1.異世界召喚、そして選択肢の始まり
「やっと解放された・・・!」
仕事から帰宅した波瑠は、パソコンの前で目を輝かせていた。画面には「聖なる宝石の守護者」のタイトル画面。待ちに待ったハードモードが解放されたのだ。
「ノーマルモードは全ルートコンプリートしたし・・・」
波瑠は満足げに画面を眺める。推しは、黒髪の宮廷魔法使いカイトと、クールな印象のヴィクター。ノーマルモードではストーリー後半でしか出会えなかった二人だが、今回は最初から狙えるはず。
「攻略サイトも一通り見たことだし、大丈夫よね・・・?」
少し不安がよぎる。ハードモードは選択肢を間違えると即バッドエンド。それも残酷な死に方をするという噂だった。
「まあいいや、セーブポイントはいっぱいあるし!」
意を決して、波瑠はハードモードを選択する。
その瞬間だった。
画面が眩い光を放ち、部屋の中に魔法陣が浮かび上がる。
「え・・・?」
床から浮き上がる感覚。そして、意識が遠のいていく。
***
「うっ・・・」
目を開けると、そこは豪華絢爛な大広間。天井まで届きそうな巨大な窓からは陽光が差し込み、大理石の床が光を反射して眩しいほど輝いている。
「痛っ・・・」
尻もちをついた波瑠の目の前に、ステータスウィンドウが浮かび上がった。
『名前:パール(旧名:波瑠)
身分:聖女候補
ステータス:混乱』
「なにこれ!?」
慌てて周囲を見回すと、そこには見覚えのある5人の美男子が立っていた。
栗色の短髪に燃えるような赤い瞳。紛れもなく王太子アレクサンダーだ。
「これが聖女候補か・・・」
冷ややかな視線に波瑠は思わず背筋を正す。
「ようこそ、可愛らしい聖女様」
にこやかに微笑むのは、金髪碧眼のルシアン。その軽い物言いは、ゲームそのままだった。
長い黒髪を靡かせる宮廷魔法使いカイトは、まるで波瑠など存在しないかのように無関心を装っている。それでも、その切れ長の瞳が一瞬だけ波瑠を捉えたのが分かった。
ヴィクターは、美しい銀髪の持つ印象通り、冷淡そうな、明らかに警戒的な眼差しを向けてきた。ノーマルモードでは後半の重要キャラクターだったはずなのに、なぜこんな早い段階で・・・?
「面白い子が来たね」
茶褐色の髪をかき上げながら、レインが好奇心に満ちた視線を送る。
(やばい、これ完全に聖ジュリの世界じゃない!?)
***
パニックになりそうな波瑠・・・いや、今やパールの前に、選択肢が浮かび上がる。
①パニックを起こす
「申し訳ありません!私にはこんな大役は務まりません!」
②冷静に状況を確認する
「突然の召喚で戸惑っておりますが、状況を教えていただけますでしょうか」
③とりあえず謝る
「突然現れて申し訳ございません」
(どれを選んでも死にそう・・・でも、ここは冷静に・・・!)
パールは深く息を吸い、②を選択した。
「突然の召喚で戸惑っておりますが、状況を教えていただけますでしょうか」
その瞬間、5人の胸元に輝く宝石が一斉に反応する。眩い光が部屋中を包み込んだ。
「これは・・・!」アレクサンダーが身を乗り出す。
「間違いない、彼女が聖女だ」ルシアンの声には珍しく緊張が混じっている。
「本物の聖女の力・・・」カイトでさえ、無関心を装えないほどの衝撃を受けているようだった。
(え、ちょっと待って)
パールは混乱していた。
ノーマルモードとは、明らかに展開が違う。
そもそも、こんな早い段階で全員と出会うなんて。
「では、これより儀式を」
老宰相らしき人物が前に出てくる。
その手には、分厚い古文書が。
***
「聖女の資質は確かに認められました」
老宰相の声が、大広間に響く。
「しかし、まだ若く教育が必要です」
(教育?)
パールは記憶を手繰り寄せる。
ノーマルモードでは、最初から王宮に住むことになったはず。
でも、ハードモードは攻略サイトを見る前に来てしまった。展開が分からない。
「では、どちらの家が」
アレクサンダーが口を開く。
「聖女を引き取るのか」
(え?)
「私の家で」
ルシアンが優雅に一歩前に出る。
「サファイアの力を持つ者として」
「いや、我が家こそが」
レインも名乗りを上げる。
「ルビーの守護者として」
次々と候補が上がる中、パールは焦り始めていた。
(ちょっと待って、こんな展開聞いてない)
その時、全員の宝石が再び反応を示す。
特に、ヴィクターの胸元のアメジストが強く輝いていた。
「これは・・・」
老宰相が目を見開く。
「アメジストが聖女を選んでいる」
「まさか」
ヴィクターの声が、冷たく響く。
「我が家に、ですか?」
***
「これは神意」
老宰相が厳かに告げる。
「ムーンライト家の養女として、聖女を預かっていただきたい」
(ヴィクターの家!?)
パールは思わず彼を見上げた。
銀髪の貴公子は、明らかな不快感を露わにしている。
(やばい、これノーマルモードと全然違う)
ノーマルモードでは、ヴィクターとの出会いは物語の後半。
しかも、彼は徐々に心を開いていく、ツンデレ系のキャラクターだったはず。
「異議あり」
ヴィクターが凍てつくような声で告げる。
「我が家は聖女など」
「ヴィクター様」
彼の後ろに控えていた執事が、静かに制する。
「これは陛下のご意向です」
場の空気が凍りつく。
パールは自分の立場に戸惑いを覚えていた。
(攻略サイト、見とけばよかった・・・)
「では、明日より」
老宰相が告げる。
「ムーンライト家にて、聖女の教育をお願いいたします」
ヴィクターの冷たい視線が、パールに突き刺さる。
(これ、完全にバッドエンドフラグじゃない!?)
***
「では、聖女様をご案内いたします」
執事に導かれ、大広間を後にする。
背後には、様々な視線を感じた。
アレクサンダーの冷静な観察。
ルシアンの興味深そうな眼差し。
カイトの一瞬の躊躇い。
レインの好奇心。
そして、ヴィクターの露骨な拒絶。
(全員と早々に会えたのは良いけど・・・)
廊下を歩きながら、パールは状況を整理する。
まず、これはハードモード。
選択肢を間違えると即バッドエンド。
しかも、攻略情報なしで始めることになってしまった。
そして、最も警戒的なヴィクターの家に引き取られる。
ノーマルモードなら後半で出会うはずの彼と、最初から生活を共にすることに。
(どうしよう・・・)
「聖女様」
執事が立ち止まる。
「明日の朝、馬車でお迎えに参ります」
「はい、ありがとうございます」
「それと」
執事は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「ヴィクター様のことは、お気になさらないでください」
(気にならない方が無理でしょ!)
***
その夜、パールは仮の居室で天井を見つめていた。
(ノーマルモードと展開が全然違う)
記憶を整理する。
ノーマルモードでは、最初にアレクサンダーと出会い、王宮で暮らすことに。
その後、順番に他のキャラクターと出会っていく。
特にヴィクターは、物語後半の重要な存在だった。
(なのに、ハードモードでは)
いきなり全員と対面。
しかも、最も難しいと言われるヴィクターの家に。
「攻略サイトも見てないのに・・・」
枕に顔を埋めて、小さくため息をつく。
選択肢が出るたびに、即死エンドの可能性がある。
しかも、セーブ機能なんてない。
(でも)
パールは決意を固める。
「全ルートハッピーエンドにしてみせる」
ゲームの中とはいえ、ここは現実。
死ぬわけにはいかない。
明日からは、最も警戒的なヴィクターと同じ屋敷で。
他の攻略対象たちとも、これから関わっていく。
「バッドエンドフラグは、絶対に回避してみせるから!」
窓の外では、満月が銀色に輝いていた。
※修正
同じブラウン系でもアレクサンダーは栗色の短髪、レインは茶褐色としました。