使う予定なんだけど……!)
──その時だった。
「……にゃ」
「にゃ?」
一拍。
そして、マオの糸目が、ぱちっと開いた。
普段は眠たげに細められているその目は、しっかり開くと意外なほど大きく、整っていて、はっきり言ってしまえば──かなりの美少女だった。
「にゃああああああああああああああっ!!?」
物置の中に、甲高い叫び声が響き渡った。
「にゃんでおるん!?しかも、こんなタイミングで!」
顔を真っ赤にして、マオは慌てて手のひらをこちらに向け、見んな見んなと必死に振る。その様子はいつもの飄々とした彼女とは別人のようだった。
そのまま部屋の隅へ逃げようとして──。
「あっ」
足元に引っかかっていたパンティに足を取られ、体勢を崩す。
マオは前のめりに転び、両手を床について四つん這いの姿勢になってしまった。
丸みを帯びたお尻が、リューに向けて、ぴんと突き出される。脚が大きく開いたせいで──ふっくらとしたオ〇〇コの割れ目がぱっくりと開き、ピンク色の内側まで丸見えになり、
そのすぐ上にある小さくすぼまったア〇ルも、恥ずかしいほどはっきりとリューの視界に晒されてしまった。
「ふえええ、うそやろ……全部みられた……?」
マオの声が、震えながら小さく漏れる。顔は真っ赤を通り越して耳まで赤く染まり、普段の余裕はどこにもなかった。
◆
屋台の前。
マオは、いつものように机に突っ伏していた。
ただし、今日は少し様子が違う。
眠いからではない。
首のあたりまで、はっきり分かるほど赤くなっている。
そして、ぼそりと一言。
「……金」
「ひぃ」
来た。恐れていた展開だ。
見てしまったものは仕方がない。
いつもの飄々とした商人の顔に惑わされがちだが、マオも、自分と歳はそう変わらない、れっきとした女の子なのだ。
リューは覚悟を決め、ポケットに手を突っ込み、持っていた銀貨をすべて台の上に並べた。
「これ……全部やる!」
マオは、しばらく無言のまま突っ伏していたが──。
「ふっ……迷いなく全財産差し出すあたり、“自分の金より人を優先できるアホ”やな。うちは、そういうの嫌いやない──って言うと思ったかー」
突然、がばっと顔を上げ、リューのほっぺたをつねる。
「いだだっ!?」
「まあええわ。金銭に換算したら、あんたが一生かかっても払えん額や。で、人の家に押しかけてまで、何の用事やったん?」
「あ、うん。実は……」
リューは、自分の住んでいるボロ家と、隣についている畑の話をした。
「──ってわけで、カブの種を買えたらいいなって思ってさ」
「せやな。採集一本やと、そのうち詰むわ。魔物に当たったら終わりやし、森の機嫌次第で収穫ゼロの日も出る。畑やっとくのは、いい判断や」
そう言って、マオは小さな布袋を、ひょいとリューの前に置いた。
思わず身を乗り出す。
「いくらですか?」
「そうやなぁ……」
机に額をつけたまま、マオは指を折って数える。
「普通やったら、銀貨一枚半から二枚くらい。ちゃんと育てば、何倍にもなって返ってくる」
「そ、そんなに……」
出せなくはない。
だが、所持金の大半が消える。
「特別に、“初回お試し価格”でええわ。銀貨一枚」
「いいの!?」
「うちもな、あんたに死なれたら困るんや。将来ちゃんと収穫できるようになったら、“うちにだけ優先的に野菜売る”って条件でどや?」
「分かった。それで頼みます」
買い手が最初から決まっているのは、畑をやるうえで心強い。
リューは銀貨を一枚、台の上に差し出した。
「それとな」
「ん?」
マオの声が、少しだけ真面目になる。
「昨日の裏通りで、ボコボコにされながらサヨちゃん庇っとったやろ。ああいう無茶、うちは嫌いやない。“自分の得にならんこと”に全力出す奴は、見てておもろい」
「……褒めてるのか、それ」
「褒めとる。商人にとって一番おもろい駒は、“計算外の動きするやつ”やからな」
「駒って言ったよね今!?」
「せやから――」
マオは片目だけ少し開き、リューを見る。
「ちゃんと強なり。死ぬまでに、どれだけ“おもろいもん”見せてくれるか、楽しみにしとるで」
その言葉に、リューは少しだけ背筋を伸ばした。
(……期待、されてるのか……)
種の入った袋を、ぎゅっと握りしめる。
「……分かった。まずは、このカブ、ちゃんと育ててみせるよ」
「ほな頑張り」
そう言って、マオは再び机に突っ伏した。
そのまま寝たようにも見えたが、耳がまだ真っ赤なので、寝たふりなのは明らかだった。
リューは屋台を後にし、カブの種を大事そうに抱えながら、ボロ家と畑へ向かって歩き出した。




