第一章 それは、突然の“さよなら”だった
春の風が、校舎の窓を叩く。
教室の隅。僕、東雲ユウトは、いつも通りの場所に座っていた。
誰にも話しかけられず、誰にも気づかれない。
教室に存在していても、まるで空気のような──いや、“空席”のような存在。
「なあユウト。パン、今日もそれだけか? たまには食堂来いよ」
声をかけてくれたのは、後ろの席の風見颯真。
明るくて誰とでも仲がいい。いわゆる“リア充”ってやつだ。
「……うん、大丈夫」
僕はかろうじて笑いながら、昼休みのメロンパンをかじった。
“話しかけられる”という、それだけのことが、妙にくすぐったくて、ちょっとだけ誇らしい。
けれどその日、僕は「もっと大きな声」を、耳にすることになる。
「ねえ、君……東雲ユウトくんだよね?」
ぱきん、と。心に張ったガラスが割れる音がした。
声の主は、如月ひより(きさらぎ ひより)。
クラスのアイドル。誰にでも分け隔てなく笑いかけ、先生にも生徒にも好かれている完璧な優等生。
その“太陽みたいな女の子”が──この僕に、声をかけてきた。
「……うん。そうだけど……」
ぎこちなく答えると、彼女はふわりと微笑んだ。
「放課後、屋上で待ってるね」
何の説明もなく。理由も目的も、告げないまま。
ただ、それだけを残して彼女は去っていった。
放課後。僕は、言われた通りに屋上へ向かった。
ドアを開けた瞬間、強い風が制服をなびかせる。
柵の手前に立っていた彼女の後ろ姿が、ゆっくりと振り返った。
「来てくれて、ありがとう」
それは、まるで──別れの挨拶のようだった。
「どうして……僕なんかを?」
僕は聞いた。聞かずにはいられなかった。
「誰かに話したかったんだ。死ぬ前に、ね」
……え?
その言葉は、理解するにはあまりにも突然で、冷たすぎた。
「ごめんね。ほんとは、誰にも言わずに消えるつもりだった。でも──ユウトくんなら、誰にも言わない気がして」
「待って、ちょっと待って! 何言って──」
僕が駆け寄ろうとした、その瞬間。
彼女は、微笑みながら柵を越えた。
「じゃあね。ばいばい──東雲ユウトくん」
そして、空を蹴った。
風が鳴き、制服がひらめき、沈黙が訪れた。
次の瞬間、世界が、止まった。
いや──
巻き戻った。
──目を覚ますと、僕はベッドにいた。
まぶたを開けると、天井のシミがいつもの場所にある。
時計は、一週間前の月曜日を指していた。
「……え?」
カレンダーを二度見して、スマホの表示を三度見て、それでも現実を受け入れられなかった。
けれど、学校に行けばすぐにわかる。
彼女が、まだ生きていること。
そして、僕のやり直しが始まったのだということを──。