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「はい、お待ちどおさま。」
シンプルになんのソースも掛かってはいないが、いい焼きめのついたハンバーグ。トロリとした肉、煮崩れしていない野菜がゴロゴロと入ったビーフシチュー。レタスにトマト、皮の剥かれた湯でアスパラのサラダはお好みでドレッシングを掛けて食べろとテーブルに数本のそれが置かれていた。
秋穂の作った料理の数々を見て、まず、プロ並みの腕前というやつだろうか?なんて感想が出てくるほどに、見て、また漂ってくる食欲を刺激する匂いをかいで、素晴らしさがわかった。
まあ、でも、信也には、むしろこちらの方が気になることがあり、それについて聞いてみることにした。
「ん?あれ?…秋穂さん、その格好は…。」
と、信也が尋ねると、気がついてくれたことが凄く嬉しいというように微笑み、ぶつからないようにテーブルから一歩引くと、信也にしっかりと見てもらうため、クルリと一周してみせた。
「どうかしら?似合うかな?ちょっと若作りしすぎかもだけど…。」
秋穂が着ていたのは、胸元が大きく開いた紫のイブニングドレス。信也としては、見慣れた服装だったが、家の中で着るのは不適当な気がした。
しかし、秋穂はかなりの美人で、スタイルも良かった。だからだろう。そんな考えに至るより前に素直な言葉が出たのは…。
「ああ、綺麗だな。」
「っ!?ありがとう、信也くん♪」
秋穂は信也の言葉に、その言葉を待っていたのだと、まるで乙女のように笑うと、余裕が出てきたのか、もじもじとこちらを羨ましげに覗いている、娘である冬美のことについても言及しだす。
「ねえ、信也くん。さっき見たんだけどね…着替えてきた冬ちゃんも可愛いのよ♪」
「なっ!?」
そんな驚きの声がキッチンの方から、聞こえたのが、信也にもわかった。当然のことながら、秋穂もそれを聞いているのだが、それでやめることなく、むしろそのことに笑みを強くすると、さっさと出てきなさいという後押しも込めて、言葉を続けた。
「ほら、信也くんも知ってるかもだけど…ちょっとこの娘、男勝りでしょ?だから、普段、スカートは苦手だって履かないんだけど、今日は信也くんがいるからって…。」
「か、母さん!ちょ!そこまで!!そこまでだっ!!それではまるで私が…。」
「っ!?」
そう慌てた様子でキッチンから出てきたのは、冬美。彼女は驚く信也のことを見るなり、同じく「っ!?」となり、そして、自分の格好を見つめると、真っ先に恥じらうようにして自分の身体をかき抱いた。
冬美が着ていたのは、水色のワンピースだった。デザインはシンプルで、縁取りにレースが使われているという上品なもの。
水色の色合いも、これ以上色が濃ければ、凛々しさが前に出てしまうだろうというギリギリのもので、引き出された冬美の年相応の可愛いらしさに、彼女の恥じらいが合わさり、正直、信也としてもグッとくるものがあった。
「…ほら、冬ちゃん。えいっ!!」
「か、母さんっ!?えっ?…きゃっ!!」
いつの間にか、冬美の背後に回り込んでいた秋穂が冬美の背中を押し、冬美が踏みとどまると、丁度信也の懐へと飛び込んでしまう。
「す、すまないっ!!」
そう謝り、すぐに離れると、覚悟を決めたように、小さく頷き…母である秋穂と同じようにクルリと回ってみせた。
「……ど、どうだ?に、似合う…か?」
「え?……ああ。可愛いんじゃないか。」
「…えへ、えへへ。」
「「……。」」
見つめ合う2人。
信也と冬美のその空気はどこか甘く、秋穂としてもその雰囲気の中にいたいとは思ったのだが、このままではせっかくの料理が冷めてしまうのでと心を鬼にして、パンパンと手を叩くと、ちゃっかり信也を自分の隣に座らせ、冬美の睨むような視線をどこ吹く風と流し、食事を始めた。
(だって冬ちゃんの方が美味しい思いしたでしょ?後押しもちゃんとしたし、これくらいは…ね♪)
「…「「いただきます。」♪」」
信也はリンゴジュースで口を潤すと、まずビーフシチューから口にした。
「…美味いな。」
信也のその言葉に2人はホッと胸を撫で下ろし、各々食事をし始めた。
そして、いくらか食べ進めたあたりで、ふと気がついたのか、信也がこんなことを口にする。
「でも、良かったのか?急にお邪魔しちゃって。だってこれは…。」
信也はなんとなく食べ進めるうちに気がついた。
…おそらくこれは春香に出されるはずのものだったのではないかと…。
そして、冬美も冷蔵庫を見て気がついてはいたが、そのことは考えず、姉が帰って来る前にでも新しいものを買ってきて準備すればと、答えを先送りにしていたのだ。
「そ、それは…チラッ。」
しかし、信也がそのことに気がつけば話は別。どうしようかと思い、助け舟を求めると……。
「?うん、問題ないわよ。信也くんなら、いつだって来てくれてOKよ。むしろ大歓迎♪今日だって、信也くんが来てくれなきゃ、せっかくの頑張って仕込みをした料理が無駄になっちゃったかもなんだから。」
なんでも冬美たちが帰ってくる前に、春香から急に連絡があったらしい。
『お昼いらない。夜もわかんない。』
と、秋穂はせっかく時間を掛けて下準備をしていたので、内心かなり呆れていたが、子供というやつはそんなものだろうと思って、納得してもいた。
むしろ今回の冬美のようなケースの方が異常なので、今度こういうことがあったら、気にせず信也と遊んで来なさいと暗に伝えるようにと、春香のことを思い出した秋穂は軽口を叩くことにした。
「…でも〜、普通ご飯食べにいくとかだったら、お家に呼んだりしないんじゃない?私、冬ちゃんのセンスちょっと疑うんだけど…。」
秋穂としては、こう言えば、冬美がそれに噛みついて、ちょっと怒り、次からは春香のようにするなどと口にすることを予想していたのだろう。
…しかし、冬美は秋穂の想像以上に優しく育っていたらしい。
「し、仕方がないじゃないか!!だって、母さんが進学と進級祝いにご馳走作るって張り切っていたんだ!!…見ていて、それを無下にすることなどできるわけ無いだろう!!」
「ふ、冬ちゃん…。」「…冬美。」
その言葉に秋穂は感動し、目元を緩ませ、そして、信也も傍から見えはしないが目元を緩ませ、優しく微笑んでいた。
冬美を包み込む、優しい雰囲気。
その空気感に耐えきれず、冬美は視線を落とすと、料理に向き合い、「流石、母さんだ!!美味い美味い!!」と話しかけられまいとしていて…。
そんな様子を見た信也と秋穂は顔を見合わせると、クスリと笑い合った。