一風変わった葬儀屋
[人の不幸は蜜の味]
人の話し声が裏道にも入り込む。
コツコツと鳴らしながら歩く私の足音。ハイカットのスニーカーにローブ。手首にはギラギラの装飾品。
どこから見ても魔道士の格好だ。
そして相棒の黒うさぎを肩に乗せている。
そんな私の最近の悩みは、私の兄弟が手紙を返してくれない事だ。
どんな兄弟か教えて欲しいって?
それはな死ぬほど美しく私と同じ黄色い瞳を持った人間だ。そして最近恋人ができたらしい。変なやつだったら私が成敗すると決めている。
断じて私はブラコンではない。
少し歩いた先にはボロボロの小屋が建っていた。そこのドアともいえないツギハギのカーテンをくぐり、中に入る。床を踏むと、〈カラン〉と音を立てながら少し軋む。
分厚いたくさんの本。瓶とギラギラの装飾品。全体的に古い家具しかない部屋には一個だけ豪華な棚がある。
コートを椅子に雑にかけ、入口に向かう。そして、立つタイプの看板を外に出す。
看板には『葬儀屋 やってる』と雑に大きな文字で書かれている。
『葬儀屋』
死んだ人間をあの世に送る仕事。
だが私の仕事は違う。私の仕事は……、
〈カラン〉 すまない誰か来たようだ。
だがこれから起こる事を見れば私の仕事がわかるだろう。
今日もまた微笑みを途切れさせないように。
私は笑った。
「すいません、いらっしゃいますか?」
「はい」
と声をかけられ立ち上がる。
紫のクマが目を際立たせる。これは客人だな。
いつも何時でも私が座る椅子は軋んでいる。そして、客人を豪華な椅子に座らせる。おお地味に顔がいいじゃん。
「で、どうしましたか?」
「友達、いや恋人が自殺してしまって」
あるあるだな。友達または恋人の自殺。何でそんなに思い悩むのだろう?
それほどの思い入れがあったのか、それとも上手くいっていたのか、はたまた責任を感じているのか。
「そうですか」
「その、あれください」
「代金は?」
客人はバックに手を突っ込んでガサゴソと中をあさる。
「こ、これで」
その手には黄色の宝石のハマった指輪を差し出してきた。
この指輪はなかなかの高級品だ。婚約指輪だろつか? 私はその指輪をマジマジと見つめた後、
「確かに」
その指輪を受け取った。
そして後ろに歩き出し、豪華な棚の中にその指輪を落とす。
その棚の中には今までの客人から代金として貰った物が数多く雑に仕舞われている。
輝く大きなネックレスに腕輪、腕時計どれも高級品ばかりだ。
棚の上にある分厚いファイルから紙を取り、差し出した。契約書みたいなものだ。
「こちらに記入事項を」
「はい」
涙を拭いながら震える手でペンを持ちながら書く姿は本当に面白い。
暫く待ち提出された紙に目を通す。そして、
「ありがとうございます」
と返事をした。
その紙に書かれた名前を少し埃が被った機械に打ち込む。私はその名前に見覚えがあった。
そして少し笑いボタンを押す。とその前に私は、
「本当によろしいですか?」
と客人に問いかけた。
目を逸らし小さく頷く客人。私は振り返り、ボタンを深く押し込んだ。
そして暫くの間手紙を待った。
数分後〈チンっ〉と高い音が静寂を極めた室内に響く。ポストの中には一通の手紙が入っていた。黄色がかった白い紙に赤いシーリングスタンプが押されていた。
映画に出てきそうな手紙だ。
「届きましたよ」
と手紙を手渡す。震え手で受け取られその手紙を恐る恐る開けている客人。
その一つ一つの動作が鳴らす音が大きく聞こえる。
もう既に手紙は歪んでいた。
暫く読んだ後、客人は涙をポロポロと流し始めた。その顔は絶望に歪んでいた。
そして、読んだ後の第一声は、
「指輪……返してください」
だった。私は薄っぺらい笑顔を浮かべ
「無理です」
と絶望に陥れる言葉を口にした。
あぁ、この瞬間が最高に楽しい。
「な、何で」
「書いてあったでしょ、紙に」
私は契約書をひらりと客人の前にちらつかせる。その一文には
『ボタンを押した瞬間から契約は破棄できない』と書かれている。それも赤字で。
「ほら出口はこちらですよ」
手を出口の方に向ける。
「……」
トボトボとした足取りで出口に向かう客人。来る前よりも目が死んでいる。
ここに来れば助かるのでも思ったのだろうか?
「手紙は差し上げます」
「……はい」
もう半殺し状態だ。
あんなに絶望の顔をした原因をあげるというのだ。
「今宵の月が滲む事ないように。」
私は客人を見送った。その時客人はこちらを目を見開き振り返った。
人の不幸は蜜の味。
私は大切な人が死んでしまったらどうするだろうか? 多分私はその人の後を追うだろう。
客人の足音が完全に聞こえなくなった後、私は指輪をしまった棚へと足を運ばせた。
そして指輪を手に乗せウサギに喋りかける。
「これは何の宝石か?」
『ん? これか』
と言ううさぎ。なんとも言えないハスキーボイスだ。
「そそ」
『あーこれはトパーズだな』
「トパーズか」
私は棚に置いてある本を取り出しトパーズの意味を調べた。
その意味を見て私は思わず笑ってしまった。
『なんだったんだ?』
「教えな〜い」
『はぁ?』
私はもう一度棚の中に指輪を落とした。
ジャラッと音を立て棚の中に仕舞われた指輪を見つめ私は棚を思いっきり閉めた。
私は死んだものからの手紙を預かることができる。だが私はその行為に代金を要求する。
その人物と深く関わりのある装飾品だ。
なんでもいい、だが値段が高いほど長い手紙が送られてくる。
私は『葬儀屋』と言う看板をかけているがやっている事は死神に近いと思っている。
そういえばさっきの手紙にはなんで書いてあったのだろう?
ふと気になり私は取っておいたレプリカを取り出した。
そして手紙を開き目を通した。
『死んじゃってごめんな。
こんなに軽く言う事じゃないかもだけど……。
あれが一番楽しかったな。水族館‼︎
特にあれペンギンのショー。普通はイルカとかなのにあそこはペンギンだったじゃん。
あれはこの世に来てからも忘れる事ないな。
後はさ貴方が買っていた指輪。
バレバレだよ。あんなにわかりやすいものかと頭を抱えた記憶があるぞ。
仏壇の前にでも置いといてくれ。楽しみにしとくわ。もし兄貴にあったら宜しく。愛しているぞ。
今宵の月が滲む事ないように。』
その手紙の字は茶色いインクで書かれ殺伐としており、なんだか面白い文面だった。
いつもの私なら爆笑していただろう。だが私は爆笑できなかった。
黄色い宝石のハマった指輪は恋人の瞳の色を表していたのではないか?
恋人ができたと喜んでいた黄色い瞳を持った人物を私は知っている。
この手紙を書いた人物の名前は?
そして何よりも最近私に手紙を出してこない人物がいる。
何よりも最後の挨拶が私の家に伝わる言葉だ。
そう私の兄弟だ。
あぁ死んだのか。私の兄弟は。
世界で唯一の私の血縁者ではあり世界で唯一の私の兄弟。
そうか自殺か……。私に相談してくれなかった。
だけど気づけなかった私も私だ。
まぁ、私の兄弟のことだからまた会えるだろう。今は『死神相談所』みたいな看板でもかけているのではないか?
あぁ本当に笑えない。
心の底からこんなに絶望に打ちひしがれたのは初めてだ。
後悔とはこんな味なんだな。
『おいどうしたんだ』
とうさぎが話かけてきた。
「うん、兄弟が死んじゃった」
『それは平気なのか?』
「不思議なことに涙が出てこない。これも長く生きすぎた代償かな」
『そ、そうか』
「まぁ、私はまた会えると信じているからね」
『そうだな』
「行ってくる」
もう完全に日が落ち、夜の街と化した世界。
私は家から足を出した。
そして、私は夜の闇とへ消えていった。
もう二度とうさぎの前に姿を表す事はなかった。
『私は大切な人が死んでしまったらどうするだろうか? 多分私はその人の後を追うだろう。』
自分の不幸は毒の味
読んで頂きありがとうございます。
『一風変わった葬儀屋』はこれにて終了です。
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