13.サヨ捜索
納屋の奥に積まれていた最後の麻袋を、リューはなんとか所定の場所まで運び終えた。
「……っはぁ……っ、はぁ……」
腕はパンパン、腰はガクガク。息も絶え絶えだ。
床にどさりと腰を下ろし、汗で湿ったシャツをぱたぱたとあおぐ。
(死ぬ……筋肉痛で明日動けないかもしれない……)
それでも、全部運び終えた達成感はあった。
ヤヨイに頼られて、ちゃんと仕事としてやり遂げられた。それだけで胸が少し温かい。
(こういうの、悪くないよな……。開拓団は詐欺だったけど、ここで少しでも役に立てるなら……)
そんなことをぼんやり考えかけた、その時。
「リューさん!!」
納屋の入り口から、慌ただしい足音とともに声が飛んできた。
振り向くと、そこには──息を切らしたヤヨイがいた。
頬は青ざめ、額にはいつもとは違う汗が浮かんでいる。
「ヤヨイ?どうしたの?」
「サヨが……いないの!」
短い言葉なのに、それだけで空気が冷たくなった気がした。
「いないって……家に?」
「うん、さっきのこと説明しようと追いかけたんだけど、家にもいないし、広場にもいないし……井戸のほうにも行ってなくて!」
ヤヨイは胸を押さえ、肩で息をしている。
さっきまで走り回っていたのだろう。
「サヨ、男の人見ただけで震えちゃうでしょ? だから……変な人に絡まれてたらって……!」
その目には、あきらかな恐怖と焦りが浮かんでいた。
一瞬“心配しすぎでは”とよぎりかけたものの──サヨの事情を知ってしまった今は、ヤヨイの不安も無理はないと思えた。
「……分かった。俺も探す」
迷う暇はなかった。
立ち上がりながら、リューはそう告げる。
「リューさん……」
「手分けしたほうが早い。危ないところは、俺が行く。ヤヨイは、人の多いところとか、サヨがよく行く場所を頼む」
「うん……!もし見つけたら、すぐお母さんにも伝える!」
ヤヨイはすぐに駆け出そうとしたが、入り口で一度振り返った。
「リューさん……サヨのこと、お願いね」
リューは小さくうなずく。
「もちろん」
ヤヨイは勢いよく走り去っていった。
リューは、まだわずかに震える足に力を込めて立ち上がり、納屋を飛び出した。
◆
まずは大通りを走る。
露店の並ぶ通り、井戸のある広場──サヨの姿はない。
「サヨ!!サヨー!!」
呼びかけても返事はなく、代わりに振り向いたのは通りの人々ばかり。
好奇の目、不審そうな目、あからさまに避ける目。
(くそ……どこだ……)
息が上がり、足が重い。心臓の音ばかりがうるさい。
(サヨさん……どこ行ったんだよ……)
胸の中の不安が、じわじわと膨れあがる。
そのとき──
「……行き詰まっとる顔やなぁ」
気だるそうな声が、横合いから飛んできた。
声のした方を見ると、小さな屋台の影で寝転がるように座っているマオがいた。いつものように、糸のように細い目。だが、その隙間から、じっとこちらを観察している。
「マオさん!」
「どないしたん? そんな“世界の終わり”みたいな顔して」
声はぐだぐだなのに、言っている内容は妙に鋭い。
「サヨさんがいないんだ。さっきまで納屋の近くにいたのに、急に……!」
「ふーん……」
マオは、あくびをしながら身体を起こした。
その仕草さえ、どこか面倒くさそうだ。
「サヨさんの行きそうな場所、知らないか?どこでもいい、手掛かりが欲しい」
「……情報はタダちゃうで?」
短くそう言い、マオは手のひらをこちらに突き出した。
「うちは道具屋やけど、半分は“情報屋”みたいなもんや。“知ってること”を人に教えるのも仕事。タダ働きはせぇへん」
「そんな……!」
時間がないのに、と一瞬思ったが──リューはすぐにポケットに手を突っ込んだ。
手に触れた硬貨をすべて握りしめる。
自分の全財産だ。
(こんなの、たいした額じゃないかもしれないけど……)
「これ全部やる!」
ためらいなく、マオの前に差し出した。
「……は?」
マオの細い目が、すこしだけ見開かれる。
「サヨが危ないかもしれない。足りなかったら、あとでなんとかする。だから、情報を売ってくれ」
息を荒げながら、リューは言い切った。
マオはしばし無言でリューを見上げていたが、やがて、ふ、と細い溜め息をつき──
「……あんた、アホやなぁ」
「え?」
マオは手を伸ばし──差し出された硬貨を、そっとリューの手に押し戻した。
「……いらんわ、こんなん」
「え……取らないのか?」
「うち、金は好きやけどな。“自分の金より人を優先できるアホ”は、もっと好きやねん」
それは、今まで見たことのない柔らかい笑顔だった。
いつもは糸目で眠そうな顔が、ほんの少しだけ幼く、可愛らしく見える。
「……マオ……さん?」
「サヨ探したいんやろ? なら、走らな。あんたの全財産なんか預かってる暇あったら、教えたるわ」
マオは屋台の奥から、簡単な地図のようなものを引っ張り出してきた。
紙片の上には、この街の簡単な通りの線が描かれている。
「ここ。大通りから一本外れた、裏通り。昼間から酒飲んでるアホどもの溜まり場や」
指先が、薄暗そうな路地を示す。
「あそこな、酔っぱらいがちょっかい出しやすい“狭い場所”があるんよ。こんな小さな街でサヨみたいな子が見つからへんのやったら、まず疑うべき場所はそこや」
「……!」
マオの声は、いつものだるさが嘘のように、はっきりしていた。
「分かった、ありがとう!」
「待ち」
走り出そうとしたリューを、マオが袖を掴んで引き止めた。
「裏通りはな、酔っぱらいだけやなくて、柄の悪い連中もおる。あんたは、人を殴ったことも無さそうな、レベル1のモブ村人のひ弱くんや」
「それは……否定できない……」
「だから、あんたは“時間稼ぎ”と思い。サヨちゃんを見つけたら、できるだけ大声出して、人を呼ぶこと。勝とうとせんでいい。負けへんことだけ考えな」
そこまで言って、マオはふい、と顔をそらした。
「……あ。それと」
「?」
「うちは、あんたのこと、ちょっと気に入ったから。サヨも、ヤヨイも……みんな無事でいてほしい。せやから、ちゃんと戻ってきぃや」
照れ隠しのような小さな声。
胸の奥に、じんとしたものが広がった。
「……ああ。絶対戻る」
「よろしい」
マオはいつものだるそうな声に戻り、屋台の柱に背中を預けた。
「ほら、行き。ここでうだうだしてる時間が、一番もったいないで」
「ありがとう、マオさん!」
リューは、今度こそ全力で駆け出した。
背後で、マオが小さく呟く。
「……ほんま、アホやけど。そういうアホは、嫌いやないわ」
◆
裏通りは、大通りとはまるで空気が違った。
建物がひしめき、洗濯物が張られ、空を細く切り取るような路地。
日差しは弱く、どこか湿った匂いが漂っている。
道端でしゃがみ込んでいる男。
壁にもたれて眠っている酔っぱらい。
路上に座り込んで、酒瓶を手に談笑する連中。
リューは息を切らしながら、その間を縫うように走る。
(サヨ……どこだ……)
耳を澄ます。
喧噪、笑い声、怒鳴り声、瓶のぶつかる音。
そして──
「へへ……いいじゃねぇかよ。ちょっと飲むくらい、ケチるなよ」
「や、やめて……。離して……ください」
聞き慣れた、震える声。
サヨの声だ。
リューは反射的に、その方向へ走った。
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