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◇◇◇
西が森の中を走り回り逃げ回り、ときには道を外れる危険を顧みず息を殺して隠れ、慎重に慎重を重ねてようやく小さな村に辿り着いたときにはもう辺りが薄暗くなりつつあった。村には周囲をグルリと取り囲む木の塀があり、入口には門がある。
村へ立ち入った西は、人の気配にホッとしたのとここまでの疲労でフラフラと地面に座り込んだ。
近くにいた門番が足を止め近づいてくる。とりあえず何かを言わなければいけない。
そうわかっているのに一度緊張が解けた体には強烈な眠気が襲ってきて、西は「うー、あー」と意味のない言葉を発して倒れ込んだ。
◇◇◇
「ってわけで西さんは今寝ちゃってるけど、ちゃんと宿に泊まってて大丈夫です。私も」
『岡ちゃんお疲れー』
『異世界で鬼ごっこするな』
『岡もしっかり休めよ』
掲示板へ次々に書き込まれる労いの言葉に目を細くしながら、岡は宿の人にもらった温かいお茶を飲んだ。
西と同様に体はとても疲れているが、まだ彼女を守らなければならないという思いがあり、頭はしっかりとしている。
ただ腹は立つ。
深い森の小道に転移をしてしまった岡は、すぐにメニューでマップを確認して近くにいる誰かと合流しようとした。
小道から外れないようにしつつ誰かの方へ近づけるように進んでいく。
森の中なので蛇はいるだろうし、獣もいるかもしれない。熊がいる可能性もある。
なのでわざと自分の存在をアピールするためガサガサと大きな音を立てるようにした。
適当な棒を拾い、移動を始めて動きだした誰かとの距離が開かないように周囲の木や葉をバシバシ叩きながら小走りで追いかける。
一度動く人影を目視できたのに小道や獣道はグネグネとうねっていて追いつけなかった。
「ねえ! ちょっと! 岡です! 岡です!」
大声を出してみたけれど鳥の鳴き声や風で木々がぶつかる音に遮られ届かなかったらしく、止まるどころか速度を上げて遠ざかっていく。
一生懸命追いかけ見失って、マップを確認したらいつの間にか追い抜いてしまっていたりして、やっと誰かの正体がわかり声をかけて捕まえようとしたら村があった。
村へ先に入った西が伺うように後ろを確認したのを見て、岡はようやく西が自分から逃げていたのだと気づいた。何度も呼びかけ必死に追いかけていたのにその仕打ち。
岡は自分のベッドから枕を取り、スヨスヨ眠っている西の顔をボフリと叩いた。
「ふえ?」
間抜けな声を上げて西が目を覚ます。
「あ、岡ちゃんだ」
岡は再び枕で西をボフボフして、最後に枕を自分でギューと抱えて呟いた。
「阿呆」
「違うのごめん、怖かったんだって!」
「いいえ絶対にわかってて無視して逃げた。西は悪い子」
宿の食堂で笑いながら一緒に食事をする。
素朴で歯ごたえのあるパンと塩味の野菜スープ、野性味あふれる何かの肉にマッシュした橙色の甘い何かがのっている。よくわからない味。
「異世界だよね」
「だね。美味しくはないけど」
「しーっ」
そんなことで異世界を感じながら、掲示板の情報に話が移る。
怪我は治るらしい。言われてみればそうだ。
森の中を移動するのに小枝や草で何度もあちこち傷を作ったはずなのに宿で水を浴びても痛みも何もなかった。
そして同じ森のかなり離れた場所に一人でいるらしい山田からの情報で「縦の川に沿って町がいくつもあり、河口に首都の大きな町がある」ことがわかった。
「すみませーん、おばちゃーん! ちょっと聞きたいんですけどこの近くに川ってあります?」
すぐに西が宿の人に尋ねる。
マップでこの村の近くに川があることはわかっていて、辿って行けるどうかが問題だったのに川を下る方法まで教えてもらう西。
そのフットワークの軽さに関心しつつ、これに苦しめられたんだよなと岡が半顔で西を見ていると、視線に気づいて西がすぐさま謎の肉がのった自分の皿を岡の皿と交換した。
「足りなかったんだよね? 食べかけだけどどうぞー」
「ちょ、あんた!」
西がとてもいい笑顔を浮かべる。岡は呆れ、後で枕ボフボフの刑を決心した。
◇◇◇
『関さんが宿に戻ってきた報告』
『山本が居たとことは別の町なんだろ? ヤバ』
『女が夜間に知らん異世界出歩くなって説教しろ』
『関さんなら大丈夫でしょ』
『クソブス女』
『山本うるさい』
『でも関さん襲う人なんかいないって』
『だよね』
『原も星も止めろ。山本も、連絡しないお前が悪い』
クラス全員がそれぞれに宿を確保して少し余裕がでてきたのだろう。
ちょっと荒れてきた掲示板を見ながら鈴木は何度か顔をしかめた。
救助を求めていた加藤は転移地の山からの下山中に滑落し、かなりの大怪我を負ったらしい。
それはしばらくして治ったが、一番近くに居た関が救助に向かうまで、ショックで呆然として動けなかった。
林の「トイレに避難」という指示と関のおかげで大事に至らなくて良かったと思う。けれどフラフラとして危なかった加藤を女子の関が担いで山を降りたという話が、一部の者に面白いネタとして消費されだしたのは不愉快だった。
それは鈴木だけでなくて他の何人もが苦言を呈したが、「柔道部の関にゴリラは褒め言葉」等と言い出すものも現れ、とにかく収拾がつかないのだ。
「関さんにお礼言っといて。加藤も無理しないでしっかり休めよ」
鈴木はそれだけを書き込むと、気分転換にコーヒー的なものを飲みたいと思い、宿のリビングに行ってみた。
「お疲れ様ー」
そこにはニコニコご機嫌な林が居て木製のジョッキを片手に何やらテカテカしたものをフォークでつついていた。
さっき夕食を一緒に食べたのに、また別の何かを食べている。
鈴木が呆れながら林に近づくと、彼女の目つきがいつもと違っていた。
「酔ってる?」
「酔ってない。これ美味しいの。この蜂蜜の巣と一緒に食べるとムチャムチャする」
「未成年がお酒を飲むのは感心しないよ」
「ここは15歳で成人なので私は成人なのだ」
「おお、そうだぞー。お前ら結婚しろ」
横から飛んできた謎のヤジにケタケタを笑って林が「かんぱーい」とジョッキを掲げる。
「あ、はい」と適当に合わせてハイタッチをした後、鈴木は色々諦めてそそくさと部屋に戻った。




