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未成年の喫煙とケガと暴力の描写がサラッとあります。
それらの行為を推奨するものではありません。
◇◇◇
「鈴木が出席確認始めたから返事しといたぞ」
「異世界で出席確認……ぶふふっ」
一人で笑いだした渡辺を放置して、高橋は掲示板の続きを見た。鈴木が連絡板の内容を出席確認のために掲示板に来るよう書き換えたのでいずれ揃うだろうが、まだ掲示板に一度も来ていない人がかなり居る。
早く気付け早く読め早く来い。
そう願わずにはいられない。
いきなり異世界に落とされて、しかも周りを見渡しても地面と海があるだけの真っ平らで、遠くに陸と町らしきものが見えるけれど、自分が居る場所が無人の離島とわかった瞬間は絶望した。
狼狽えながらマップを確認したら、同じ場所に誰かがいるらしいことがわかり、マップを頼りに探したら大の字になって寝ている渡辺だった。
実はこれまでに接点がまるでない人物だったが、それでもホッとして笑えた。
「一人って怖いよなー」
「まーなー」
気のない返事。でも十分だ。
渡辺は周辺の草を千切って一箇所に集める作業している。なぜそんな意味のないことをしているのかは訊いてない。
けれどさっきは渡辺が、島の外周をポンポンと跳ね回っている自分を不思議そうに見つつ何も言わなかったんだから、ここは何も言わなくていいんだろう。
勝手に納得して、数えた歩数を一歩一メートル計算で掲示板に書き込む。表示されるマップの中で最東端にあるこの人工的な長方形の小島のサイズは、距離感の目安になるだろう。
早速、掲示板に希望と悲鳴が入り混じった書き込みが上がり始める。
移動を決めた者、ルートの変更を考え始めた者、その両者がいるが、獣に襲われて怪我人が出ているので、とにかく人里を探すということが推奨されているようだった。
「人里は見えてるんですけどねー……」
嘆息混じりに呻いた高橋はかなり離れた陸に目をやった。水泳部でも無いのに泳いでいくのは無謀を通り越してアホだ。
「どうするよ、渡辺」
ブチブチと草を千切って集め続けている彼に視線を向ける。
高橋の視線を受けた渡辺は作業を続けながら「どうしようかなー」と、のんびりした口調で呟いた。
「隠れ喫煙者渡辺、ライター入刀」
「よくそんな意味わからないこと思いつくね?」
パチパチパチと乾いた音を上げながら燃え始めた草の山に上から湿らせた草をのせてできるだけ煙が多く出るように加減する。
これで「陸の人に気づいてもらおう大作戦」らしい。
煙が見える今にするか火が見える夜にするか、実行のタイミングに迷ったものの、ダメだったらまた集めて燃やせば良いという軽い理由で着火に至った。
後は気長に待つだけだ。
「吸う?」
ふいに横からタバコを差し出され、高橋は思わず渡辺の顔を見た。喫煙者だからタバコを持っているのはおかしくないが本当に持っているとは思わなかった。
「俺サッカー部だからパス」
「ほーん」
「……いや、ほーんじゃなくてさ!? なんでタバコ持ってんの? 俺、尻に入れてたスマホ消えたよ!?」
急に思い出して高橋は叫んだ。この世界に来てまず確認しようとしたのはスマホがつながるかどうかだ。
なのにスマホそのものが無くて、その後発覚した無人島のダメージが増大した。
渡辺は高橋の急な大声も気にすること無く、自分の尻ポケットに触れ、最初に倒れていた辺りに目を向けた後、肩をすくめた。
「俺も無いわ」
「今? 遅っ! 普通はまっ先に確認するだろうがよー! ったく。落としたんじゃないよな? 多分こっちに持ってこれて無いんだよな? マジかよ。一週間も放置したら電池切れじゃん。で、なんでお前のタバコはこっちに来てんだよ」
「……今どきわざわざタバコ吸う人いないから、持ち物チェックリストから外されてたとか?」
「ありそう。禁煙場所しかないのに意味わかんねーし」
「言うねー」
高橋が軽く肩を竦めて言うと渡辺はフフフッと軽く笑い、慣れた動作でタバコに火をつけ風下へ離れていった。
◇◇◇
鈴木の出席確認でクラスの大半の居場所がわかった。残る数名は未だ掲示板に書き込んでいない人たち。
書き込める状況にないのか、書く気がないのか。
「これで書く気が無いって許されないでしょ。中村くんなんか『ああああ』で出席確認OKになってるのに」
「書く気がないだけならまだいいけど、『メニュー』忘れてるかもしれないのが怖いよね」
東のちょっとした指摘に南は短いうめき声をあげながら彼女の方を見た。視線に気づいた東が真顔から途端に口角を少し上げた笑顔に変わる。笑顔で言うような内容ではないのだけど、東はいつも笑顔なので南は何も言わずに頷いた。
「こっち来て最初は私もパニックだったから、あるかもって思っちゃった」
「私は南さんが声かけてくれるまでボーッとしちゃってたからねー」
東は軽い感じでクスクス笑ったが、南がマップで近くに居た彼女を見つけたのは転移してきて4時間ほど過ぎた後だ。
南が彼女を見つけたとき、彼女は草むらの中で巨大な猫じゃらしを片手で振り回しながら踊っていて、なかなか声をかけられず、そして気づいても貰えなかった。
あれはボーッとしていたというより没頭していたというのだろう。ただ踊っていた彼女はなんだかとても楽しそうで自然な笑顔があって、余計に声をかけずらかったのもある。
その後、ようやく声をかけて彼女が浮かべた笑顔と、踊っていたときの無邪気な笑顔とは明らかに違っていて、南は気を使わせてしまったのではないかと考えてしまった。
一人では心細いので一緒に居たいという思いがあるが、東は普段からソロでマイペースなので、一人の方が気楽だと感じてるかもしれないなんてことが頭をよぎる。しかしきっとそれも東は笑顔でかわして有耶無耶にするので、南はそんなこと何一つ考えてないアホの子を演じた。
『南さんと東さん。今たぶん側にずっと森が広がってると思うんだけど、そんな広くないから早めに突っ切って南に抜けて。抜けたら一気に開けるし、町も見えてるから大丈夫』
「ありがとう伊藤くん。迂回しようと思ってたけどこれから突っ切ることにする。山は早く下りた方がいいと思うから気をつけて」
掲示板で教えてもらった情報を参考に南へ抜けれそうな箇所を探し、見つけたのは小道。足元が石で固められたちゃんとしたものだが木々が左右から覆い被さり暗かった。遠くに向こうの明かりが見えていたりするなら少しは安心できるのだが、見通しは悪い。
「走って行こっか?」
少しでも森の中に居る時間を短くしたくて、南は提案した。けれど東はそれに首を振った。
「湿ってるから滑るかもしれないし、危ないよ」
「う。あ、じゃあ手を繋いでてもいい?」
「コケたとき危なくない?」
「にゃー!」
東の正論に南は鳴いた。わかるが気持ちがついて行かない。
そんな南の様子を気にもせず、東は柔らかに笑って「先に行くね」と、小道の奥へ歩き始める。
南もわかっている。東の言うことは正しくて、これから先どのくらいの移動が必要なのかもはっきりはしていないので、もたもたせず早く切り抜けたほうがいいのだ。それにもう昼は過ぎてしまっているので次は日没が迫るという問題もある。
諦めて南は嘆息し、東の後を追った。物怖じせずスタスタと先を歩く東はとても頼もしい。
けれど後ろを振り返ることもなく堂々と進んでいく彼女の姿には少し寂しさも覚えた。
◇◇◇
「襲ってくる獣がいるから野営禁止。絶対に町を探せ」と連絡板に書き込んで、それがきちんとメニュー画面に反映されたのを確認してから小林は小さく頷いた。
自分の手のひらを太陽にかざしてしみじみと見つめながら、グーパーグーパーと繰り返してみる。痛みはなく、違和感もない。
「異世界、ぱねぇ」
一人呟き、周囲を見回す。誰もいない、何もいない。
しっかりと確認して、広い川を左に眺めながら下流の方へ草丈の低い草原を突っ切って歩き進める。
先ほど小林は野兎3匹に襲われた。どうやら巣に近づきすぎてしまっていたらしく、姿を見せたと思ったらいきなり突撃されガブリと噛まれてしまったのだ。そして咄嗟に逃げようと手を引いたのが悪く、手のひらの肉を食いちぎられてしまった。
慌てて背を見せ逃げ出したがそこから更に一撃。けれどその攻撃は肉には届かず制服に引っかかってぶら下がったので、すかさずその兎を掴んで別の兎に投げつけた。
大したダメージにはなってなかったと思う。けれど兎の攻撃はそれで止み、それ以上追ってくることはなかった。
小林は猫を飼っているので、獣が何かしらの病気を持っている可能性については知っている。野生の獣なら危険度は何倍にも跳ね上がるだろう。
それ以前に食いちぎられた手のひらから血がボタボタと垂れているので止血をしなければならない。
けれど手ぶらで他には何も持っておらず、仕方なく手首を押さえて止血を試みていたら、突然手が青く輝いて怪我が治ったのだ。
それは血が止まったり傷が塞がったりといったレベルではなく、傷そのものがなかったかのように綺麗さっぱり元通りになり、怪我の痛みや痺れもスンとどこかに消え失せていて、まるで魔法を見ているようだった。
「遅いんじゃボケ」
思い出して悪態をつく。
治るならもっと早く治ればいいのに。わざわざ痛みを味わい、焦りや不安を感じながらどうにか処置をと考えた労力が無駄じゃないか。
けれど同時に感動した。
小林は柔道部なので怪我は日常茶飯事。いつもテーピングしていて体はどこかが常に痛い。それが一瞬で治ってしまったのだからとにかくその素晴らしさがよくわかる。
異世界だな。と、改めて思う。
横で流れているちょっと紫がかった川の水や、連なり過ぎて巨大なモフモフと化している猫じゃらし等、異世界を感じる部分はいくつもあるが、魔法。やはり魔法。
小林は立ち止まり、獣の気配が無いかしっかり周囲を確認してからメニューを開いた。
連絡板に変更はないので掲示板を開いて目を通す。
先ほど連絡板に書き込むに至ったやり取りについ今しがた新たにレスがついていた。
『ケガって勝手に治る?』
「治る。なんか魔法みたいにシャラララーンって。敗れた制服もなぜか元に戻る。けど怪我した直後じゃなくてしばらくしてからだったから、ガチ痛い」
書き込んだ加藤宛にレスをする。
『さすが小林。柔道部パネェ』
『柔道部関係ねーから』
第三者が次々に書き込んでくるが、きちんと加藤も読んでくれたようだ。
「早く治れ早く治れ早く治れガチ痛い誰か助けて」と祈るような言葉が書き込まれた。
◇◇◇
その書き込みを見て、山本はケラケラと笑った。
高校生にもなって「誰か助けて」なんて笑わせる。異世界に来てまで掲示板で仲良しごっこなんてバカみたいだ。出席確認もアホらしい。数日で戻れることがわかっているのだから、その間それぞれ好きに過ごせばいいだけなのに。
町のすぐそばに転移した山本は他のクラスメートがやっているような手探りでの情報集めなど一切必要なく、行き交う人々の流れのままに町へ入り込み散策した。石造りの塀、石造りの建物。石畳の上を人とロバが歩き、露天商が並んでいて普通の野菜や果物が飾られているちょっとしたテーマパークのような場所。
町の造りからヨーロッパを思わせられたが人種はアジア系で、肌や髪の色、体格にもグラデーションがある。服装もYシャツにズボンという組み合わせなので制服姿でも浮くことはなく、自分が「異世界人」であることを意識する必要は何もなかった。
それはそうだろう。
そこから意識しないといけなかったら、それはもはや修学ではなくサバイバルだ。異世界修学旅行が過去に10回も行われているのなら、その辺りの調整はとっくに終了しているはず。女子の膝丈スカートもきっと何の問題にもならないし、こちらの制度や習慣に程よく準じていればそれでオッケーだ。たぶん。
そこでさっそく食事をしようとして初めてメニューを開いたら、鈴木の混乱した書き込みが表示されていて呆れた。
掲示板を見ても情けない書き込みばかり。
「人が居る、町がある」なんて当たり前のことだろうに、どうしてそれがわからないのか。
これまでの散策で各自に最初から配布されている所持金で一週間は余裕で過ごせることは把握済み。
掲示板は娯楽として消費しつつ、誰とも交流せずに期間をここで過ごすことを決めた山本は、宿をとり、掲示板を笑いながら酒場で勧められるままにお酒を注文した。
だから宿への帰り道を歩いているときに「山本くん」と声をかけられたときはかなり酔っていた。
フラフラとした動きで振り返った先にいたのはクラスメートの関。
「酔ってない? 大丈夫?」
パタパタと駆け寄り、定まらない自分の体を支えるように手が伸ばされる。火照った体が夜風にさらされ気持ちが良かったところに体温を持った他人の手が触れ気持ちが悪かった。
「触るな、ブス」
関の手を振り払い、彼女が嫌がるだろうことを的確に言う。狙い通り彼女は動きをピタリと止めて顔を強張らせた。
「気持ち悪いんで近づかないでもらえますかー。何なんだよストーカーかよ」
「鈴木くんが出席確認してるんだけど、まだ掲示板に来てなくて反応がない人が近くに居たから来たらアンタだっただけ」
「ああ、知ってるけどくだらねーから無視してた。元気でーす。ブスはお帰りくださーい」
山本がシッシッと手で追い払う仕草をすると、関はそれ以上何も言わず、くるりと踵を返した。
「うぜーんだよ。調子のんなブスが」
彼女の背中に向かって追撃で吐き捨てる。すると一度背中を見せた彼女が再びクルリと反転して山本に急接近し、その頬を張った。
山本は元々フラフラと安定しない状態だ。バチンと重い音を響かせたそれの勢いに簡単にふっ飛ばされ石畳の道に突っ伏した。
口の中と地面にぶつけた鼻から生暖かいものが垂れてくる。
「調子のってんのはアンタでしょ。ザコが」
関はフンと鼻を鳴らして足早に立ち去っていく。
一人残された山本は呻きながらノロノロと体を起こした。口に溜まったものを吐き出して、その色に血の気が引いていく。
「嘘……だろ。痛いんですけど…ちょ、誰か」
誰も助けてくれない。遠巻きに別の酔っぱらいが笑いながらこちらを見ているだけだ。
「痛い、痛い、痛い」
助けを求めてバカにしていた掲示板に書き込む。『ダサ』と短い反応があったきり、山本のことはすぐに流され消えていった。




