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◇◇◇
「現在ソロの田中、谷、山本、星、原は掲示板に現状報告よろしく」
メニュー画面にでかでかと表示されているのを見て、田中は思わずウルッときた。
これまでに何度か掲示板にも書き込んでいるが、和気あいあいとしている他のクラスメートたちに比べて何もなく一人取り残され忘れられているように感じていた。
覚えていてくれた。それだけで感極まりいそいそと掲示板を開く。
『現状報告とか園児かよ。キモ』
今日も山本は元気そうだ。
掲示板は無反応で流れていくが、鈴木の出席確認には丸がついていることだろう。
田中はすぐにマップを開いて確認したが、山本は最初の位置から全く動いていなかった。もう三日目になるが動く気が無さそうだ。
「田中です。忘れられてるかと思った」
田中はとりあえず先にそれだけ書き込んだ。現状を報告するのにちょっとだけ文を作る必要がある。
『初手で野犬に追われた奴がなにか言ってる』
『たぬき追いかけて街道外れて迷子になったアホ』
『兎は大丈夫だったの?』
『昨日、鳥に肩刺されたって言ってなかった?』
『濃い。実に濃い!』
何か色々と言われているがポツンと荒野に放り出されたらそんなものだろう。
初日は野営キャンパーに拾われたと報告をしたときも何か色々と言われていたが。
「横川の上流にやっと辿りつけました。昨日、堀さんが舟の発着場所とか書いてくれてるから、参考にして川を下ります。あ、オススメの魚の塩焼き、あれヤマメだったよ。食べたけどなんか味が濃くてすっごく美味しかった」
『舟から落ちればいいのに』
『ガリキモな田中が流されたらカッパみたいじゃん』
『ウケる』
星と原の暴言コンビに誰かの「お前ら不愉快」と書き込みが上がる。
実は恐れている「舟から落ちる」ということを嫌がらせに言われネガティブになりつつあったが、すかさずフォローを入れられて田中は気持ちを切り替えようとした。
「川下り受付してるから乗ります」
『沈め』
『ワニに噛まれたりして』
『二人、いい加減にしなよ』
『田中くん、河口の町で待ってるよー』
『俺と田中どっちが先に河口に着くんだろう』
『舟はあっという間だから田中くんかな?』
『伊藤くん走れー』
田中は掲示板を閉じてこれ以上見ないようにし、しっかりと舟に腰を下ろした。
◇◇◇
川下りを恐れているのは田中だけではなかった。これから激流の川を下る谷もだ。
佐藤が居た山から流れ出る川は、高低差と雨の影響でなかなかの勢いがあり、川下りという名のラフティングだった。
昨日は岡と西が二人で挑み、かなりハードだったと聞いている。
谷はそれに一人で挑まなければならないのだ。
そのことを知っている西が原と星の書き込みを止めようとしていたが、田中が書き込まなくなった後も二人は暴言を吐き続け、川下り勢全員の事故死を願うようなものになっていた。
「二人にちょっと黙ってて欲しいんだけど、どうしたらいい?」
ついつい、そんなことを書き込んでしまう。
連絡方法がこれしか無いので遮断したらトラブルの際に詰む可能性がある。だから最後の手段でみんなは考えていたとしてもあえて口に出さなかったことだろうけれど、さすがに度が過ぎている。
『ミュートできるよ。その他の項目から詳細設定で』
『今の無し、今の無し』
『でも南さん』
『だーめー。東さんはもっと影響考えて!』
おそらく口頭で書き込みを行っているのだろう。東と南が口論のようになっているのがそのまま書き込まれ始めた。
けれど谷はそれに感謝をして、詳細設定から掲示板のミュート機能を開放した。原と星、ついでに山本もNGに指定する。
すると三人の書き込みは全て古い顔文字に変換されパッと見では読めなくなった。
『東さんありがと。めっちゃ使える』
『俺は南派だったけど、読もうと思ったら読めるからこれでいいと思う』
『これまで悪態だけだったからどうせこれからも悪態だろうし』
『移動しないっぽいから大丈夫でしょ』
『それな』
他のクラスメートからの反応も上々。谷は東に感謝して報告をした。
「これから乗船します」
『谷さん、ワニは居ないから舟から落ちても慌てないで流されて』
『絶対に拾ってくれるから頑張って落ち着くんだよ』
『え、岡達の川下りってそんなヤバかったん?』
『3回落ちたかな』
『コースの半分は流されてた』
それはもう最初から舟に乗らず流された方がいいんじゃないだろうか。
経験者のアドバイスに半眼になりつつ大丈夫だと信じて腹をくくった。
◇◇◇
谷に「大丈夫」とアドバイスを書き込んだ西も、内心では気が晴れなかった。
自分たちもこれからまた首都への川下りを行うのだ。「舟が沈んで事故死すればいいのに」なんて言われて気分がいいわけがない。
「東さんがミュート教えてくれたから、もうやったんでしょ?」
岡の言葉に「うーん」と返事をする。
荒れて暴言を吐く人達が悪いのだ。それはわかるけれど切り捨ててるみたいでなんだか罪悪感がある。
「やったけどそれはそれでちょっとね」
「じゃあ舟を下りて当事者じゃなくなったら解除したらいいと思うよ。それだけの話し」
パンパンと手を叩いて岡が話を打ち切る。西が気にしていることを察しているからこその対応だろう。
「でも私きっと舟下りても解除しないままにしちゃうんだよ。みんなもきっとそう」
「影響はあるだろうけど、そう仕向けたのは東さんじゃなくて、本人達だからね?」
わかっているけれど改めて言われて、西は子供っぽく頬をわざと膨らませてみせた。
「割り切れない私はお子ちゃまですよ。優柔不断なイイ子ちゃんぶりっこだもん」
「いえ、それは個々の感情より全体の統制を優先するタイプだとーー」
「岡が意味わからないこと言ってるー」
「ほほほ。成績上位者がアホの子を演じておるわ。愉快愉快」
一瞬の間の後、顔を見合わせてお互いに笑って西は大きく息を吐き出した。
ミュートを割り切れないのは西や南だけでなく他にも誰か居たようだし、鈴木もおそらく難色を示しているだろう。これはもう考え方や立場の違いなので言っても仕方がない。
この件について、西はこれ以上考えないように決めたけれど、もう一つ残っていた気がかりを口にした。
「南さんと東さん、上手くいってるのかな?」
「仲良し気遣いタイプの南さんと行動派ソロプレーヤーの東さん? 上手くいってるから一緒にいるんでしょうけど……。でも東さんもずっと笑顔浮かべてたり一応配慮する人だから、お互いにちょっと疲れてるかも」
「南さんは東さんに気を回そうとするけど、東さんがそれに先んじて回避する謎の攻防戦勃発? 回避された南さんにダメージ入っちゃわない?」
「……そうね。あの二人は一緒にいない方がいいのかもしれないわね?」
「なかなか意地悪な組み合わせだね。本当に」
どちらも優しくいい人なのでどちらにも同情してしまう。
「ままならないものですねー」等と言い合いながら、二人は舟着き場の列に並んだ。
縦川の支流と支流がぶつかり合流するこのエリアは川の両サイドに並ぶように町が作られていて、広く長く建物が続いている。
マップで近くに鈴木と林、山田が居ることを知っていてもキャラの表示位置がほぼ同じで重なりあっており、どちらの岸にいるのかすらわからないので、岡と西は最初から探さずにいた。
ただ昨夜の時点で「明日の舟に乗る」とだけは掲示板で伝えてある。
産業船が全て出発し、次は客船。
舟は二人が上流から下ってきたときに乗ったものよりも二回りほど大きく30人くらい乗りそうだ。これなら落水の心配も無いだろうと、岡と西はいそいそと乗り込んだ。
舟はゆるやかに出発し少し下ったところで別の舟着き場からまた客を乗せる。その後は対岸に客を拾いに行き、そこで鈴木と林が舟に乗り込んできた。
他の客も居るので移動できないが、気付いた林に小さく手を降っておく。
それから舟は水上を滑らかに滑り出し、次第に速度を上げて川を下り始めた。
山田は見かけなかったので同じ舟には乗らなかったようだ。
西は山田にメッセージを残すためにメニューを開き、確認でマップを見たら、町には誰もキャラが残っておらず、自分と同じ場所に別のキャラが4体いた。
「山田くん居た? 一緒に移動してるみたいなんだけど」
「居なかったと思うよ」
「だよね。でも多分、同じ舟に乗ってるってことじゃないのかな。これ」
隣の岡に伝えると、彼女も自分のマップで確認したらしく、首をかしげた。
ただ他の客が多く乗っているのであまりキョロキョロして探すわけにはいかないだろう。
降りるときに探すことにして、二人は昨日の川下りでは全く楽しめなかった景色を楽しむことにした。
船首と船尾に居る先頭が動き回って大きなカーブを抜け、森を抜け、景色が草原になると川幅が広がって、流れもだいぶ穏やかになった。
舟が安定して船尾の船頭は仕事を終えたのか、端の座席にどっかりと腰を下ろす。そして代わりに隣に居た人が立ち上がり、舟の揺れに合わせて歌声を披露し始めた。
なかなかの美声で低音が心地よく響く。一曲終えた後に客から「もう一曲」と声が上がり、歌い手が再び歌を披露する。
二曲目はどこかで聞いたことがある曲で、西は答え合わせをするべく岡に視線のやったが、岡は少し口を開いたままただただ静かに歌い手に注目していた。
山田だった。
そして歌っているのはまさかの炭坑節。
ちょっと理解できなかった西も、岡と同じく口を開いたまま硬直した。
◇◇◇
「辻ちゃん、辛かったらすぐ言ってよ」
「大丈夫大丈夫。昨日は驚きすぎて気絶して寝てただけだから本当に元気。それより私を運んでくれた中村くんのほうが大変だったと思うから、そっちを気にかけてあげて」
「中村は大丈夫だろ?」
「おう」
イチャイチャカップルの間に割り込んだ佐藤は口数の少ない中村に変わり出発を告げた。
掲示板で相談し、獣遭遇率の高い草原地帯を回避してロバで街道を北上することを決め、その後は今日、田中が乗船している横川の川下りをする予定だ。
そういった話し合いをしている最中でも中村は聞いているのか聞いていないのかよくわからない曖昧な相槌を打つだけで、辻はなぜか果物を剥いた皿を中村に差し出していた。
自分の場違い感はわかっているつもりだが、当人たちが否定するのでそういうことにして、佐藤は堂々とここに居る。
これはもう仕方が無いことで神が自分に与えた試練なのだろうと勝手に解釈した。
辻と中村だけでなく、林と鈴木もどうやら雰囲気が怪しく、今朝は森と小林も掲示板上で痴話喧嘩のような微笑ましい口論を展開していた。
「俺も彼女欲しーなー」
ロバでの移動にも慣れてきて、佐藤はそんなことを呟いた。
今のところロバでのトラブルは掲示板に上がっていないので、少しだけ速度も上げている。けれどロバはタフにスタスタと安定して歩いていた。
佐藤がロバの首を優しく撫でると、ロバが応えるようにやんわりと首を動かした。そんな佐藤の横に辻がロバを並べた。
「佐藤くん、谷さんのこと気にしてたから好きなのかと思ってたんだけど」
「けっこう雨降ってたし孤立仲間だったからだよ。辻さんのことも気にしてたからこっちに降りたんだし」
「そっかー、ありがと。でも谷さんとお似合いだと思うけどな」
「谷さんは胸が小さいから」
「お前は玉が小さいんだからちょうどいいだろ」
「おいこら中村! どういう意味だそれ」
ロバの速度を上げ逃げる体制になった中村を佐藤が追いかけていく。
「青春してるねー」
辻が後ろからそんなことを笑いながら言った。
◇◇◇
谷は急流激流下りを全力で楽しんだ。
舟にしがみついているのに何度も落水し、派手に流され水のたまり場で救助される。同乗していた別の客は途中からグッタリして無口だったが、谷の口からは「どわっ」「わわわ」「待って待って待って」と楽しげな声が途切れることはなかった。
「嬢ちゃん、事故を楽しむなよ」
船頭さんに笑われた。
でも楽しかったのだから仕方がない。
激流下りを終え、支流と支流が合流する町に到着したときにはさすがに疲れが出ていたが、谷は大満足で舟を降りた。
舟が早いというのは本当で、一時間にも満たない時間だったのにマップでは昨日の倍以上の距離を移動していた。
一日早くこちらへ着いた岡たちはもう舟で町を去ったらしい。
彼女たちが残した情報を参考に町を散策するつもりだった谷だが、彼女たちはグロッキーで町を見ておらず夕食も店で買ったフルーツ程度で、しかもそれが渋かったと感想を残していた。参考にならないのでここは自分で開拓するしか無い。
谷はとりあえずトイレに消えた。
びしょ濡れだった服は怪我と同じように元通りの乾いた状態になり、体も泥臭さなどは全く無くなったが、手拭きタオルを濡らして手や顔を拭き上げる。それだけで気分がサッパリした。
トイレから出た谷はさっそく町歩きを始めた。
町は両岸に渡っておりなかなかの景色だが、どう見ても工場系。町を歩いているのは観光客ではなく職人だろう。
宿も食堂もあるけれど、いい匂いがする店からちょうど出てきたおじさんがシーハーシーハしているの見て、谷は踵を返した。利用者はきっとおじさんばかりだ。
よし、辞めよう。
首都行きの川下り船をすぐに調べ、二便目がもう少し後に出ることを知った。
すかさず「乗ります」とアピールし、「10分前になったらあそこに並んでくれ」と教えてもらった。
時間までは散策の続きだ。
食堂には入らずテイクアウトの店で買い、近くのベンチにどっかり座ってかじりついた。ハンバーグではなくステーキのバーガー。レタスの代わりに入っているのは大根だろうか。塩の味しかしないが焦げ目のついた野菜が甘く美味しかった。
森を抜けるまで少し揺れるからしっかり捕まるように言われたけれど、急流激流下りを楽しんだ谷にはとてもゆるやかな流れに感じられ、左右の森を楽しむ余裕があった。なかなか生き物が豊富に居るらしく、リスが木を登っていったり、頭上の高い枝に猿が座っていたりするのが見える。
昨日はそんな山の中を一人で何時間も歩いたことを考えると、今更ながらちょっと怖いことをしたなと思うが、余裕がなかったのか生き物には全く気づかなかったので同時に勿体なくも思った。
川は唐突に終わった森から草原へと続き、川幅が広くなって流れも穏やかになった。川の両岸近くでは小さな小舟が漁をしたり、転覆しそうなほど荷物が積まれていたり、行き交う舟が増えてくる。
それらの間をスルリとすり抜け、舟は中流の船着き場に寄った。舟から半数の人が下り、新たに数人が乗り込んでくる。
「あ、谷さん」
名前を呼ばれ谷が顔を上げると、クラスメートの渡辺が後ろの高橋の腕を叩いて連れてきた。
「座ってもいいよね? 谷さん、今朝まだ上流にいなかった?」
「そうだよー。午前中に急流下って、それからこれに乗ったの」
「西さんは舟降りて立てなかったとか言ってた気がするけど、タフだね」
舟が滑らかに出発し、速度を上げて首都に近づいていく。
少しだけクラスメートから切り離され飢えていた谷は、これまで禄に会話をしたこともなかった渡辺とにぎやかに話し続けた。
「ところで高橋くんは大丈夫? なんか具合悪そうだけど」
「あー……これは大丈夫。ちょっと家畜の糞に屈して夢破れて泣いてるだけ」
渡辺が笑って言い、隣に俯いて座っていた高橋が渡辺にパンチした。
遠くに薄っすらと大きな町が見えてきた。




