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きっちりとスーツを着こなした女性が携帯電話片手に駅の改札から入って少しのところにいた。


寝癖一つもない後ろで括られた長い黒髪に、指紋一つ付いていないメガネのレンズ。


シミ一つない肌にされた化粧は薄めで、薄くつけられたマナー程度の香水。


容姿は整っているのだが、それは分かりづらく、あまりにきっちりしているその様と性格は同僚たちを引かせる。


的井静香は現在、尾行の最中だった。


彼女が時折視線を送るその相手というのは…っと動いた!


女性に手を引かれていく髪で顔が隠れた男。


その後をついて行き…。


『間もなく電車が発車致します。駆け込み乗車はご遠慮ください。』


タタタタタンッ。


プシュー…。


「コラーッ!!なにやっとるんだ!危ないだろうが!!」


目標の隣の車両に走り乗った静香に外で駅員が怒っており、乗車している客たちも何人かは訝しげに静香のことを見ていた。


しかし、電車が動き出し、彼女が「…ふぅ…危うく乗り遅れるところでした。」と無表情で口にすると、おっちょこちょいなクールさんだと思ったのか、人々の興味は失われていく。


静香は誰もこちらを見ているものがいないことをさらりと確認すると、ポケットの中でメモ。


【SHINYA、午前9時10分、電車に乗車。】


【SHINYA、午前9時11…12分から、三瀬秋穂と談笑。どうやら水族館に行くらしい。】


さて、この電車で行くとなると……ああ…ここですか…

…あっ…。


静香は、そして、自分の隣にいつの間にかいた人物に気がついた。


内心心臓が口から出そうなほどバックンバックンだったが、それを表に出さないようにして尋ねる。


「…ど、どうしてあなたがここに…。」


「さあ…どうしてでしょうね…お静ちゃん。」


同じくスーツ姿の初音はニコリと笑った。


初音が信也の異変に気がついたのは、信也が帰宅してすぐのこと。


初音との「おかえりなさいませ。」「ただいま。」という普段のやり取りを済ませると、信也は自室へ。


その時、ほんの一瞬だが、信也の足音が普段のそれとズレたのだ。


「?あら?」


これで初音はなにやら信也に隠し事があることに気がついた。


こんなことで?


ちょっと頭がおかしいんじゃない?


ほとんどの人がそう思うかもしれないが、信也は音やリズムに対して、別次元とも呼べるそれを持っているからか、歩くなどの基本動作のズレはほとんどないのだ。


まあ、初音の聞き間違いかもしれないので放っておいても良かったのだけど、やはり信也に何か害を成すものならばと思うと確認せずにはいられなかった。


そして、信也が風呂に入っているうちに自室へ向かい、初音はお弁当箱を回収するという名目で、カバンの中を漁って、それを見つけた。


「こ…これは…。」


それは水族館のチケット…それも2枚。


これはもしかして…。


初音は目をキラキラと輝かせ、すぐにそれをやめるとため息を一つ。そして…。


「もう…信也ちゃんったら…ふふっ♪」


と口にすると、頬に手を当て微笑んだ。


完全に自分が誘われると思っている初音。


しかし、そのチケットの間から、1枚のメモが。


「あら?……っ!?」


そこにはこう書かれていた。


【GWの最初の日に行くこと!】


その字は明らかに信也の字ではなかった。そして、初音はそれが男の字ではなく、女の字だとすぐさま悟り…。


この時、初音の脳裏には幾人もの女性の名前が過ぎり、その誰が相手であろうと、初音はとても、言いようがなく面白くなく感じた。


「ふっ…フフフ…。」


先ほどとは一転、黒い笑みを貼り付けた初音がそこにはいた。



そして、信也を()()()()()()()送り出し…現在に至る。



「さて、お静ちゃん、ところであなたはどこまでご存知なのでしょうか?」


「…はぁ…お静ちゃんはやめてと言っていますよね、初音さん。」


「仕方がないでしょう?だってあなたの職業をこんな公の場で呼ぶなんてことできないんですもの。」


「……。」


…確かにそうである。なにせ私は公安の刑事。


それをこんな場所で晒されては面倒でしかない。



静香が初音に出会ったのは、半年ほど前、静香が信也の家に盗聴器を仕掛け、音の確認をしようとしてすぐのこと。


音の調整が終わった瞬間、トントンと部屋をノックする音が聞こえてきたのだ。


そして、機材を隠しドアを開き……気がつくと、イスに座らされていて、拷問され……話し合いをすることになった。



…それ以来の付き合いである。


だから正直、静香は彼女が苦手だ。


というか、超怖いので、この人がいる街にはいたくもない。


こんなこと、()()()()()()()()()()仕事でなければ、やりたくもない。


「で?どうなんです?」


ズズイッと初音の顔が近づいてきた。


「ひっ!?」


思わず静香が悲鳴を上げると、初音は少し残念そうに呟いた。


「あらあら、お静ちゃん、なんで悲鳴なんて…。もしかして私なにか…。」


うん、した。すっごくしました!!


…とはいえ、そんなことを言ってもどうせ反撃遭って、碌なことにならないんでしょう…ね…


「…いえ、特には…。ですが、急に顔を近づけてくるのはやめてください。」


「ええ、いいですよ。ですから…。」


「わかりました。わかりましたから…。」


ホント顔近づけてくるのやめてください。



それから初音さんは、私の話を聞き…次の駅で電車を降りると帰宅してしまったらしい。


…どうやら彼女の境遇に同情したのでしょう。


「…車ならともなく電車なら仕方ないですね。」と言うのが、最後の一言でしたから。


…私も今日ばかりは気乗りしませんので…。


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