10.二つの光
翌朝の練習場は、いつもと様子が違っていた。
床に描かれた魔法陣の上に、アメジストとサファイアの紋章が重なっている。
紫と蒼の光が、静かに交わっていた。
「二つの宝石の力を同時に扱うのは」
ルシアンが説明を始める。
「かなりの集中力が必要です」
パールは頷く。
昨日の練習で、アメジストの力をある程度コントロールできるようになった。
でも、サファイアは未知の領域。
「アメジストの調和があれば」
ヴィクターが傍らで告げる。
「サファイアの力も受け入れやすいはずだ」
二人の守護者の間に立ち、パールは深く息を吸う。
紫の光が、ゆっくりと体の中で目覚めていく。
そこに、穏やかな蒼い光が重なってきた。
***
二つの力が、パールの中で共鳴する。
アメジストの持つ調和の力が、サファイアの知恵の力を優しく包み込んでいく。
「その調子です」
ルシアンの声が響く。
「アメジストを中心に、サファイアを少しずつ」
魔法陣の光が強まっていく。
紫と蒼の輝きは、互いを打ち消すことなく、むしろ高め合っているようだった。
「驚きました」
ルシアンが感心したように告げる。
「これほど自然に二つの力が溶け合うとは」
ヴィクターの表情にも、僅かな驚きが浮かんでいる。
彼の予想以上の出来なのかもしれない。
パールは目を閉じたまま、その感覚を確かめていた。
アメジストの優しさと、サファイアの鋭さ。
相反するはずの力が、確かな調和を生み出している。
***
「次は」
ルシアンが一歩前に出る。
「この力で、何かを見てみましょう」
サファイアの蒼い光が強まる。
それは単なる魔力ではなく、何かを映し出そうとする力。
「アメジストで受け止めて」
ヴィクターの声が、静かに導く。
「サファイアの示す映像を」
パールの意識が、蒼い光の中へと沈んでいく。
アメジストの力が、その没入を支えている。
視界の中に、一つの風景が浮かび上がった。
見知らぬ部屋。
大きな窓。
そして――エメラルドの輝き。
「カイト様・・・?」
パールの呟きと同時に、映像が消える。
だが確かに見えた。
第二公爵家の魔法使いの姿が。
***
「はっきり見えました」
ルシアンの声には満足の色が滲む。
「サファイアは、時として未来を映すことがあります」
パールは目を開ける。
映像の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
カイトの姿。エメラルドの光。
それは近い未来の出来事なのだろうか。
「癒しの宝石」
ヴィクターが静かに告げる。
「エメラルドの守護者が、動き出すということか」
「ええ」
ルシアンは頷く。
「カイトも、聖女様の力に興味を持ち始めたようです」
練習場の空気が変わる。
アメジストとサファイアの光の中に、新たな緊張が生まれていた。
五つの宝石の守護者たちが、一人また一人と、パールの前に姿を現す。
***
「午前の練習は、ここまでにしましょう」
ルシアンが魔法陣の力を解く。
「これ以上は、聖女様の体に負担がかかります」
パールは小さく息を吐いた。
確かに、二つの宝石の力を扱うだけでも相当な集中力を要する。
そこに未来視までとなれば、なおさらだ。
「私からの提案ですが」
ルシアンがヴィクターに向き直る。
「午後の練習は、図書館でいかがですか?」
ヴィクターは一瞬考え、そして頷いた。
サファイアの知恵の力を扱うなら、確かにそちらの方が適している。
パールは二人の守護者を見つめる。
昨日までの緊張は消え、そこにあるのは不思議な感覚。
アメジストとサファイア。
その二つの力は、これからどこへ導いていくのか。
***
昼食後、パールは図書館へと向かった。
今度は地下ではなく、館の東側にある大きな図書館。
窓から差し込む陽光が、書架の間を明るく照らしている。
「ここなら」
ルシアンが本を手に取る。
「サファイアの力を、より自然に使えるはずです」
知恵の宝石は、古い知識との相性が良く、知識が集積された図書館はうってつけなのだろう。
その力で、歴史や意味を紐解いていくことができるなら。
アメジストの調和の力と組み合わせることで、さらに深い理解が得られるのかもしれない。
「エメラルドの守護者」
ヴィクターが窓際で腕を組む。
「カイトが現れるとすれば、いつになる」
「それを」
ルシアンが微笑む。
「これから探ってみましょう」
パールの前に、一冊の本が置かれた。
その表紙には、五つの宝石が描かれている。
アメジスト、サファイア、そしてエメラルド。
三つの光が、これから新たな展開を示そうとしていた。
「この本は」
ルシアンがページを開く。
「三つの宝石の関係性について記されています」
アメジストの調和、サファイアの知恵、そしてエメラルドの癒し。
それぞれの力は、互いに影響し合っているという。
「特に」
ルシアンの指が、一つの図版の上で止まる。
「エメラルドは、荒ぶる力を癒し、穏やかにする性質を持つ」
その言葉に、パールは思わず身を乗り出す。
朝の未来視で見た光景が、新たな意味を帯びて蘇ってくる。
カイトの登場には、宝石たちの力を穏やかに導く目的があるのだろう。
***
「カイトは」
ヴィクターが窓辺から声を上げる。
「王立魔法学院の筆頭魔法使いだ」
パールは頷く。
ノーマルモードでは、魔法の指導者として現れたはず。
その立場は、この世界でも変わらないのだろう。
「そして」
ルシアンがページをめくる。
「エメラルドの守護者の中で、最も優れた癒しの力を持つ」
古い記録によれば、エメラルドの力は時として奇跡を起こすという。
傷を癒すだけでなく、魂の痛みさえも和らげる。
そして何より、暴走する力を静める。
図書館の窓から、夕陽が差し込んでいた。
その光に照らされた本の表紙で、三つの宝石が輝きを放つ。
紫、蒼、そして翠に輝いて。