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◇◇◇
4日目の朝、佐藤はやっぱり頭を抱えた。
昨日は一日中ロバを走らせ横川の上流の町に到着。堀や田中の話ではヤマメがとても美味しいということだったのに、どうして目の前の皿の上にはでっかいイモムシがいるのだろうか。
辻と中村がただ無言でこちらの皿を見ている。二人の皿は普通に魚と肉だった。
どうせならメインの料理は3人バラバラにしようと選んだ「伝統的な健康食」
見た目からストレスを与えてくるくせにどこが健康食なのだか。
おそらくきっと、想像よりもずっと食べやすいのだろうけど。
紫キノコにヘビ、昨日のダチョウも美味しかった。
なかなかハードルが高いものばかりに遭遇しているが、美味しいのは美味しいので、どうにか自分を奮い立たそっと背中にナイフを入れる。
縦に切るか横に切るか迷ったが、パリッとした皮の感触を感じてそのまま静かにナイフを下ろした。
少しだけ身を引いた辻と中村の動きが同じなのが面白い。この二人の相性は抜群だ。
全く別のことを考えながら一切れを口に運ぶ。
ジューシーだけどホロリと崩れたその身は肉汁を含んだ木綿豆腐のようで、まさに「健康食ですね」といった味だった。
「すげーな」
「本当に食べちゃった」
佐藤を凝視していた中村と辻が同時に感嘆したような声をあげる。
「昨日はダチョウ色々食ってたし」
「勇気あるよね。佐藤くんってもしかして勇者?」
言いたいことは色々とあるが、淡白すぎて物足りないので追加の朝食が必要だ。川下りが控えているのであまり悠長にしていられない。
佐藤は相手にするのを止めてパクパクと食べ進め、一足先に宿を出て町の散策を始めた。
今度こそまともなものを食べるのだ。とても美味しいらしいヤマメを。
そうして香ばしい煙を上げている店頭の屋台を見つけ、佐藤はさっそく注文した。
「大きいのと小さいの、どっちがいい?」と聞かれて迷わず大きい方を選ぶ。
お金を払い、串に刺さった大きな魚を受け取る――瞬間、佐藤は手渡されたものを凝視して、改めて店の看板を確認した。「ヤマメ・川蛇」
川蛇って何ですか。
やり直したいがもう受け取ってしまっているので無理だろう。「あー」と息を吐いて諦める。
串にグネグネと何度も折られて刺さっているそれは立派な頭もしっかりついていた。
どうしようかと少し迷い、座れそうな場所を探す。
それからどう食べ進めようかと考えていたら、中村と辻が二人揃ってやってきた。
「え? 何それウナギ……じゃ、ないね。うん」
「あーあ」
「『あーあ』は止めろ、中村お前!」
佐藤は軽く抗議したが心情はまさにそれだ。けれど買ってしまったのだから仕方ない。
佐藤は観念して頭の部分を手で引き千切ってどけ、さっそく身にかぶりついた。
「本当に食べるんだ」
「勇者すげー」
草蛇よりも身が柔らかく、海蛇よりも旨味が少ない。でもさっぱりしていて、店員が手渡す直前に絞りかけたミカンの汁が程よく酸っぱく香りも良くてかなり美味しかった。これは天ぷらが最高にイケると思う。
佐藤がそんな感想を言うと中村も気になったのか、屋台に並んでヤマメの串を2つ買ってきた。
「なんでそっちなんだ。普通は同じの買うだろ。おい」
佐藤が抗議をするが中村は無視して一本を辻に渡し、一緒にかぶりつく。
「あーこれ、美味しい」
「うまいな」
顔を見合わせて笑い合った二人に「イチャイチャするな、こら」と横やりを入れて、佐藤は中村の足をゲシゲシと蹴った。
◇◇◇
昨夜、「関ママ」という書き込みを見つけてすぐに冷やかしを書き込んだのに、掲示板は全くの無反応だった。
星の過激な書き込みは見落としたフリをして、けれど「調子乗りすぎ」とターゲットを貶める。
それでも掲示板はまるで原がそこに何も書き込んでいないかのように進み、他のクラスメート達はとても楽しそうにしていた。
「何でみんな一緒にいるの。ズルい」
原は誰もいない部屋で布団を被り、一人で呟いた。
原が転移して来たのは近くの森。そこから見えた大きな港町に一人で歩いてたどり着いた。
最初から見えていたのに町は大きな湾を回って行かなければならず、話し相手も誰もいない状態でかなりの距離を歩かなければならず辛かった。
そのことを掲示板に書き込んだ。
けれど「町が見えてるなら勝ち組」と冷たく言われてしまい、それ以上の反応は何もなかった。
田中が野犬に追われたり小林が兎に齧られたりした報告には心配の声が上がるのに、原が疲れて歩けないと書き込んでも「休憩しろ」の一言で終わり。怖いから誰か一緒に居てほしいという願いには「探せ」だけだった。
手助けを求めているのに誰も助けてくれない。
それなのに加藤が救助を求めたら関が山の中にまで助けに行った。それどころかケガも治ってるという話なのに背負って山を下るサービス付き。
関は他のクラスメートに比べてわりと近くにいる。山を超えたらすぐだ。
それなのに原のところへは来なかった。
罵るには十分な理由になる。
けれど原は結局それが自分の首を締めてしまったことを理解していた。
関は加藤と去り、近くの島から陸へ来た高橋と渡辺も迎えに来てくれることはなく去っていく。
関を煽っていたときに苦言を呈してきた一人が高橋だったから、避けられたのだろうことはわかる。
けれど近くには移動せず留まっている山本と星がいるので、どちらかが迎えに来てくれると思っていた。
何をしているんだろうか。原は何度目かになる呪のような言葉を自分に吐いた。
ついでにミュートされて、もう誰も見ていないようなので「誰か迎えに来てくれない?」と書き込んでみる。
自分自身のアホさ加減に呆れて自嘲で笑っていると、自分の書き込みに対してまさかの返信がついた。
『その辺の港から首都行きの船が出てるはず』
ずっとクラスメートをサポートしている吉田だった。
ミュートせず読んでくれた人が居たことに少し嬉しくなり、やっぱり迎えに来てくれはしないんだなと悲しくなった。
◇◇◇
林は堀のサポートを受けながらロバに乗った。
視点がグッと高くなり、ちょっと怖いが首を動かすロバが健気で可愛らしい。
首の横を優しく撫でながら他のクラスメートが準備を終えるのを待つ。これから一緒に近くの漁師町へ海の幸を食べに行くのだ。
首都でも新鮮な海鮮は食べられるので実際にはロバに乗る口実が欲しかっただけだが、同じ海鮮でも漁師町ではもっとワイルドな浜焼きや塩茹でが食べられるらしい。森が「茹でただけなのにすっごく美味しかった」と言っていた。
「出発するよー」
一声かけ、ゆっくりとロバの手綱を動かす。
初めてだけどやり方をロバ屋さんにちゃんと聞いて、ぎこちない部分はあるもののみんな問題なく首都から出ることができた。
けれど長距離をロバで移動して来た人たちは、こなれ具合が全然違っていて、初心者をフォローできるだけの余裕があった。
「すごい。カッコいいねー」
「そうだろ?」
林の言葉に加藤が自慢そう笑い、すれ違う人のために道を避けていく。
喋りながら初心者の谷を上手く誘導している姿はお世辞抜きにカッコよかった。
「まあでも、帰り道では林さんも同じくらいできるようになってると思うけどね」
「凄いのはロバだからな」
「そうそれ」
渡辺の言葉にロバ経験者達が同時に頷いた。
簡単に言うが、林はまだまだおっかなびっくりの状態だ。これとほぼ同じ初心者の状態で、誰からもフォローを受けられないのにいきなり長距離移動を決めて実行した人たちは勇気がすごすぎる。
「けっこう言葉通じるから本当にロバさんに任せちゃっていいよ。委員長、リラックス」
堀の言葉に「そうだぞー」「力抜け」と横から声が上がった。それでも鈴木は力を抜くことに苦労しているようで「あー」「うー」と呻いている。
林はすぐに鈴木の横にロバを並べ「ひっひっふーだよ」と声をかけた。
「それは絶対に違うよね?」
これまで背中を丸めて呻いた鈴木が顔をあげ、すぐにこちらを見据えてくる。
林はニヤニヤと笑って「前見なくていーの?」と教えてあげた。途端に鈴木はまた慌てて前を見たまま固まってしまう。
「できてるのにできてないって思い込むの面白いねー」
「林もしれっと鈴木の横に並びにいったけどな」
「そうだっけ?」
「イチャイチャするなこらー」
高橋の野次に肩を竦めて林は鈴木の少し前に移動した。
ロバは思い通りに動いてくれて、とても可愛かった。
◇◇◇
漁師町へ出かけていった人たちを見送ったあと、西は小林と吉田に案内されて首都の港の桟橋に来ていた。
離島からの定期船が到着する場所だが、週に一度のその日以外は釣り人のために解放されているらしい。
適当な棒に糸と針をつけただけの簡単な竿を海に垂らして、西は足元の魚影を目で追った。
「けっこう大きいよねー」
「海に突き出たとこだからな」
「これまで何か釣れたことある?」
「ない」
「ダメじゃん」
「いいんだよ。雰囲気を味わえば」
吉田の言葉に小林が頷く。二人はただ釣り糸を垂らしているだけで、ぼへーっとした顔をしていた。
「眠そうだね」
「昨日も夜遅くまで遊んだしなー」
「なんか岡さんも朝帰りしたとか言ってたけど、百物語でもしてたの? あ、小林くん魚つついてるよ」
西の言葉に小林がガバッと動き出した。その動きで魚がサッと散っていき、小林が「あー」と少し残念そうにしたが、その隣で吉田が「下手くそ」と声に出して笑った。
西はじっと海面を見た。
魚はいるのだ。そして餌に興味を示している。
西は餌が動いているように見せかけるため、少しだけ竿を上下に動かした。
近くにいた魚がスーッと寄ってきて、コツンと竿に小さな衝撃が走る。
「きたー」
「え、マジで?」
吉田が小林を台にして身を乗り出してくる。
糸がグッと引かれて竿がしなり折れそうになるが、西はタイミングを合わせて一気に引き上げた。
糸を掴み、異世界初の釣りの成果を確認するため持ち上げる。
そうして目の高さまで魚を引き上げた西は、ハッと息をのんで何度か海と魚を交互に見比べてから、目だけで二人の方を見た。
二人は何も言わずに固まったまま、ただ首を小さく横に振っている。
仕方なく西は覚悟を決めて魚を掴み、静かに針から外そうとした。けれど少し手が震えて上手くいかない。
そのことに気づいた吉田が横から魚を掴んでスッと針を抜き、そのままそっと海に戻してくれた。
西はフーッと息をすべて吐き出してから、海の中へ戻っていた魚の姿を目で追いつつ、体勢を戻そうとしていた吉田の腕にすがりついた。
「今の何? 今の何? 今の何!」
「ワカメワカメワカメ」
「大丈夫。お前は何も釣ってない! 気のせい!」
絶対にワカメなわけがないのにワカメと言い張る吉田と、その吉田に踏み台にされたままの小林も打ち消すように言うが、二人の声は西と同じでやはり少し引き攣っていた。
逃がした魚は30センチほどの本当にただの魚だったが、頭の部分には髪を思わせる長い糸状のものがたっぷりと生えていて、恨めしそうに水を滴らせていた。
◇◇◇
上流からの船着き場で辻、中村、佐藤の三人を迎え、伊藤は飲食店の屋台が並ぶエリアに戻ってきた。ここは椅子とテーブルが設置されており、簡単なフードコートのようになっている。
一人でポツンと席に座っている田中のテーブルを指差し、三人が向かったのを確認して、伊藤はすぐに東の姿を探した。
彼女は基本的に一人でなんでもこなしてしまう人なのでそこは問題ない。
しかし伊藤は昨夜、東を夕食に誘って断られたものの、一人でテーブルに座る彼女のことが気になって様子を見ていた。それで彼女のテーブルから聞こえてきた料理名と食べ方の説明が一般的ではなかったので、その部分に不安を覚えたのだ。
彼女は今、料理を買うために屋台を巡っている。
伊藤はその作業を田中に頼んでおいたのだが、どうやら彼女と交代してしまったらしい。
「東さん」
声に振り向いた彼女が手に持っていたものを見て、伊藤は顔を引き攣らせた。
串にうねうねと波うった何かが刺さっている。そして最後にそれが何かをしっかりと示すように厳つくて小さなトゲトゲのついた頭がついていた。
「砂蛇の串焼きだって。辻さんたちもう着いたんでしょう? これ、先に持っていってあげて」
「あ、はい」
笑顔でしっかり指示まで出されてしまって、伊藤は何も言えずに受け取ってしまった。受け取ってしまったが、手に持っているだけで気持ち悪い。
そそくさとテーブルに戻って座る田中に手渡すと、田中も「うえっ?」と少し悲鳴じみた声をあげた。
「なんでこうなるんだよ」
「全部お前のせいだろ」
到着したばかりで休んでいてもらっただけの佐藤が嘆き、中村がため息混じりに言った。
東が原因で彼らには関係ないはずだが、そこまでの嫌悪感が無さそうだったので伊藤は田中に目配せをして砂蛇の串を佐藤に手渡した。
そこに「おまたせ」と、別の料理を手にした東が戻って来る。けれどやはりその手にしたものを見た瞬間に伊藤は頭を抱えたくなった。
「砂トカゲの丸焼きだって。こっちは茹でたイソギンチャクみたいなの」
「勇者だ……勇者がいる」
「辻さん、佐藤くんがダチョウと芋虫食べたって書いてたでしょ? だからイケる口かと思って」
「あっ、はい。そうですね」
楽しそうに言う東から視線を逸らして、辻が佐藤のほうをチラチラと見ている。
すべてが佐藤に押し付けられつつあるのはわかっているが、巻き込まれるのが嫌なので伊藤はしれっと追加の料理を買うためにその場を離れた。
遺憾だが砂トカゲは美味しかった。あと自分で買ったアユも美味しかったし、田中もウマイウマイ言いながら食べていた。
「なんだかなー」と思いつつ、伊藤はロバの背で揺られながらスナック菓子感覚で虫の唐揚げを口に入れる東を見やった。
伊藤の視線を興味と受け取ったのか、彼女が虫が入った紙袋を笑顔で手渡そうとしてくる。開けらたその袋の口からトゲトゲの生えた足と触覚がチラリと見えた。
伊藤は「ロバでいっぱいいっぱい」とロバを理由にして断ったが、正直、虫だけでなく普段とあまりにも印象が違いすぎる彼女にちょっとついていけなかった。
ギスギスしようが何だろうがちょっと南に戻ってきてほしい。そして東が自分の思いのままに行動できず遠慮してしまうように徹底的に世話をやいてやってほしい。「南さん戻ってきてー!」と心のなかで大声を出す。
その強い思いが通じたのか、最後尾でロバ初心者の自分たちをフォローをしてくれていた佐藤が「東、ちょい待ち」と声をかけてくれた。
「このまま行くと夕方には首都に着くだろ。集まった奴らで何か企画してるらしいから食うのは止めとけ」
その声に、先頭を二人で進んでいた中村と辻がロバの速度を落として並んできた。
「昨日ずっとロバ移動だったからロバは大丈夫」と言っていただけあって、二人ともロバに乗ったまま片手で空中をつつき始める。
「その前にこの先の漁村で鈴木君たちと合流になりそうだね。あっちも海鮮楽しんだみたい。いいなー」
「虫、美味しいけど食べてみない?」
「だから食うなって言ってんだよ。飯食えなくなるだろうが」
佐藤に怒られて東が肩をすくめた。
伊藤はホッと胸を撫で下ろしながら首都への残りの旅路を見やる。遠くに見えた首都の町並みがだいぶ近づいてきていた。
途中で漁師町に出ていた人たちが後ろから追いかけてきて合流して来た。
町はもう少し先にあるので驚いたけれど、食事の後に草原の方へロバで遠乗りに行っていたらしい。
今日始めてロバに乗ったという人たちもロバを走らせるくらいにまで上達していた。
伊藤も今日始めてロバに乗ったが、上達どうこうではなく、安全で確実に移動することしか考えていなかった。
「凄いね。羨ましい」と素直に鈴木を褒めたら「いや、君もできてるし、俺なんかより上手いと思うけど」と言われて伊藤は面食らった。
「さっき何か、東さんが加藤に渡そうとしたの邪魔するためにロバを横につけてたよね? 俺はあんなのできないよ」
「ああ、そういえばそうだったかもしれない」
紙袋を手にした東が笑顔で加藤に近づいたのでロバで間に割入ったのだ。
同じタイミングで佐藤も動いたので加藤は何も知らないが、少しだけ東が自分と佐藤にムッとした顔をしていた。
「俺、もしかしてロバちゃんと操れてる?」
「何を今更」
鈴木が笑う。でもこれまで全く自覚がなかった伊藤はちょっと嬉しくなった。
首都のロバ屋には森と小林が揃って迎えに来ていた。
なかなかの人数がいるので、ロバに乗った状態ではなかなか近づくことができなかった人たちと数日ぶりの挨拶を交わす。けれど首都に居た人たち全員が漁師町へ行ったわけではなかったらしい。
ここに居ない人のことを小林に尋ねると「店で先に準備してるぜ」と言われた。
そこは少しだけ薄暗く小さな舞台があるこじんまりとした店だった。他に客はおらず、どうやら貸し切りらしい。
「いらっしゃい。みんな待ってたよー。好きな席に座ってね」
カウンターの席に座っていた南に言われて、クラスメートたちが好きに座り始める。
すぐに次々に料理が運ばれてきて、伊藤はその内容の普通さにホッとした。佐藤が「まともな飯だ」と呟いたのが聞こえてしまって笑いそうになる。
飲み物も配り終えて、促された委員長鈴木が挨拶を始めた。
「えーっと、企画は僕ではないのですが……。みんな無事に揃うことができて良かったです。それぞれ経験したことは違っていると思いますが、全部これからの糧にして最後まで楽しみましょう。乾杯」
「乾杯」
伊藤は木製の小ぶりなコップを掲げて飲み物を口にし、ギョッとした。周りのみんなは平然としているが、ここまで一緒に来た田中や佐藤たちは同じように目を瞬かせたり周囲の顔を伺ったりしている。
「これ、お酒?」
「お酒苦手ならりんごジュースにする? なんかレモンみたいな葉っぱのお茶もあるけど、それも美味しいよ」
「掲示板見落としたか? 俺達、成人だからいろいろOKなんだよ」
「そうそう。今日は大人として楽しめばいいんだよ」
「そういうわけで、私オススメのりんごジュースとお茶のノンアルなカクテルにしてみた。どうぞ」
周囲が朗らかに笑う中、伊藤は南オススメのカクテルを受け取った。りんごジュースがお茶で薄まって甘すぎず、そこにレモンのような爽やかな草の匂いがしてなかなか美味しい。
料理も肉や魚と色々あって、佐藤が「本当にマジでまともな飯だ」と改めてしみじみ言っているのが聞こえた。
食事が進み、程よくお酒が回った頃、いつの間にか店内の舞台で一人立っていた山田がギターのような楽器を一度鳴らした。
山田に全く気づいていなかったクラスメートたちが静まって一斉にそちらを見やり、山田を確認して「歌うの?」「山田が?」と、またザワザワし始める。
けれど岡と西がすぐに拍手をして「炭坑節!」と、よくわからない声をかけた。
「山田くん、初日は町じゃなくて山奥の切った丸太を川に長して運ぶ人たちの作業場にお世話になったらしくてね。酔っ払って歌わされたのが好評で、川下りの舟でも船頭さんに無茶振りされて歌ったんだよ。それが上手くてびっくりしたんだー」
「鈴木くんも山田くんが歌ってるって気づかなくて勿体ないことしたって言ってたから、お願いしたの」
「横で関さんが踊ります」
「しません」
山田はこの世界の歌らしいものをなかなかの声で歌い上げ、クラスメートよりもお店の人たちが惜しみない拍手をした。
そして二曲目が謎の炭坑節。なぜ炭坑節なのか意味がわからないけれど、知っている曲なので安心感がある。
それを聞いて、伊藤はなんだか内から湧き上がるものを抑えきれなくなり、炭坑節が終わったタイミングで舞台に駆け上がった。
ずっと練習していた笛を取り出す。こちらの世界の曲も音階も知らないが、自分たちの世界のドレミファソラシドを吹ける。
だから炭坑節でも吹こうと思えば吹けるのだ。
特に何も言わなかった山田が楽器を鳴らし、その曲が何かわかった伊藤はすぐに山田に向かって大きく頷いて息を吸い込んだ。
山田の低い声と伊藤の高い笛の音の合わさった校歌は、どこか新鮮な響きだった。




