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◇◇◇
「辻ちゃんと中村を探す方法募集。同じ町に居ると思うんだけど」
滑車で山を下り、マップの二人の位置を頼りに町へ着いた佐藤は何度目かになる大きなため息をついた。
ダチョウに追われ連絡が途絶えた辻に中村が合流したのはマップからわかっている。でも中村が何も掲示板に書き込まず、どうなっているのかわからないし、どこに居るのかもわからない。
町へ着いてすぐに掲示板で呼びかけたが反応なし。それで町にあった宿数件を巡り尋ねたが、宿泊者の情報はどこも教えてくれなかった。
『辻ちゃん大丈夫なのかガチで気になってるけど、よりによって中村』
『ああああ男だしな』
『佐藤頑張れ超がんばれ』
『夕食の時に全部の宿を覗いてみるのが確実だと思うよ』
『病院は無いの?』
掲示板に書き込まれた質問に佐藤は丁寧に返事をする。
「診療所があったから行ってみたけど、そこは来てないってはっきり教えてくれた。ダチョウに襲われたと思うって言ったんだけど、高速で激突されてないなら大丈夫らしい。動きが遅いものには興味無くすらしくて様子見程度ですぐ帰るって」
『吉田くんの情報が当たってたんだね』
『本当にそうだといいんだけど』
『最悪でも中村が一緒にいるから』
『まあそうだけど』
辻の話はそこで行き詰まり、掲示板の話題が移り変わっていく。
すでに町の中を探し回った後なのでもう他にできることが思いつかない。
夕食時に宿を巡って探してみることだけを決め、佐藤はずっと空腹を訴えていた腹を満たすべく近くの飯屋に入ってみた。
今朝までは山頂の町でキノコづくしだった。よくわからないまま食べた肉は「鶴」と言われた気がするけどきっと聞き間違いなのでノーカウント。キノコしか食べてない。
ここは草原を抜けた先にある小さな海辺の町なので、草原の何かか魚介があるはずだ。
「蛇って何なんだよ」
佐藤はテーブルに両肘をついて頭を抱えた。
食事の話題はあまり掲示板には出てないが、それでも兎や猪、酸っぱいパンや野菜スープくらいは聞いている。
だから多少珍しい程度のものだと思っていたのにまさかの蛇。
気さくなおばちゃん店員を困らせないよう何も考えないようにしてオススメ料理をそのまま注文したのが草蛇と海蛇のミックス定食。泣きたい。
ちなみに昨夜のメイン料理は紫色のキノコステーキだった。
美味しく完食したが気分は毒キノコだったし、おばちゃんが今持ってきてくれたうなぎの白焼きのような料理もゲテモノにしか見えない。
異世界料理には縁が無さそうだ。
佐藤は白焼きを頬張りピリリとした味付けの弾力ある肉を噛み締め味わいながら複雑な表情を浮かべた。
憂鬱な気分に反して、わりと好きな味だった。
遅い昼食を終えた佐藤は二人を探すのを一旦やめ、自分の興味のままに散策して海辺に来ていた。
辻と中村は移動しておらず同じ町に居たままだったので、自分の宿をとり夕食時までの暇つぶしで散歩だ。
この町は小さな砂浜を抱えていて景色が綺麗だった。
異世界の海もしっかり潮の匂いがしてベタベタして、けれど色が少し違って紫がかって見えた。もう少ししたらこの砂浜から海へ日が沈んでいく姿を楽しめるらしい。
制服のズボンのすそをたくし上げ、水際で砂と水の感触をしばらく楽しむ。
空が赤く染まり始めたので砂浜へ引き上げ、ただぼんやりと時間が過ぎていくのを待つ。スマホも触らず音楽も聞かず何もしない時間を過ごすのは久しぶりな気がした。
そうして日が海に着水した頃、水際に二人の男女が現れた。
先ほど佐藤が一人でやっていた水遊びのように、海の際まで行って寄せる波から逃げて笑い合っている。
夕日の逆光で完全にシルエットにしか見えないが、随分と絵になる光景だった。
「サンセットビーチでイチャイチャする辻ちゃんと中村を発見。処刑法急募」
佐藤は容赦なく掲示板に書き込んだ。
◇◇◇
「森。こっちだ、こっち」
船を降りて桟橋から陸に上った直後、森はクラスメートの吉田と小林に呼び止められて驚き立ち止まった。
後ろの客に迷惑がかからないよう小林がすぐに手を引き、小柄な吉田が労うように言ってくれる。
「来るのわかってたから迎えに来たよ。勝手だけど宿も俺達と一緒のとことっといたから」
陸への定期船乗船時に「船で首都に行く」と掲示板に書き込みはしたものの、それだけだ。
これから宿を探さなければならないと思っていた森は全く予想していなかったことに聞き返す。
「え、本当に?」
「荷物は無いよな? 同じ宿に関も居るから、一息ついたらみんなで夜遊びに行くぞ」
森はスタスタと歩き出した吉田と小林の背を追い、少し速歩きをした。
もう日が暮れているのに人通りが多く、あちこちの店からは光がもれ、島とは全く違った喧騒で賑わっていた。そして宿が並んでいる通りまでは少し距離があり、覚悟していたのに自分で探さずに済んだことにホッとする。
案内された宿には関だけでなく加藤もおり、ゆるく手を振られて森は破顔した。
特段の苦労はしてないが、クラスメートの顔を見てこれが修学旅行だったと思い出し、本来の楽しさが湧いてくる。
「森さん、部屋で汗流してきたらいいよ。済んだら私の部屋に来て。それまでに掲示板に合流したって書いておくから」
「森、腹減ってるよな?」
「ラーメン行こう。異世界ラーメン」
「それはシメだろ」
言われて森はみんなの輪から抜け、さっそく部屋で汗を流すことにした。
昨日は海岸の温泉だったが今日はどんなお風呂だろうか。
部屋にある2つの扉の一つを開けてみる。そしてすぐに締めた。染み付いた強烈なアンモニア臭がした。
トイレはメニュー項目にあるので必要ない。今あった出来事は記憶から抹消。
扉を開けるまで匂いも何もわからず、閉めたらまた何もなかったかのように消えたので、扉に何かしら消臭作用があるのだろう。
森は今度はおそるおそる扉を開けてみた。そこは少し斜めになった石の床に、お湯が入った大きな桶が置かれている。
「嘘でしょ」
思わず声に出てしまい、森は慌てて部屋の入口の方を見た。戸はちゃんと閉まっているし、外にまで聞こえるような声量ではなかったと思う。
けれど誰もこの風呂について何も言わなかったということは、この世界ではこの風呂がデフォで、昨日みんなが泊まった宿もこの風呂だったということなのだろう。
海風に当たりながら足を伸ばしゆったりと温泉に浸かったことは誰にも言わないほうがいいのかもしれない。森はそんなことを思いながら湯を被り体を清めた。
この世界は15歳で成人なので自分たちは成人らしい。
ラーメンではなくみんなで大衆酒場のようなところへ行き、様々な料理と少しずつお酒も堪能した。
森もホワホワと体が暖かくなりフワフワしてて気持ちが良かった。
食事も終わり、まだこの町に詳しくないので先導する吉田と小林の後ろについて行く。
森よりも少し前に町へ着いたらしい加藤と関も道を知らずただ一緒に着いていくだけだったので、ここまでの経路について話をしていた。
「高橋がロバ移動オススメって書いてたんで俺達もロバに乗って来たんだよ。早かったよな」
「今日中にこの町に着けるって思ってなかったしね。ロバ屋チェーン店みたいで、どこに返してもいいってのがありがたい」
「アトラクションじゃなくて本当にロバで移動しちゃうなんてカッコいいねー」
「佐藤くんは滑車で山を下ったって言ってたし、岡さんと西さんはラフティングって、みんなけっこう凄いことしてるよね」
関がケラケラと笑って言うと、その声に反応して前を歩いていた小林がニヤニヤした。
「俺達も今から一足早く大人の階段登って楽しむんだよ。そろそろだから店選ぼうぜー」
「店?」
宿に戻っていると思っていた森は首を傾げた。もうお腹いっぱいだが二件目に行く気だろうか。
次はどこへ行くのかと尋ねながら角を曲がり新しい通りに入ると、途端に左右の店から聞こえる声がガラリと変わった。灯りに照らされる店の色も赤が多く使われ、道行く人の会話もアダルトなものになっている。
「うわマジだー。マジでいいのかよっ、つーかマジかー」
最初に口を開いたのは加藤だった。小林と同じようにニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた吉田がグッと親指をたてる。
「俺達、15歳で成人なんだから楽しむんだよ」
「そうそう。俺みたいな団子系男子はここで頑張らないと魔法使いになるし」
「そういうのは男子だけで楽しんだらいいんじゃないかな。女子を連れてこないで欲しかったんだけど」
「違うぞ森。この世界にはな、お姉ちゃんと同じ数のお兄ちゃんが居るらしい。お前がお兄ちゃんと遊んだら口止めウィンウィンだろ」
「下調べはしっかりしておいたから大丈夫。森さんも立派なお客だから安心して。ほら見てイケメン」
吉田が指した場所に居た男が気づき、笑顔を浮かべて手を振った。森は慌てて関の後ろに隠れた。
「無理無理無理無理無理。関さんも無理だから。ね!」
「あ、いや関は最初から知ってて了承してるぞ」
「え?!」
「本当だぞ。女子一人は嫌だから、俺達が別の女子を誰か連れて来れるならお好きにどうぞって、ちょっとした賭けだな」
「俺、森さんの船の到着時間調べてその瞬間に勝利確定したけど、確実に道連れにするためにふっかけてギリギリまで言わなかったんだよね」
「嘘だ。ちょっと関さん!」
「ごめんマジごめん」
「吉田エグいわー」
包囲網が迫る。森はもう逃げられないことを感じつつ、それでもなお抵抗した。
「いやでも、男子と違って女子はメリットが無いっていうか逆にデンジャラスだし」
「関さん道連れ確定して調べたけど、男女ともに管理が徹底されてる公認店なら危険はない感じ」
「それに俺達、たぶん何かあってもリセットされるぞ」
リセットという思いがけない言葉に森の頭は混乱してくるが、逆に加藤はそれで納得したように頷いた。
「ああ俺、爪が剥がれてどっかいったし腕もプラプラしたし、頭三角の蛇に噛まれて腕燃えたみたいになったけど治ったの、あれ治ったっていうよりリセットされたって言われたほうが理解できるわー」
「小林も肉が戻ったって言ってたから、俺わざと自分の髪を切ってみたんだけどちゃんと元の長さに戻ったんだよね」
「でもじゃあ酔っ払ってるのは何でなの。酔わないはずでしょ!」
「それもう治ってるけど雰囲気に酔ってるだけだよ。森さん、酒割らないで原液で飲んでたの自覚して?」
「吉田くん、なんかもうマジで念入りに調べて仕込んでて引くわー」
「待って関さん。なんでもう諦めてるの。このままじゃ本当に」
そんな感じで道の真ん中でゴチャゴチャやっていると、さっきの笑顔のお兄さんが爽やかなお兄さんたちを引き連れジリジリと寄ってきた。
「お姉さんたち、公認店で安心して遊ばない?」
「そいつらお願いしますね」
「ちょっと、小林くん!」
「終わったらそこの喫茶店、じゃ、後でなー」
周囲をいい匂いがするイケメンに囲まれて真っ赤になった森は、それでも諦めきっている関の脇腹を指でドスドス攻撃せずにはいられなかった。




