第六章 心の鍵を開けるのは、誰の手か
「協力しよう、ユウト。ひよりを救うために」
風見颯真の言葉に、僕は少しだけ戸惑った。
だけどすぐに、頷いた。
──そのとき僕たちは、まだ知らなかった。
どれほど深く、彼女の心が壊れているかを。
次の日から、僕たちは密かに動き始めた。
風見は彼女の“過去の変化”を記録していた。
3度目のループではひよりの家に訪ねたが、暴力的な父親に遭遇したこと。
2度目では彼女が“母親の墓”に通っていたこと。
「彼女の家庭環境は最悪だ。でも、それだけじゃない気がする」
風見の言葉に、僕も頷いた。
「自分を責めてる。何か……ずっと、許せないことがあるんだ」
「うん。それを……俺たちで探ろう」
僕たちは手分けして動いた。
その週の金曜日。放課後の図書室で、僕はようやく“糸口”を見つけた。
古い新聞のスクラップ。
小さな記事だったけれど、はっきりと載っていた。
>【204X年12月】
> 小学生の女児、妹を庇い車道へ。事故死。
> 事故現場は市内南区。加害者は飲酒運転の男性。
記事には名前はなかった。
でも、その時期、彼女は市内南区に住んでいたという記録がある。
「まさか……」
その瞬間、風見から連絡が入った。
──『墓地で、ひよりが泣いてた。妹の名前を呼びながら』
次の日の放課後、僕たちは屋上へ向かった。
そこに、彼女はいた。
風を浴びながら、何かを手に持っていた。
小さな髪留めだった。子ども用の。
多分、妹の形見。
「ひより」
呼びかけると、彼女は驚いたようにこちらを見た。
でも、その瞳は──どこか諦めていた。
「……ごめんね、ユウトくん。気づかせちゃって」
「そんなのどうだっていい!」
叫んでいた。
「俺は、君が笑ってる世界がほしいんだ。過去がどうとか、後悔がどうとか、そんなの関係ない!」
「でも、私は──許せないの。妹を助けられなかった自分を、ずっと……!」
涙があふれていた。
彼女の心の鍵は、自分自身で閉じていた。
“助けを求めることすら許されない”と、自分を責め続けていた。
「……ひより」
今度は風見が前に出た。
「誰かを救いたいって気持ちは、俺たちも同じなんだ。だから……君も、助けられていいんだよ」
沈黙の中、彼女はうつむいた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……もし、また笑える日が来るなら。……その時は、一緒にいてくれる?」
僕は静かに頷いた。
「もちろん。何度でもやり直すよ。君の笑顔のためなら」
風が止んでいた。
夕陽の中、ようやく彼女の涙が止まった。
この日、僕たちはようやく「ゼロ地点」に立てたのかもしれない。