17.守護者の覚悟
カイト視点です。
翠の瞳が、朝もやの向こうを見つめていた。
カイトは王立魔法学院の最上階、自室の窓辺に立っていた。
昨日からの出来事が、まだ鮮明に脳裏に焼き付いている。
レインの救出。
三つの宝石の共鳴。
そして、運命の檻からの解放。
全ては、聖女の出現から始まった変化だった。
パールという聖女の存在が、彼らの世界に新しい風を吹き込んでいる。
「カイト様」
執事が、ノックと共に声をかける。
「陛下がお呼びとのことです」
王からの召集。
それは、昨夜の出来事が、既に王の耳に入っているということ。
カイトは深いため息をつく。
今までのように、形式的な報告では済まされない。
全てが、大きく変わろうとしているのだから。
***
玉座の間に向かう途中、アレクサンダーとすれ違った。
王太子の赤い瞳には、いつもの冷静さが欠けている。
彼もまた、変化を感じ取っているのだろう。
「カイト」
アレクサンダーが足を止める。
「昨夜の件、詳しく聞かせてもらおう」
「レインの救出は成功し」
カイトは簡潔に答える。
「その後の儀式で、世界の在り方が変わりました」
「世界の在り方、か」
アレクサンダーの声には、僅かな苛立ちが混じる。
「何故即座に報告しなかった」
カイトは黙って窓の外を見る。
クリスタリア王国の首都が、朝の光に輝いている。
この景色は変わらなくても、もう何も同じではない。
「私たちは」
カイトが静かに告げる。
「もう、決められた道筋には従わないということです」
その言葉に、アレクサンダーの表情が変わる。
王太子として、常に正しい選択を求められてきた彼にとって、その意味は重い。
「カイト様、陛下がお待ちです」
侍従が再び声をかける。
「分かっている」
カイトは歩き出す。
背後でアレクサンダーが何かを言いかけたが、その声は聞こえないふりをした。
今は、自分の覚悟を、王の前で示さなければならない。
翠の守護者として。
そして、変わりゆく世界の証人として。
***
玉座の間の重厚な扉が開かれる。
カイトは静かに進み出る。
王の前でひざまずきながら、昨夜からの記憶が蘇る。
パールの決意。
三つの宝石の共鳴。
そして、彼女の中にある、確かな光。
「カイト」
王の声が響く。
「昨夜の異変について、説明してもらおう」
カイトは顔を上げる。
王の表情には、怒りよりも深い懸念が浮かんでいた。
百年に一度の聖女の出現。
その意味が、誰の予想とも違う形で現れ始めている。
カイトは真摯に語り始める。
「レインの暴走を、聖女様と、三つの宝石の力で抑えました」
「三つの宝石が同時に」
王の声が低くなる。
「それは禁忌のはずだが」
カイトは、その言葉に静かに首を振る。
「禁忌とされていたのは、ただの思い込みだったのです」
その瞬間、玉座の間の空気が凍りつく。
だが、カイトは続ける。
もう、誰かの決めた規則に従う必要はない。
パールが教えてくれた、本当の選択の意味を、今こそ示す時だ。
「私たちは、新しい道を見つけました」
カイトの翠の瞳が、真摯な光を放つ。
「それは、誰かに決められた道ではなく、私たち自身が選び取る未来です」
「新しい道?」
王の声には、困惑と共に何かが混じっている。
それは恐れか、それとも期待か。
「はい」
カイトは毅然と答える。
「聖女様が、檻から私たちを解放してくれました」
その言葉に、王が大きく息を呑む。
檻――その言葉の示す意味を、王は知っているようだった。
「まさか、古文書に記された」
王の声が震える。
「あの伝説が」
カイトの中で、記憶が繋がっていく。
ルシアンが見つけた古文書。
王家に伝わる秘密。
全ては、繋がっていたのだ。
「陛下は真実をご存じだったのではありませんか?」
玉座に座る王の表情が、深い苦悩を帯びる。
「先代から、受け継いだ秘密がある」
「だが、それを明かせば、王国の根幹が揺らぐと思ったのだ」
カイトは黙って王を見つめる。
エメラルドの守護者として、癒しの力を持つ者として。
王の心の傷も、感じ取ることができた。
「もう、隠す必要はありません」
カイトの声は、静かだが力強い。
「私たちは、真実を受け入れることができます」
窓から差し込む光が、玉座の間を明るく照らしていく。
それは、新しい時代の幕開けを告げているようだった。
***
「百年前」
王が重い口を開く。
「最後の聖女が、この世界の歪みに気付いた」
カイトは息を呑む。
百年前の聖女。
歴史書には、その存在すら曖昧にしか記されていない。
「彼女は選択肢という束縛から、世界を解放しようとした」
王の声が続く。
「だが、失敗に終わり、」
その結果、世界はより強固な檻の中に閉じ込められた。
カイトは直感的にそう理解した。
だからこそ、守護者たちは決められた道筋でしか動けなかった。
「しかし、今回は違う」
カイトは確信を持って告げる。
「聖女様は、既に成功されました」
翠の力が、カイトの中で静かに脈打つ。
それは今まで感じたことのない、自由な鼓動。
もう誰かの決めた通りには、動かない。
王が立ち上がる。
「お前たち守護者は、これからどうするつもりだ?」
その問いに、カイトは一瞬の迷いもなく答えた。
「私たちの意思で、新しい未来を作ります」
それは、ただの決意表明ではない。
守護者としての、そして一人の人間としての覚悟。
パールが示してくれた、本当の選択の意味を、これから形にしていく。
「そうか」
王の声が、不思議な温かさを帯びる。
「私も、この時を待っていたのかもしれん」
玉座の間に、新しい風が吹き込んでくる。
カイトには分かっていた。
これが終わりではなく、本当の始まりなのだと。
玉座の間を出ると、アレクサンダーがまだ廊下で待っていた。
「王は」
赤い瞳が、真摯な光を帯びている。
「ご報告しました」
カイトは窓際に歩み寄る。
「・・・百年前の真実も」
アレクサンダーの表情が僅かに動く。
王太子として、彼もまた知らされていなかったのだろう。
王家に伝わる重い秘密を。
「私は」
アレクサンダーが静かに告げる。
「ずっと違和感を感じていた」
ダイヤモンドの守護者。
王位継承者。
その二つの重圧の中で、彼は生きてきた。
全ては決められた道筋の中で。
「これからは変わります」
カイトは遠くに見える王立魔法学院を見つめる。
「私たちの手で」
翠の力が、カイトの中で確かな意思を示す。
もう、誰かの決めた運命に従う必要はない。
それは、全ての守護者に与えられた新しい自由。
「パールという聖女の存在が」
アレクサンダーの声が、珍しく感情を帯びる。
「私たちの世界を、大きく変えていく」
その言葉に、カイトは静かに頷く。
彼女は、ただの聖女ではない。
全ての束縛から、彼らを解放してくれた救世主。
「さあ」
カイトは廊下を歩き出す。
「レインの様子を見に行くとしましょう」
新しい朝の光が、二人の背中を押していた。
それは、始まったばかりの物語の、確かな証。