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昨日は冬美の家でご飯を食べ終わりコーヒーで一服していると、すぐに携帯が鳴り、お開きとなった。
まあ、食事を取る前に連絡があり、こうなるかもとは思っていたのだが、まさか本当にご飯を食べてすぐ、はい、さよならとなるとは思っていなかったので、2人にはかなり悪いことをしたなと思う。
お詫びの印として、後で菓子折りでも持っていくか?なんて考える信也だったが、デザートで出てきた、秋穂お手製のバニラアイスの出来を考えると、下手なお菓子では逆に失礼ではと思い、カナ姉たちに相談しようかとも思ったが、とりあえず冬美の方が秋穂の好みに詳しかろうと思い、今日中にその機会を作ろうと心に決めた。まあ、冬美もその方が好きなのものが食べられていいだろうというのもあるしな…。
信也はそうして今日やることのうちの一つを決めると、イスを引き、机の中に教科書類を入れようとする。
すると…一枚の手紙がヒラヒラと舞った。
「ん?」
手紙を拾った信也はその内容を見た瞬間、「っ!?」となり、準備をし始めたばかりのカバンを放りだしたまま、駆けるようにして階段を上っていく。
信也の教室は3階にあるので、時間にしてほんの僅かで、指定された場所である屋上へとたどり着き、重い扉を体重をかけるようにして押し開けた。
すると…。
「ん?お前は確か…。」
そこにいたのは、青みがかった黒髪の美少女だった。髪の長さは肩にかかるくらい。顔立ちは表情があまりないからだろうか、どこか作りものの人形のように整っていた。身体つきはスレンダーで、胸はそれほどなさそうだが、どんな服でも似合うのが一目でわかってしまうほどに美しいものだった。
「長谷川亜実。聞いたことない?」
長谷川亜実。
信也はその名前をどこかで聞いた覚えがあった。
確か春香と付き合う前あたりに、カナ姉が言っていたんだったか?
『信也くん、確か長谷川亜実っていう娘、同じ学校だったよね?』
『?』
『?知らないの?最近雑誌で表紙飾ったりするくらいの娘なんだけど…。』
『あっそ。そんなことより、ご飯どうする?』
『………うん、知らないならいいの。お姉ちゃん、安心しちゃった。(表情を見る限り、嘘はついていないかな?よかった…変な虫が付きそうになくて。)』
『アタシ、久々にラーメン食べたい!』
『えっ…ミイちゃん、私は蕎麦のほうが…。』
『はあ…そんなだから、メイちゃんはダメなんだよ…。』
『だ、ダメっ!?』
『そう、あなたはメイちゃん失格っ!!』
『が〜ん…。』
『なら、支那そばにしたら、どうかしら?それなら、結構さっぱりしてるだろうし…。』
『もう〜、しょ〜がないな〜、カナ姉に感謝するんだね、メイちゃん!!』
『ううう…ありがとう、カナ姉。』
『あっ、俺も蕎麦がいい。天ざる食いたい。』
『『『……よし、蕎麦にしよう。』』』
『あれ〜?ミイちゃん、いいの〜?』
『くっ…メイちゃん…なんて性格の悪い。いいんだよ!私、鴨汁にして、天ぷらも食べるから。程よい油が欲しかっただけなんだから。』
『あらあら。』
とか言っていたんだったか?なんか後半、飯どこに行くかという話しかしてなかった気がするが…。
閑話休題。
確かに、親やカナ姉たちのおかげで美女、美少女を見慣れているせいか、普通ならたとえ美人でも会話くらいはしなければ、認識することすらまったくできない信也でさえ、クラスにいたことくらいは覚えている程度に、亜美という彼女は美人だった。
これならば、信也でも雑誌を表紙買いしてしまうかもしれない。
そんな普通の男だったら、緊張の一つでもしそうな相手にも関わらず、信也はなんでもないことのように聞いた。
「…この手紙、お前が出したのか?」
「…そうよ。」
『信也くんへ、屋上で待ってる。いつまでも…いつまでも…。』
そこにはそう書かれていた。
信也は窺うようにして聞いた。
「……で…いつから待ってたんだ?」
「……え?」
見た様子から、制服も汚れなんかもなく割としっかりとしているし、目の下に目立つクマなんかがあるわけでもない。だから信也の心配は杞憂に違いないと思ったのだが、これだけははっきりさせておかねば…。
「…だから…いつから?」
「じゅ、十分くらい前…かしら?」
十分。……よし、セーフだな…。
「…はあ……よかった。マジでよかった。」
信也はホッと一息をつくと、亜美は疑問符を浮かべて聞いてくる。
「?なんでそんなに慌ててたの?」
「……いや、そりゃ、慌てるだろ。あんなこと書かれてたら…。」
『信也くんへ、屋上で待ってる。いつまでも…いつまでも…。』
手紙の問題部分が生まれた経緯は、放課後ではなく、朝学校に来てすぐの呼び出しなので、亜美が少しくらいロマンチックにしようと思って付け足したというもの。
しかしながら、信也としては、それがいつ入れられたのかわからず…ないとは思うが、もし昨日だったらと思ったら、居ても立ってもいられなかったのだ。
こんな思考になったのは、信也がよくファンレターを見るからで、それを読むと、ほんの数割…いや、数割ものそれが、まるで本当にこういうことをしそうな雰囲気のあるそれだったのだ。
でも、亜美にそんなことはわからない。あれは亜美にとってのロマンチック。それ以外の何物でもないのだから。
「まあ、いいわ。あなたに話があるの。」
真剣な亜美の様子に、告白か?とほんの一瞬思ったのだが、朝方だし、雰囲気もなんとなくだが、春香の時と違い、それはないと思い直すと、信也は真剣な目で彼女を見た。
「……あなた…【シグマド】の【SHINYA】でしょ?」