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10.串焼き と 水筒

レーネの家を出て森を抜ける頃には、日はだいぶ傾いていた。

木々の影が長く伸び、ウィンド領を包む空気も、昼の熱気から少しずつ冷たさを帯び始めている。


「……腹、減った……」


喉の渇きは、川の水でどうにかなった。

だが、胃の方は依然として空っぽだ。


(銀貨……いくらだ)


掌の銀貨を握りしめる。薬草を買い取ってもらったお金だ。そのお金でウィンド宿のレストランに行こうかとも考えたが──


(今後のことを考えると……あまり高いもの食べるわけにはいかないよな)


そう思った瞬間、足は自然と屋台通りへ向かっていた。



通りの一角。

おいしそうな匂いがふわりと漂ってきた。思わず腹が鳴る。


「おに~さん、串焼き、どうですか~? 焼きたてですよ~」


おっとりした雰囲気の、胸の大きなお姉さんに話しかけられる。柔らかい物腰で、ゆっくり炭をいじりながら串を焼いている。動くたびに、その豊かな胸がふにゃりと揺れた。


「は、はい! 一本……いや、二本ください!」


手渡された串焼きはこんがり焦げていて、ところどころ形がいびつだった。

だが、噛めばしっかりと肉の旨味が広がる。


「……うま……」


腹が空いていると、どんな料理でもご馳走だ。

口いっぱいに肉を頬張りながら、リューは「生きてる実感」というやつを噛みしめていた。


串焼きを二本たいらげ、残りのお金を慎重に数える。


(……よし。ぎりぎり、もう一つぐらい買い物できる)


喉の渇きは、川の水で。

腹は、串焼きで。

そして──もうひとつ、これからのためにどうしても必要なものがある。


(水を運ぶ道具……水筒だ)


いちいち川まで来るのは面倒だし、危険もある。

森の中で何か用事をするときにも、水があればだいぶ楽になる。


そういったものを売っていそうな店といえば──。

リューは、通りの端にある、少し薄暗い屋台に目を向けた。


布で適当に囲っただけの簡素な屋台。

その中で、だらしなく寝そべっている少女がひとり。

どこからどう見ても、やる気のない道具屋──マオの店だ。


「……マオさん」

「……んあぁ……またあんたかいな……」


マオは、相変わらず糸のような細い目を閉じたまま、体を少しだけ起こした。

頬には、さっきまで寝ていたであろう跡がしっかりついている。


「今日は何の用や」

「水筒が欲しい。水を入れられるやつ。皮袋とか」

「水筒かぁ……。あんまり売れへん商品やから、在庫少ないんよねぇ……」


マオは、腰のあたりをごそごそ探り、棚の下からくたびれた皮袋を一つ取り出した。


「これ。ちゃんと水、漏れへんやつ」


見た目は年季が入っているが、縫い目はしっかりしている。


「おお……!それそれ。いくらですか?」

「そうやねぇ……銀貨1」

「高っ!!」

「ぼったくってへんわ。ここ、辺境やで?皮も貴重やし、加工できる職人も少ないし、水運べる道具は命綱や。銀貨1でも、むしろギリギリの値段設定って、自分では思ってるけど?」

「そう言われると、妙に説得力がある気がしてくる……」

「納得しとき。嫌なら川まで走りな」

「……買います」

「まいどありー」


リューは、さっきレーネからもらった銀貨を差し出した。


こうして得た銀貨が、こうしてすぐに消えていく。

でも、それが「生きるための装備」に変わったと思えば、悪い気はしなかった。


「はい、水筒。ちゃんと紐も付いてるから、腰にぶら下げとき」

「おお……」


リューは、思わず感嘆の声を漏らした。

手触りは思ったより柔らかい。

口の部分には簡易的な栓がついており、水が漏れないようになっている。


「これで、川まで行って水汲んでおけば、しばらくは喉乾いても平気やろ」

「助かりました、マオさん」

「別に助けてへんで。商売や。金を受け取って、物を渡しただけ」


そう言いながらも、マオの声には、どこかほんの少しだけ優しさが混ざっているように聞こえた。


「ほな、また金ができたら来ぃ……ZZZ」


言い終わる前に突っ伏して眠ってしまったマオに、リューは苦笑しつつ屋台を後にした。



空き家に戻る頃には、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。

屋根の穴から差し込む夕日が、床の上に長い影を落としている。


ひび割れた壁、壊れた窓、崩れた階段。

何もない家の中に、少しだけ新しいものが増えていた。

それは──水で満たされた皮袋。


さきほど川へ行ってたっぷり水を汲み、栓をしっかり閉めて持ち帰ってきたのだ。


「……ふぅ」


床にどさりと腰を下ろし、壁にもたれかかる。

腹は、さっきの串焼きでそこそこ満たされている。

喉は、水筒の水でいつでも潤せる。

体だけは、なんとか生き延びられそうだ。


(問題は……サヨさんか……)


あの泣きそうな顔を思い出すと、胸が締め付けられる。


(ヤヨイがフォローしてくれてるといいけど……。たぶん、俺の評価はマイナスからスタートだよなぁ)


ウィンド領に来てまだ三日目だ。

だけど、すでに心の中には、「気になる人たち」が何人かいる。


明るくて、ちょっと抜けてて、でも芯が強いヤヨイ。

寡黙で、人見知りで、男の人が怖いサヨ。

クールで、天才肌で、耳だけ真っ赤になるレーネ。


(……みんな、本当にかわいい子たちだよなあ……でも、そのうち二人の裸を……)


そこで思考が止まる。


水場で振り返ったヤヨイの、お尻とおっぱいとオ〇〇コ。

川辺で見たレーネの、お尻とおっぱいとオ〇〇コ。


どちらも、恥ずかしそうに、でも必死に隠そうとしている表情が印象的だった。


「……今日一日で、二人も、女の子のすべてを、見ちゃったんだよな、俺」


リューは、両手で顔を覆いながら床に突っ伏した。


「サヨのことで落ち込んでるはずなのに、思い出すのはヤヨイとレーネの裸とか……。死にたい……」


声に出してみると、余計に自己嫌悪が増す。

でも、完全に絶望しているわけでもない。

その証拠に──


(……また、会えるかな)


最後にレーネが見せた、ほんの一瞬の笑顔。

それらが、ぼんやりと心の中で光っている。


「……明日も、生き延びないとな」


誰に聞かせるでもなく呟き、リューは大きく息を吐いた。

そのまま、疲れた体を床に横たえる。

天井の穴から見える空は、さっきよりも少し暗くなっていた。

星がひとつ、またひとつと顔を出しはじめている。

床は硬くて冷たい。

それでも、さっきまでよりは、ほんの少しだけ「まし」な場所に感じられた。


水筒と、穴だらけの家。


昨日よりは前に進んでいる──そんな気がした。


まぶたが重くなっていく。

今日一日の出来事が、映像のように頭の中をぐるぐる回る。


(……明日こそ、誰も泣かせずに一日終えたいな……)


最後にそんなことを思いながら、リューは静かに眠りへ落ちていった。



こうして、ウィンド領に来て三日目の一日は、

水と誤解とラッキースケベと、少しだけの希望を残して、静かに幕を閉じたのだった。


「こういうお話、好きだな」と感じていただけたら、

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