第五章 君を救えなかった世界で
この章は、風見颯真の視点になります。
僕が最初に時間をやり直したのは、あの“日”の翌朝だった。
3月15日。
如月ひよりが、学校の屋上から飛び降りて亡くなった日。
何もできなかった。
彼女がそんなことを考えていたなんて、気づきもしなかった。
クラスの誰もが、ただ「そんな風には見えなかった」と口を揃えて言った。
──でも僕は、知ってたんだよ。本当は。
彼女がいつも、一人で帰っていたこと。
昼休みに、保健室にこもっていたこと。
目が笑っていない日が、増えていたこと。
気づいてた。でも、何も言えなかった。
僕は臆病だった。
彼女に話しかけることで、何かが変わるかもしれないってわかってたのに。
「次こそは」って思ったんだ。
──目が覚めたら、3月8日に戻っていた。
最初は混乱した。悪い夢でも見てるのかと思った。
でも、全てが“あの週の始まり”からやり直されていた。
だから僕は、彼女に話しかけた。
教室で、廊下で、帰り道で。
できる限りのことをした。救いたかった。心から。
でも──
3月15日、また彼女は屋上から飛び降りた。
次も、その次も。
言葉を変えても、行動を変えても、時間を変えても。
彼女の運命は変わらなかった。
まるで、“彼女の死”こそがこの世界の定めであるかのように。
4回目のループで、僕は諦めかけていた。
どんなに頑張っても変えられない。
彼女の笑顔は偽物だったし、僕の声は届いていなかった。
でも──あいつ、ユウトが現れた。
俺の知らない動きをして、彼女と話して、追いかけて、踏み込もうとしていた。
あのとき、確信した。
(あいつも、“やり直している”)
タイムリープにはルールなんてなかった。
発生の条件も、理由も不明。けれど、ひとつだけ確かなのは──
彼女の死は、誰かの“選択”で変えられるかもしれない。
それが“俺”じゃなかっただけだ。
「なあ、ユウト」
放課後、僕は屋上であいつに声をかけた。
「お前、やり直してるだろ。俺もだ。4回目。全部、彼女は死んだ」
あいつは驚いてた。でも、すぐに目をそらさなかった。
きっと、同じ重さを背負ってるからだ。
俺たちは、どこかで似ている。
──でも。
「如月ひよりは、“自分から死にたがってる”。俺はそう思う」
「……やめろ」
「だったら、お前は何を知ってる? 彼女の過去を? 家族のことを? 本音を? ……何も知らねぇだろ」
あいつは言い返さなかった。
でも、目が揺れていた。言葉にできない怒りを、握りしめていた。
「だったらさ。……俺たち、協力しないか?」
そう。これは、どちらかが勝てばいいゲームじゃない。
誰かが救えば、それでいいんだ。
彼女は、誰にも見せない“心の奥底”に鍵をかけている。
俺たち二人でなら──それを開けることができるかもしれない。
何度でも、やり直せる限り。