14.サヨ救出 と 女騎士
裏通りのさらに奥、小さな広場の隅。
石垣の陰に、サヨがいた。
酔っぱらいの男に腕を掴まれ、壁に押し付けられるような格好になっている。
「へっ……そんな顔すんなよ。ちょっと遊ぶだけだっての。なぁ?」
「いや……いやです……っ」
サヨの表情は青ざめ、全身が震えている。
男は酒臭い息を吐きながら顔を近づけ──
「やめろぉっ!!」
リューは思いきり叫び、男の肩を突き飛ばした。
「うおっ!?なんだテメェ!」
「その子から離れろ!」
怒鳴りながら、震えている自分に気づく。怖い。正直、怖い。
だがそれ以上に、サヨの顔が、あの日ヤヨイから聞いた話と重なっていた。
「なんだよ、小僧。邪魔すんなよ。ただ“話しかけてただけ”だろ? なぁ?」
「どう見ても違うだろ!」
男は舌打ちし、酒瓶を地面に置いた。
「あぁ?生意気なガキだな」
次の瞬間、拳が飛んできた。
避けきれない。
ガッ!!
みぞおちに拳がめり込んだ。
「……っぐ……!」
肺から空気が一気に押し出され、視界が真っ白になる。
「はっ、ひ弱だなぁ。お前みたいなのがヒーロー気取りしてんじゃねぇよ」
続けざまに横殴りの拳。頬に直撃。
「がっ……!」
地面が揺れる。足がもつれ、その場に膝をつく。
「やめてっ!!」
サヨが叫んだ。
「おいおい、俺はまだ何もしてねぇだろ。“生意気なガキを教育してるだけ”だっての」
男は口角をゆがめて笑い、リューの襟首を掴み上げる。
「どうする?ここで土下座でもするか?」
そう言われて──
(……くそっ、確かに俺は弱い……弱いけど、でも……)
リューは、思いきり男の腕に噛みついた。
「いっっっだぁぁぁっっ!?!?!? テメェ何しやがる!! 離せ!!」
腕を振り払われ、殴られ、蹴られる。それでも、リューは地面に倒れながら、足首にしがみつく。
「しつけぇガキだな……!」
男は本気で怒り始めていた。足を振り上げ、リューの脇腹めがけて蹴りを叩き込もうとした、
そのとき──
「そこまで、です」
澄んだ声が、路地に響いた。
次の瞬間。
ガンッ!!
「うおっ!?」
男の身体が、派手に横へ吹き飛ぶ。石畳の上で転がり、痛みにうめき声を上げている。
リューは息を切らしながら、声のした方を見た。
そこには──銀色の鎧をまとった一人の女性が立っていた。
長い脚をすらりと伸ばし、やや長めの金髪を後ろで束ね、腰には立派な槍。鎧は簡素だが手入れが行き届き、胸当ての装飾は、この街の“公式な騎士団”の紋章を示していた。
「な、なんだよ、お前……!」
酔っぱらいが怒鳴る。
女騎士は冷たい視線を向けた。
「私はウィンド領騎士団の団長ディアナ。この領内での暴行は、すべて私の管轄です」
「は?暴行?俺はただ話してただけで──」
ディアナは最後まで聞く気すらなかった。無駄のない動きで男の腕をひねり上げ──そのまま、乾いた枝を折るような音を立てて、あっさりと関節ごとへし折った。
「ぎゃあああああああああああああああああああっ!?!?」
男は情けない悲鳴を上げて地面に転がった。
そのまま女騎士は、冷ややかに言い放つ。
「あなたには教育が必要なようですね。拘束して兵舎に連れて行きます」
「ひっ……!」
ディアナの後ろから、女の騎士たちが現れ、嫌がる酔っ払いを容赦なく担ぎ上げていく。男の短い叫びが響き、やがて裏通りの奥へ吸い込まれるように消えていった。
◆
「サヨ!!」
別方向から駆けてくる足音。
ヤヨイだった。顔を真っ赤にし、目元はうるんでいる。
「サヨ!!大丈夫!?どこも痛くない!?」
「……ヤヨイ……」
サヨはまだ震えていたが、ヤヨイの顔を見ると、ほっとしたように小さく笑った。
「こ、こわかった……」
「ごめん……!私がちゃんと見ておけばよかった……!」
ヤヨイはサヨをぎゅっと抱きしめる。
その様子を見ながら、リューは地面に座ったまま息を整えていた。
(よかった……間に合った……)
顔は殴られて腫れ始め、口の中には血の味が残っている。脇腹や腕もズキズキと痛む。
でも、サヨが無事なら、それでいい。それ以外のことは、どうでもよかった。
「……あなたが?」
女騎士が、こちらを振り返る。
「この子を守ろうとしていたのは、あなたですね」
「あ、えっと……まあ……」
肩で息をしながら、曖昧に返す。
「見ていました。勝てない相手に真正面から立ち向かい、殴られても、蹴られても、決して離れようとしなかった」
女騎士は、ほんの少しだけ目を細めた。
「この街には、あなたのような正しく勇敢な心を持った人間が、もっと必要ですね」
「いや、その……正しいって言われると、なんか複雑なんだけど……」
そのとき。
「……あの」
小さな声がした。サヨだった。
「さっき……助けようとして……くれて……」
「いや、俺は……何もできてないよ。殴られて、蹴られて、逆に迷惑かけただけで……」
情けなくなって、思わずうつむいた。
本当にそう思っていた。結局、相手を倒したのは女騎士で、自分はただボコボコにされただけだ。
(強くなりたいって言っても……これじゃあ……)
「……ありがとう」
サヨが、ぽつりと呟いた。
「こわかったけど……でも、嬉しかった……誰かが……私のために、こわいのを我慢してくれてるって……」
「サヨ……?」
「ありがと……リューさん……」
そう言って、サヨは──
そっと、リューに抱きついた。
「っ……!?」
柔らかい体温が、胸のあたりに伝わる。細い腕が、震えながらもリューの背中に回る。お互いの心臓が、信じられない速さで脈打っていた。
サヨは、男の人が怖い。
近づかれるだけで震えて、触れられるだけでも拒絶してしまう。
それなのに──今、自分に、自分から触れている。
その事実に、リューはどうしていいか分からなかった。
「え、えぇぇぇぇぇぇっ!?!?」
横で、ヤヨイが変な声をあげる。
「サ、サヨ!?リューさんに抱きついてる!?え、ちょっと待って、どういうこと!?今まで男の人の手すら握れなかったのに!?なにこの急成長!?!」
「ヤヨイ……ちょっと、うるさい……」
サヨが、リューの胸に顔をうずめながら、恥ずかしそうに小さく言い返す。
「だってだって!すごいことなんだよこれ!?サヨが男の人に、“こわい”より“ありがとう”が勝ったってことでしょ!?ちょっと感動してるんだけど私!」
その言葉に、サヨの耳が赤く染まる。
「……でも……本当に、こわかったの……でも、その……リューさん、ボロボロになってまで……」
きゅっと抱きしめる力が強くなった。
「だから……こわいけど……でも……逃げたくなかった……。ちゃんと、ありがとうって言いたかったから……」
リューの胸に、またじんわりとした熱が広がる。
(……俺、守れたのかな……)
相手を倒したわけじゃない。勝てたわけじゃない。
でも、サヨの中で何かが変わったのだとしたら──それは、確かに意味のあることなんだろう。
「……よかった……」
思わず、そう零れていた。
◆
一方その頃。
(……あれ……)
ヤヨイは、二人の様子を見ていて、胸の奥がチクリと痛むのを感じていた。
「サヨが男の人に抱きついてる……すっごく嬉しいはずなのに……」
サヨが男性恐怖を少しでも乗り越えてくれた。
それは本来、ただ嬉しいことのはずだ。
なのに。
(なんでだろ……なんで、ちょっとだけ、胸が苦しいんだろ……)
あのボロ家で、二人きりで過ごした朝のことが、ふと頭をよぎる。
水浴びのあと、背中を向けさせて全裸で着替えたとき。
リューが必死に視線をそらして、全力で「見ないように」してくれていたこと。
納屋で、事故とはいえ、おっぱいを触られたこと。お尻を掴まれたこと。
恥ずかしくて、でも“イヤじゃなかった”と感じた自分の気持ち。
(……私、どうしたいんだろ……)
自分の胸に手を当てる。
心臓は、サヨを心配したときとは、少し違う鼓動を打っている気がした。
サヨがリューに抱きついている光景を見て、その隣で笑っている自分の中に──小さなざらつきのような感情が芽生えている。
(こういうの……なんて言うんだっけ……)
まだ、その言葉を、ヤヨイは知らなかった。
◆
少し離れた場所で、その様子を無言で見ている影があった。
「……間に合ったみたいやね」
マオだった。
いつものように糸目で、欠伸を噛み殺しながら、壁に背中を預けている。
女騎士のディアナに目をやり、ぼそりと呟く。
「恩、売っとく気満々やったのに……結局、美味しいとこ全部あの子に持ってかれてもうたな」
女騎士は、ちらりとマオを見ると、小さく頷いた。
「いえ、結果はどうあれ、市民の安全を守れましたので問題ありません。通報ありがとうございました」
「商売の片手間や。気にせんでええ」
マオは、そう言いつつも、口元だけはわずかに緩んでいた。
そして、もう一度リューたちの方へ目を向ける。
ボロボロになった少年と、泣きながら抱きつく少女。
その隣で、複雑そうに笑うもう一人の少女。
「……やっぱりアホやけど。案外、動かすんは、こういう普通の子なんかもしれへんな」
マオは小さく笑った。
「ま、借り、ひとつ」
──誰にかは、まだ内緒のまま。
マオはもう一度、大きく伸びをすると、だるそうに屋台の方へ戻っていった。
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