第七章 君が死にたかった、本当の理由
彼女の涙を見て、ようやく「過去」にたどりついた気がした。
けれど──それだけでは、何も終わっていなかった。
翌週の火曜日。朝のホームルーム。
如月ひよりは、学校を欠席していた。
風見と顔を見合わせる。
ただの風邪や体調不良ならいい。でも、直感が違うと言っていた。
「俺、行ってみる」
その日の放課後、僕は彼女の家へ向かった。
薄暗いアパートの前。誰も出てこない。
呼び鈴を鳴らしても、応答はなかった。
それでも、僕はドアノブを強く押した──すると、鍵は開いていた。
中は、静かだった。まるで、時間が止まっているかのように。
そして、その奥の部屋。
床に、手紙と、小さな薬の瓶が落ちていた。
「──ひより!」
彼女は、ベッドの上で横たわっていた。目は閉じている。頬は蒼白。
けれど、まだ息があった。
すぐに救急車を呼んだ。
彼女は命を取り留めた。けれど──意識は戻らなかった。
その夜。病院の待合室で、僕と風見は黙って座っていた。
「……助かったのは、奇跡だよ」
「うん。でも、これは……まだ“終わってない”」
テーブルの上に、彼女が残した手紙があった。
――そこに書かれていたのは、こうだった。
わたしは、本当は死にたくなんてなかった。
でも、ずっと誰にも言えなかった。
妹を死なせたのは私だって、思い込んでた。
家族も、誰も私を責めなかった。
だからこそ、私だけが自分を裁かなきゃいけないと思ってた。
でも、ユウトくんと風見くんに出会って、変わった。
あの日、屋上でふたりが言ってくれた言葉が、
嘘みたいに優しくて、泣きたくなった。
本当は、誰かに救ってほしかった。
でも……まだ、私は許せない。
ごめんなさい。
先に、終わらせます。
風見が、膝に顔を伏せる。
「……“誰かに救ってほしかった”。言ってんじゃんかよ……!」
僕は手紙を握りしめた。
(……まだ、やり直せる)
このループで彼女は死ななかった。でも、“心”はまだ戻っていない。
(彼女が、本当に笑える未来を──見せたい)
僕の中で、決意が固まった。
次の朝、病院からの連絡が入った。
「彼女の意識が戻った」と。
病室は、夕暮れの色に染まっていた。
ベッドに横たわるひよりが、静かに目を開けて僕を見た。
「……ユウトくん、来てくれたんだ」
「当たり前だろ。何度だって来るよ。何度だって──君を迎えに行く」
しばらくの沈黙のあと。
彼女は、はじめて涙ではなく、かすかに笑った。
弱々しいけれど、確かに“生きるほう”へと、向かい始めたそういった笑みに僕は感じた。