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横川の河口の町からのロバの旅は他の人達が言うようになかなか早く快適だった。
なによりロバが可愛らしい。
最初は本当にロバだけ貸し出されてしまって戸惑ったものの、社交力の高い南がすぐにロバ屋さんに乗り方をレクチャーしてもらい、堀もそれを真似してロバに跨った。
河口の町から首都への街道は海沿いで、潮風が心地良い。マップ上では海の先に森が転移した離れ島があるはずなのだが、目を凝らしても全然見えない。
「森さん、遠いところに居たんだね。周り誰もいないの怖くなかったのかな」
「一人で凄いよねー。でも堀さんもここまで一人で来ちゃったんだから凄いんだよ?」
「舟は他にもお客さん居たから大丈夫だけど、このロバは私一人じゃ絶対無理だったから南さんのおかげ」
「とかなんとか言っちゃって、そうなったらそうなったで絶対に自力でどうにかするくせにー」
お互いに褒め合いながら街道を進んでいく。この街道は利用者が多く、何度も人とすれ違うのでロバの扱いにも慣れたし順調だ。
堀が南と東の二人を見つけたとき、二人は軽く揉めている最中だった。
朝のミュート方法公開を巡ってかと思ったがそうではなく、「一人で横川河口の町を観光したい」と言った東に南が「じゃあ一緒に行こうかな」と言ったからだそうだ。
元々二人は「堀がそろそろこの町に到着する」という前提で話していたらしく、そのことを知らない堀がやんわりと二人の間に入ると、東は「私は体験やりたくて時間かかるから、この先はどうぞ南さんと堀さんのお二人で」と強引に素早く一人抜けて立ち去ってしまったのだ。
堀はそれで東が一人になりたかったのだろうと思い、東を追わずに南に一緒に首都へ行こうと誘ってみた。南は一度クシャリと顔を歪ませたものの、少し間を置いてから大きくため息をついて頷いた。
「足手まとい押し付けられちゃってごめんね。迷惑じゃなかったら一緒に行かせて」
「違うよ、そうじゃないよ! 私ここに着くまで一人だったから誰かと一緒に居たいの。こっちこそごめん!」
南の捨てられた子犬のような発言を堀は慌てて否定して、それから「とりあえずご飯屋さん教えて。お腹ペコペコ」と話題をすり替え南の手を引いた。
南にオススメされた店での食事や買い物はどこも堀の好みにピッタリで、ついつい長居をしてしまい出発がかなり遅れてしまった。
そのせいで首都への到着は夜になる。
日没後の移動が無理そうなら手前の町で泊まり、明日に移行するというのは最初から決めているが、夜に小さな町に着いたとして宿が空いているかどうか気にしなければならないので、できたら首都へ到着してしまいたい。
影がだいぶ伸びて空の色が徐々に変わってきているので、ちょっとずつそちらも考えていかなければならない。
『東さんと宿が一緒だったから食事誘ったけど玉砕したじゃん。なんでお前ら女子と一緒に飯食えてるの? 俺は田中とディナーになったんだが?』
『どちらか女装すればOK』
掲示板に何気ない感じで伊藤の報告が書き込まれている。「自分は観光で残るから」と東への伝言を引き受けてくれた人だ。
上流から舟に乗った田中も合流できたらしい。堀は静かにホッと息を吐いた。
その様子をこっそり見ていた南が顔を歪めたことには気づかなかった。
◇◇◇
日が沈む頃、遠くに首都の町並みを捉えた。
南は堀と顔を見合わせ、同時に頷いて少しだけロバに速度を上げてもらう。日が暮れても街道は急ぎ足の人がそこそこ居て、予想に反して不安とは無縁だった。
「南さん、堀さんこっちー」
首都へ到着したことを掲示板に書き込んだら、クラスメートの関と森がロバ屋にまで迎えに来てくれた。
二人は昨日首都に到着していて、夜でも迷わないくらいに道は覚えてるらしい。宿もとってくれているそうで、とにかくその心遣いが嬉しかった。
「吉田くんの受け売りなんだけどね」
森が笑いながら言う。クラスで一番身長が低く、小学生に間違われることがあるほど幼く見える彼だが、中身はかなり大人でなんでもそつなくこなしていく。首都へ最初にたどり着いた彼は、辻のダチョウの件以外にも様々な情報提供や首都到着者への案内などをしていてかなりの存在感があった。
「今日は縦川の方から一気に人が増えたからみんなで一緒にご飯食べてるんだけど、このまま行っちゃっても大丈夫?」
関に言われて南と堀は同時に大きく頷いた。
東の影響でタイミングを逃した後は少し言いづらかったこともあり、昼食を抜いてしまっているのでとても腹が空いている。「ご飯」と聞いて南のお腹がグーッとなった。
「良かったー。今日もラーメンラーメンって騒いでたけど、疲労で食べたいものが違うだろうから色々選べるところにしてもらったんだよね」
「絶対正解だよ。あ、堀さんも南さんも好きなものしっかり注文してね。どうせみんな食べちゃうから」
そうして連れて行かれたのはそこそこ大きな酒場のような場所で、いくつもあるテーブルからそれぞれに賑やかな声が上がっていた。店員が酔っ払いをかわしながら次々に料理を運んでいる。
南は大人の世界に少し背伸びをして紛れ込もうとしているかのような圧迫感をわずかに感じたが、店の一角にけっこうな人数のクラスメートが揃っているのを見つけて一気に溶け込んだ。
「南さんと堀さん到着だよー」
「いらっしゃい。お疲れさま」
クラス委員長の鈴木が木製のジョッキを片手にねぎらってくれる。
途端に南は、異世界に来てずっと感じていた人恋しさのようなものがいっきに溢れるのを感じた。
初日から東と一緒で今朝からは堀と交代したが、気を使ってどこかで緊張をしていたのが一気に解けてくる。
呼ばれるままに席に座って改めて鈴木に目をやると、彼は自分のジョッキとは別に反対側の手で別のジョッキを握っており、それを隣に座る林がどうにか奪おうとして鈴木の指を握りしめていた。
視線に気づいた加藤が「ずっとイチャイチャしてるんだよなー」と肩を竦める。
それから軽く手を降って挨拶してくれた谷の前には、誰よりも多くの料理が並んでいて、ときどき会話に参加するものの、それ以外は黙々とご飯を食べ続けていた。残り少なくなった皿から関が料理を取って片付け、新しく来たものを谷の前に置いていく。
「関さんがお母さんみたいになってる」
「関はお母ちゃんの方が似合うだろ」
「お母さんは岡さんの方」
そんな声に南が岡を探すと、彼女は食べながらウトウトしている西を起こしつつ、酔って泣いている高橋をあやしながら「とりあえず5皿くらい食べたいもの好きに注文して。飲み物もね」とこちらににっこり笑いかけてきた。
クラスメートとの団欒を楽しみお腹も満たし、宿もキレイなお部屋に案内され南は大満足だった。
酔って笑いが止まらなくなった堀の酒をいつの間にか林が勝手に飲み進めていて鈴木が大慌てしたとか、岡に世話をされていた西と高橋が気づいたら頭を寄せて寝ていたとかいろいろと事件はあったがだいたいは楽しかった。
ただ世話役になっていた関や岡が楽しめなかったのではないかと少しだけ気にかかる。
だから別れ際に少しだけそのことを言ってみたら「いいのいいの。私は別の店を吉田くんに教えてもらったからこれから一人で行くの。うふふふ」と岡が余裕の笑みを浮かべた。
空回りして勝手にいっぱいいっぱいになって、周囲に気を使わせてしまっている自分との差に「なんか大人だな」と、南はつい陰鬱な声を出してしまった。
繕うように慌てて「あはは」と笑ってみせたものの、岡と関は静かにこちらを見ていて南はぎこちなく視線を逸らした。
「一緒に行く?」
「い、いいよ、岡さん一人で行くの楽しみにしてたんでしょ」
「じゃあ私と行こう。こっちは別の店だけど連れがいても関係ないから行こう。ね」
岡を断ったら関に迫られ、南は断りきれず頷いた。
結局、どこへ行くのか詳しいことを知らされないまま、南は関に案内されるまま角を曲がり新しい通りに入った。途端に雰囲気がガラリと変わり、店も道行く人々もアダルトな雰囲気を帯びる。
「ここって」
「うわ、本当に来ちゃった」
困惑する南をよそに、お店の赤い壁の反射光でなんだかエロチックに見える岡が少し興奮している。
「関さん。関さんが行くお店ってここの通りにあるの?」
「そうだよ。イケメンが全力で褒め称えてくれる飲み屋さん」
「……ふぁ? お、岡さんが行くお店もここ?」
「ヒゲ生やしたママがゴージャスに着飾ってくれる飲み屋さん」
「ふえええええっ」
「おお、南さんがあざとい声をあげてる」
「うふふふ。上手く行こうが行かなかろうが頑張ったんだから、今度はご褒美でハメ外していきましょうよ。ね!」
逃げ腰になったことを察され、南は両腕を岡と関に掴まれた。




