表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/41

3.紫の宝石の導き

19時を告げる鐘の音が、白銀の館に響き渡る。

パールは選んだドレスに袖を通し、最後の確認をした。


銀の刺繍が施された淡い紫のドレスは、まるで身体に馴染むように優しく包み込んでくれた。

ヴィクターが選んだものとは思えないほど、女性らしいデザインだ。


(大丈夫、落ち着いて)


鏡に映る自分に深く息を吸う。

先ほどまで窓の外で見かけた彼の姿が、まだ心に残っている。

夕陽に輝く銀髪と、儚げな横顔。


「パール様、お迎えにあがりました」


ノックの音と共に、執事の声。

パールは静かにドアを開けた。


***


階段を降りていく足音が、静かに響く。

銀の装飾が施された壁には、歴代当主の肖像画が並んでいた。

どの肖像画からも、ヴィクターに似た凛とした雰囲気が感じられる。


食堂への廊下には、アメジストの花が活けられていた。

その紫の輝きが、パールの緊張を僅かに和らげる。


「こちらでございます」


扉が開かれ、パールの足が一瞬止まる。


食堂内は、夕陽に染まっていた。

白銀のシャンデリアが柔らかな光を放ち、テーブルには紫を基調とした花々が優雅に配されている。

そして窓際に、ヴィクターの姿が見えた。


夕陽に照らされた銀髪が、まるでオーロラのように輝いていた。

彼は振り返ると、一瞬、(アメジスト)の瞳が揺れ、言葉を失ったように立ち尽くす。


(私の装いが、おかしかった?)


不安が胸をよぎった。

このときヴィクターの耳が、かすかに赤みを帯びていたことには気づかなかった。


***


「どうぞ」


短い言葉とともに、ヴィクターが椅子を引く。

その仕草は素っ気ないながら、どこか気遣いが感じられた。


テーブルには既に前菜が並んでいる。

銀の食器が、シャンデリアの光を優しく反射していた。


静寂が流れる。

ただ聞こえるのは、食器の音と、窓の外で風に揺れるアメジストの花々のざわめき。


パールは、そっとヴィクターを観察する。

普段の冷たい表情の下に、何か別の感情が隠れているような。


「明日から」

突然、ヴィクターが口を開く。

「魔法の指導をする」


フォークを持つ手が、わずかに震える。

ノーマルモードでは、魔法の指導はカイトの担当だった。


「まずはアメジストの力を、理解する必要がある」


その言葉に、テーブルの上の花が、かすかに輝きを増した。

まるで、宝石が反応するかのように。


パールの胸元で、何かが温かく脈打つ。

聖女としての力が、アメジストに呼応しているのだろうか。


「あの…」


言葉を探していると、ヴィクターの視線がパールに注がれた。

その紫の瞳には、先ほどまでの冷たさは見当たらない。

代わりに、何か深い感情が渦巻いていた。


***


「聖女の力は、五つの宝石すべてと共鳴する」

ヴィクターの声は静かだが、確かな重みを持っていた。

「そのなかで、最初に反応したのがアメジストだった」


テーブルの上の花が、その言葉に呼応するように、より強く輝きを放つ。

夕暮れの食堂に、紫の光が幻想的な影を落とす。


(そういえば、召喚の時)


パールは昨日の記憶を辿る。

確かに、五つの宝石は全て反応していた。

でも、一番強く光を放っていたのは、ヴィクターの胸元のアメジスト。


「それが、貴女がここにいる理由だ」


その言葉には、様々な感情が込められているような気がした。

諦め?覚悟?それとも――。


窓の外では、夜の帳が降りはじめていた。

アメジストの庭園を照らす灯りが、一つずつ灯されていく。

その光は、夜空の星々のように煌めいていた。


***


「・・・ですが」

パールは言葉を選びながら、静かに口を開く。

「昨日は」


言葉が途切れる。

昨日の拒絶的な態度を、どう表現すればいいのか。


ヴィクターの表情が、一瞬だけ揺らぐ。

「それは・・・」


だが、その時。

窓の外で、けたたましい音が響いた。


「!」


パールが振り向くと、庭園の噴水付近で、赤い光が揺らめいている。

まるで、炎のように。


「サンフォード」

ヴィクターの声が、凍てつくように冷たくなる。

「どうして、ここに」


テーブルの上のワイングラスが、薄く凍りはじめた。

アメジストの花も、不穏そうに揺れている。


(レインが、どうして?)


パールの心臓が、大きく跳ねる。

ノーマルモードでは、レインはもっと明るく、人当たりの良いキャラクターだったはず。

こんな形で強引に来訪するなんて。


***


「失礼いたします」


執事が食堂に駆け込んでくる。

「サンフォード公爵家のご子息様が、パール様に謁見を」


「断れ」

ヴィクターの声は、冷酷なまでに冷たい。

「この時間に、よくもまあ」


窓の外では、赤い光が大きく揺らめく。

火の魔法使いの存在を、主張するかのように。


執事が困惑した表情を浮かべる。

「陛下からのご下命とのことです」


その言葉に、ヴィクターの表情が凍りつく。

王命となれば、拒否するわけにはいかない。


パールは、密かに息を呑んでいた。

ノーマルモードでは、レインはいつも笑顔で、周囲を明るくする存在だった。

なのに、この強引な来訪は。


(ハードモードだと、性格も違うの?)


ヴィクターが静かに立ち上がる。

その背中には、明らかな怒りが滲んでいた。


「パール」

彼は振り返り、真っ直ぐにパールを見つめる。

その紫の瞳には、先ほどまでとは違う、何かが宿っていた。


「レインには、気をつけるんだ」

低い声で告げる。

「あの男は、見かけほど単純ではない」


窓の外では、赤い光がより強く、より大きく揺らめいていた。


***


パールは深く息を吸った。

これが、ハードモードの世界。

一つの選択が、生死を分けるかもしれない。


「お通ししてください」

パールの声に、ヴィクターが振り返る。

「陛下のご命令ですから」


「・・・分かってる」

ヴィクターの声は冷たいままだったが、その紫の瞳には何か別の感情が浮かんでいた。

「だが、私も同席させてもらう」


その言葉に、窓の外の赤い光が激しく揺らめく。

まるで、炎が怒りを表すかのようだった。


「レイン様をお迎えしてまいります」

執事が一礼して退室する。


静寂が流れる中、パールはヴィクターの横顔を見つめていた。

(ノーマルモードとは、全然違う)

これまでのゲームの知識が、この世界では通用しないのかもしれない。


扉が開く音に、パールは我に返った。


「失礼いたします」


その声は、想像以上に明るく、そして優雅だった。

レイン・サンフォードは、夜の炎のように輝きを放ち入室してくる。


茶褐色い髪が夜の闇に映え、その立ち姿には第四公爵家の長男としての気品が漂っていた。

胸元のルビーが、赤い光を放っている。


「やっと、お目にかかれました」

レインが柔らかな笑みを浮かべる。

「聖女様」


その笑顔は、ノーマルモードで見た彼そのもの。

でも、その瞳の奥に潜む何かが、パールの背筋を凍らせた。


テーブルの上のアメジストの花が、不安げに揺れる。

ヴィクターの魔法が、空気を冷やし始めていた。


炎と氷。

相反する二つの魔法が、静かに、しかし確実に衝突しようとしている。


(これが、ハードモードの始まり?)


パールは直感的にそう悟っていた。


***

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ