9.碧眼の守護者
「・・・その通りです」
ルシアンは優雅に頭を下げる。
「ご無礼をお許しください」
その態度の変化に、パールは戸惑う。
まるで、最初から全てを見越していたかのよう。
「サファイアの試験は、これで十分です」
ルシアンが続ける。
「聖女様の意志の強さが確認できました」
「試験?」
パールが問いかける。
「はい」
ルシアンの碧眼が、真摯な色を帯びる。
「前世の記憶に飲み込まれない強さ。それこそが、私たちの求める聖女の資質です」
ヴィクターの表情が、僅かに動く。
彼もまた、この展開を予想していなかったようだ。
「もっとも」
ルシアンが微笑む。
「アメジストの守護者の教育が、ここまで効果的だとは思いませんでしたが」
***
「それは」
ヴィクターが一歩前に出る。
「パール自身の力だ」
「ええ、その通り」
ルシアンは頷く。
「ですが、その力を引き出したのは、間違いなくあなたでしょう」
大広間に、静かな緊張が流れる。
二人の守護者の間で、パールはじっと息を潜めていた。
「さて」
ルシアンが胸元のサファイアに触れる。
「本題に入りましょうか」
青い光が、穏やかに広がっていく。
先ほどの威圧的な輝きとは違い、知性的で落ち着いた光。
「私たち守護者には、それぞれの役割がある」
ルシアンの声が、講義をするように響く。
「アメジストが調和なら、サファイアは知恵といったように」
***
「そして、知恵とは」
ルシアンが歩き出す。
「過去を知り、未来を見通すことです」
その言葉に、パールは息を呑む。
アレクサンダーが見せた過去。
そして、これから進むべき道。
「サファイアには、真実を見抜く力がある」
ルシアンが説明を続ける。
「ダイヤモンドが映し出す真実とは、また違った形で」
「違った形?」
「ダイヤモンドは、良くも悪くもあるがままの真実を映す」
碧眼がパールを捉える。
「サファイアは、その意味を解き明かすことができるのです」
パールの背筋が伸びる。
ルシアンの視線には、何か重要な意図が隠されているような気がした。
「私が、今日ここに来たのは、ある危険を察知したからです」
***
ルシアンの言葉が、パールの心に重く沈んでいく。
封印は目的ではなかった――その意味するところに、底知れない不安を感じる。
アレクサンダーが見せた映像の中で、最後の聖女は確かに何かを恐れているような表情を浮かべていた。
窓の外では、サファイアの青い光が庭園を照らしている。
アメジストの花々が、その光に呼応するように揺れる中、パールは自分の中に眠る記憶の欠片を必死で探っていた。
封印の理由。宝石が分かれた真実の目的。
それは、きっと自分の中のどこかにあるのだと。
ヴィクターの気配が近づいてくる。
彼もまた、この展開を予想していなかったのだろう。
だからこそ、サファイアの守護者の真意を見極めようとしているに違いない。
パールは深く息を吸った。
目の前には、知恵の宝石が示す新たな試練が広がっている。
それは単なる記憶の呼び覚としではなく、もっと深い意味を持つもののはずだ。
***
ルシアンの言葉に、大広間の空気が変わった。
窓の外では、サファイアの青い光が庭園を静かに照らしている。
アメジストの花々が、その光に呼応するように揺れていた。
「最後の聖女は」
ルシアンが続ける。
「宝石の力が暴走する前に、自らの意志で封印を選んだのです」
パールは息を呑む。
アレクサンダーが見せた映像の中で、確かに聖女は何かを恐れているような表情を浮かべていた。
封印は最後の手段であって、本当の目的は別にあったのかもしれない。
ヴィクターが一歩前に出る。
その背中には、明らかな緊張が滲んでいた。
サファイアの守護者の真意を、彼もまた見極めようとしているのだろう。
「その力の暴走が」
ルシアンの碧眼が、真摯な色を帯びる。
「再び始まろうとしています」
***
パールの胸に、昨日の記憶が蘇る。
レインのルビーに反応し、制御を失いかけた力。
アレクサンダーのダイヤモンドが呼び覚ました前世の記憶。
そして今、サファイアが示す新たな警告。
「本来一つだった宝石の力は」
ルシアンの声が静かに響く。
「分かれていることで、不安定な状態が続いています」
パールは自分の手のひらを見つめる。
確かにその通りだ。
アメジストの力でさえ、時として制御が難しい。
まして五つの力が共鳴すれば。
「だからこそ」
ヴィクターが告げる。
「一つずつ、慎重に行わなければなりません」
その言葉に、ルシアンが小さく頷いた。
碧眼に浮かぶ色は、もはや試験官のものではない。
同じ危機感を共有する、守護者としての眼差し。
サファイアの光が、より穏やかな輝きを放ち始める。
それはパールの不安を溶かしていった。
***
「ヴィクター様」
パールが声を上げる。
「私、ルシアン様の提案を受けてみたいです」
その言葉に、二人の守護者の表情が変わった。
ルシアンは穏やかな満足の色を浮かべ、ヴィクターは一瞬の驚きの後、静かに頷く。
サファイアとアメジスト、二つの宝石が同時に輝きを増す。
蒼と紫の光が、大広間の空気を優しく染めていく。
その光の中で、パールは確かな手応えを感じていた。
これは正しい選択なのだと。
アメジストだけでなく、他の宝石の力も理解していかなければ。
ただし、今度は自分のペースで。
誰かに強いられるのではなく、自分の意志で。
「では」
ルシアンが微笑む。
「明日から、サファイアも加えていただきましょう」
窓の外では、夕暮れが近づいていた。
アメジストの花々の間に、サファイアの蒼い光が溶け込んでいく。
二つの宝石の輝きが、静かに大広間を包み込んだ。