9・エピローグ
◇◇◇
五日目の朝、高橋はみんなを起こして回っていた。
夜遊びをしてさっき寝たばかりの人が多いことはしっているけれど、修学旅行の終了時刻が迫っているのだ。だからみんなで朝食を。
ノックにすぐに返事をして動くもの、部屋に押し入って布団を剥がしてもそのまま寝ようとする者など様々だったが、べッドで寝る田中の足元で丸まっている山田と、ソファーで寄り合って寝ている中村と辻、行倒れのように通路に倒れて寝ている南を枕にしている堀が一つの部屋に収まっていたのは本当に意味がわからなかった。
それぞれに部屋を一つずつとっていたのに、どうして一部屋に集中してしまっているのか。そして何があってこんなことになっているのか。
ドアを開けてくれた伊藤に尋ねると「イチャイチャの邪魔しに来た感じだったんだけどね?」と、笑いながらポリポリ顔を掻いた。
「失敗してるじゃねーか」
「途中までは佐藤が頑張ってくれてたんだけど、東さんが一人でお店に行くの、窓から見えたから追いかけて行っちゃってさ」
「そっちも二人でイチャイチャしたってわけか。ちくしょう」
伊藤が曖昧に笑ったことに気づかず、高橋は吠えた。それからビッと指を立て気分を入れ替える。
「とりあえず飯だ。みんなで最後の飯を食うんだよ。いいな」
部屋を回り終えた高橋は自室に戻った。
他の客の邪魔にならないよう食堂の一角でコンパクトに集まった高橋たちは、メジャーな朝食のメニューを一通り全部揃えて食べた。
半分寝ぼけている者もいるのでそこまで騒がしくなく、少し笑いながら話す程度だが、それでも時折声が上がる。
「残り時間、あと三時間ちょい? けっこうあっと言う間だったよな」
「初日は地獄だと思ったけどね」
「結局、クラス全員集まっちゃってるし」
「修学旅行っぽくていいじゃねーか」
男女関係なく、転移してくる前までは話すこともなかった人たちと思い出を語った。
高橋は草の荷車ダイブで心が折れたものの、昨日のロバ遠乗りで草原に山積みになった草を見つけてダイブした。
草原の拡大を食い止めるために定期的に草を刈って集めているらしい。これは家畜に使われるが、使われる前の段階だったので糞尿が混じっていることもなく、濃厚な草と土の匂いがして大満足だった。
藁のベッドに憧れていたらしい谷も同じようにダイブして一緒に満喫したが、前回の糞尿事件を知っている渡辺は完全に笑うのを我慢している顔をしていた。
そこに、遅れていた吉田と鈴木が到着した。
高橋はすぐに「おはよう。お前ら遅刻だからな」と軽く声をかけたが、宿の入口から入ってきた二人の後ろにはもう一人居て、その姿に気づいた高橋は少し言葉に詰まった。
他のクラスメート達も同じだったらしく、視線をやった者から黙り込んでいく。そのまま全員がシンとなってしまい、朝食の場は妙に静かで緊張した空気に包まれた。
「原さんが到着したよ」
鈴木が静かに言うが、掲示板で悪態をついていた彼女が歓迎されるわけがなかったし、彼女もそのことがわかっていたのだろう。少し俯きがちで、でも小さいけれどハッキリした声で「あの、ごめん。でした」と口にした。
高橋は静かに嘆息した。最初は彼女が不快だったが、ミュートしてからは完全に忘れ去ってしまっていたので今更どうでもいいし、謝るくらいならここには来ないで最後まで楽しく過ごしたかったとさえ思ってしまう。
そんな中、東がいつもの笑顔で空いてる席に座るよう原を促した。
「みんなにミュートさせちゃってごめんね。私、そのまま解除するのも忘れてたし、もういいから一緒に食べましょう」
言いながら彼女用に皿を取り、適当に料理をのせていく。その様子を見て、高橋も他の人達もまた何事もなかったかのように動き出した。
原だけでなく吉田と鈴木の分の追加注文をする東に乗じて、高橋は自分の食べたいものを追加で注文してから近くの席に座った吉田に声をかけた。
「迎えに行ってたんだよな? よくアイツが来るの知ってたな」
「掲示板に何も書いてなかったから来ないと思ってたんだけど、昨夜マップ見たら海の上に居たからびっくりした」
「マップかー。山本くんと星さんと原さんはもう動かないと思ってたから、私は昨日の夕方くらいからもう見てなかったよ」
横から森も話に加わってきたので一緒に「さすが吉田」「頼りになる」と褒め称えたら、吉田が照れと苦笑が混じったような表情になった。
「ところで、森さんそれ、何食べてるの?」
「カエルだって。鶏みたいでサッパリしてる」
「え?」
「どうかしたか、佐藤?」
高橋はいきなり驚いた声をあげて動いた佐藤に声をかけたが、佐藤はそれには答えずにただじっと東の方を見た。
彼女は座る原と話すわけでもなく、ただ静かに笑顔で座っているだけだ。「佐藤くん?」と森も声をかけたが佐藤は反応をせず、少し厳しい顔をして店内を動く店員にチラリと視線を動かしただけで、ただ静かに東を見続けた。
「佐藤くん、どうかしたの?」
少し離れたところから西も声をかけてくる。
その声で佐藤の様子に気づい中村も、佐藤の視線の先の東を見て「は?」と困惑したような声をあげた。
「え、何? 何なのマジで」
椅子から腰を浮かせて様子を見ている中村の隣で、辻も何かに気づいたらしく開けたままの口を片手で抑えた。同じように伊藤と田中は頭を抑えて、露骨に東から視線を背ける。
「何かまた事件が起こりそうな感じ……だったりする?」
妙な雰囲気に加藤が伺うようにそう言ったが、それには誰も返事をしなかった。
けれど東の追加注文の皿がテーブルに運ばれてきた瞬間、東の席の周囲は固まったようになり、店員が去ったあと一斉に悲鳴のような声をあげた。
「いやいやいやいやいやちょちょちょちょちょちょっ、待って待って待って!」
「何してんの? 何してんの? マジで何してんの!」
「原さんの朝ご飯だよ。吉田くんと鈴木くんの分も、ほら」
周囲の反応をものともせず、東が吉田の分の皿を押し付ける。その皿には10センチくらいの長さがあるウインナーのような芋虫が二匹、こんがり焼かれてドーンと置いてあった。
「東さん何これ。ねえ、東さん。東さん!」
さすがに吉田も慌てて彼女に言ったが、東は涼しい顔で「佐藤くんが朝食っぽい味って言ってたから」とのたまった。
「おーれーのせいにするなって!」
佐藤が声を抑えて怒鳴ったが、そんな彼に「まーまー」と座るように促した小林が、吉田と原を見てニヤニヤした。
「とりあえず食え」
「他人事だと思いやがって!」
吉田が呻くような非難の声をあげたが、高橋はなんだか優秀な吉田の失態を期待してしまいワクワクした。
ちなみに食べ残されたそれは、谷が普通に全部食べてしまい「味薄い」という感想だけが残った。
◇◇◇
残り数分。
宿をチェックアウトして、首都のクラス全員で町から少し離れた場所まで来ていた。
こちらの世界に転移してきたときと同じように、いきなりポンと姿が消えてしまったらこちらの人達が驚くので、その配慮だ。
衝撃的な一皿を自身への罰として食べきった原は、一口も食べれなかった鈴木と比較して評価され、普通に仲間として受け入れられている。
隣で同じものを普通に食べ、追加のトッピングでより虫っぽい虫を東が食べたことは、強烈過ぎてみんなの記憶から消えた。
「けっこう楽しかったよね」
「濃密な時間だった」
「俺も」
「みんな、戻っても俺と仲良くしてくれー」
話していたらふいに体が強い光を放ち始めた。
「時間だ」
鈴木の声が遠のいていき、強制的に意識を失わせられているような、強く引っ張られているような感覚。
そして、最後にそれがグルリと反転した。
◇◇◇
キーンコーンカーン
チャイムの音が聞こえ、鈴木は覚醒した。
それは他のクラスメートも同じで、もぞもぞと動き、少し呻きながら伸びをしたりしている。
「おかえりー。で、いいのかな?」
担任が大きな声で帰還を歓迎してくれるが、寝起き直後の大音量のような感覚でうるさかった。
数分してようやく頭がはっきりしてきた鈴木は、とりあえず適当に号令をかけた。
「起立」
条件反射でみんな一斉に立ち上がるが、特に言うこともなく礼だけでして着席する。
けれどそれで話せると判断したらしいスーツの人達がにこやかに挨拶した。
「はい。それでは私立ハニホ高校2年4組の皆様、おかえりなさい。現在は皆様が異世界へ出発されてから約一時間後の世界です。皆様があちらの世界で過ごした5日間は、こちらの世界の一時間だったと思っていただいた方がわかりやすいですかね。異世界修学旅はいかがだったでしょうか」
「夢っぽいって思った」
「システムではなく内容の感想をお願いします」
吉田の言葉にスーツの代表がちょっと慌てたように話題をズラしたせいで、鈴木だけでなくクラスの大半がシステムを察してしまったらしい。
ただもともとそのことに薄っすらと気づいていた者も、それ以上の言及はせず内容についての感想が次々に上がった。
唯一、星だけが転移先について徹底的に批判をしたが、それ以外は概ね満足な反応。
隣のクラスの一時間目の体育と同じ時間しか経っていないのが嘘のように、クラスは程よい旅疲れに包まれていた。
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