4.炎と氷の狭間で
レインの微笑みには、どこか危うさが潜んでいた。
茶褐色の髪に夜の闇が映え、その立ち居振る舞いには第四公爵家の長男としての気品が漂う。
「聖女様、こんな遅い時間に申し訳ありません」
その声は蜜のように甘く、そして優雅だった。
「どうしても、一度お会いしたくて」
パールは息を呑む。
ノーマルモードのレインは、確かにこんな風に話していた。
でも、その瞳の奥に潜む冷たさは、まるで別人のよう。
「サンフォード」
ヴィクターが一歩前に出る。
「用件を手短に」
空気の温度が、目に見えて変化していく。
レインの周りには熱気が渦巻き、ヴィクターの側には冷気が充満していた。
***
「随分と警戒しますね、ヴィクター」
レインは軽やかに笑う。
「私たちは同じ守護者なのに」
その言葉に、ヴィクターの表情が一層冷たくなる。
テーブルの上のアメジストの花が、不穏に揺れ始めた。
「聖女様」
レインがパールに向き直る。
「明日から、私も魔法の指導をさせていただきたいのです」
(え?)
「陛下のご意向です」
レインは胸元のルビーに触れる。
「五つの宝石、全ての力を理解していただかなければ」
「それは」
ヴィクターが遮ろうとするが、
「陛下直々の仰せです」とレインは続ける。
パールは困惑していた。
ノーマルモードでは、魔法の指導はカイトが一手に引き受けていたはず。
なのに、ヴィクターとレイン。
しかも、この二人が同時に。
「陛下のご意向とはいえ」
ヴィクターが冷ややかに告げる。
「お前が直接指導する必要があるとは思えないが」
「申し訳ございません」
レインは穏やかな笑みを浮かべたまま。
「ですが、これは陛下の強い思し召しでして」
その言葉の応酬に、パールは息を呑む。
表面上は穏やかでありながら、二人の間で魔力が確実に高まっていくのがわかった。
「聖女様」
レインが再びパールに向き直る。
「明日、朝一番にお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか」
その瞳には、先ほどまでの冷たさは見えない。
ノーマルモードのような、優しい笑顔。
だからこそ、パールの警戒心は強まった。
ヴィクターの声が氷のように冴える。
「朝は私が指導を担当する予定だ」
「そうでしたか」
レインは申し訳なさそうに首を傾げる。
「では、午後はいかがでしょう?」
空気の温度が、さらに変化する。
アメジストの花が震え、ルビーが赤く輝きを増す。
***
「聖女様のご予定は、私が管理している」
ヴィクターの声には明らかな拒絶が込められていた。
「当分の間、空きはない」
「そうですか」
レインの笑顔が深まる。
「では、改めて陛下にご相談させていただきます」
その言葉に、ヴィクターの表情が強ばる。
王命を盾に取られては、如何ともし難い。
パールは、その場の緊張に押しつぶされそうになっていた。
ハードモードでは、守護者たちの関係性も大きく異なるのだろうか。
しかも、自分がその中心にいるなんて。
「本日は失礼いたしました」
レインが優雅に一礼する。
「聖女様、またお目にかかれる日を、心待ちにしております」
その言葉には、どこか確信めいたものが感じられた。
まるで、すでに結果が見えているかのような。
レインが立ち去った後も、食堂の空気は凍りついたままだった。
***
「申し訳ありません」
パールが小さく呟く。
「私のせいで、ヴィクター様の予定まで」
「気にするな」
ヴィクター様は窓の外を見つめたまま。
「奴の目的は、別にある」
その言葉の意味を考える間もなく、執事が入室してきた。
「聖女様、本日はお疲れ様でした」
「ヴィクター様、明日の予定表をご確認いただけますでしょうか」
ヴィクター様は静かに頷く。
「パール、今夜はゆっくり休め」
初めて名前で呼ばれたことに、パールは驚きを隠せなかった。
振り返ったヴィクター様の紫の瞳には、先ほどまでの冷たさは消えていた。
「おやすみなさい、ヴィクター様」