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「ううう…ヒック……ううう…ヒック。」
あっちにふらふらこっちにふらふら。
そんな千鳥足を披露しているのは、読無空美26歳独身。
G大学時代にミスを取り、そのまま局に入社した才色兼備な(見かけのポンコツ)アナウンサーである。
原稿はしょっちゅう読み間違え、放送事故を連発。しかし、それが良いとバラエティに呼ばれることが増えた彼女。
そんな彼女は今日、同じく独身の友人に呼ばれて、合コンに来ていた。
それにしてもまったく困ったものね。こんなモテモテな私を呼ぶなんて…これじゃあ、私以外誰もくっつくことはないじゃない…ふふん♪
…などと空美は思っていた。
そう彼女は知らなかったのだ。
合コンクラッシャーの本当の意味を。
そして、案の定、合コンの雰囲気は最悪となり、その友人はにっこり。いわゆる面目躍如というやつだ。
今は少し席を外し、トイレに行った帰り。つまりは部屋に戻るところである。
「ふぇ〜っと…確か葉月の間らったっけ〜?」
いや、違う。如月の間だ。
しかし、彼女はたった一人で席を立っており、そんな助言をしてくれる人はいなかった。
だから空美はいつもの調子で障子をバーンと開き、一言。
「空美ちゃんのお通りだ〜い!!ヒック…ん?……。」
―
「げっ…。」
信也は思わずそんな声を上げた。
信也がそんなことをしたのは、空美に理由がある。
彼女は先日、信也たち【シグマド】のライブにインタビューにやってきた。
それは朝の番組で流れ、なにやら反響があったらしいのだが、そのインタビューが問題だった。
彼女のインタビューは最初こそ普通だったものの、キスをするように迫ったり、これは放送されていないらしいが、楽屋の方に追いかけて来ては、信也に抱きつこうとしてきたり、信也の飲み物を飲んだりと本当に好き勝手をしてきた。
それ故に周りが満場一致で出禁にする判断を下したのだが、流石に可哀想だと信也が口添えして、どうにかそれは免れたのだ。
しかし、そうは言っても、信也にとんでもない衝撃を与えたのは事実である。
だから、滅多に嫌な顔など見せない信也がそんな風な態度を取るのは致し方ないことだろう。
でも、やはり当の空美はそんなことはわからないらしく…。
「しんやきゅん、いけないんだ〜!こんなところで合コンなんてして〜。よいしょ。」
そんなことを言いながら、唖然とする亜美たちの中をすり抜けるようにして信也のもとにたどり着くと、空美は亜美とは反対側の信也の隣へと腰を下ろし、嬉しそうに信也の腕を抱き抱えた。
「えへへ〜、しんやきゅんの隣げっとだぜ〜♪」
「「「なっ!?」」」
信也の隣を狙っていた3人が空美の声にそんな驚きの反応をすると、レンたちも正気を取り戻したらしい。
一斉にこちらを見てきた。おそらく何事かと思っているのだろう。
信也は心底面倒そうに口を開く。
「…はあ…で?なんであんたがここに?」
「あんたじゃないよ、空美お姉さんだよん♪お姉さん、合コンでここにきたんだ〜♪」
まさかと思い、思わずレンたちに視線を送る信也。
すると、レンもレニーも2人してブンブンと音が出そうなほどに首を振った。
また、他の人たちにも視線を送るが、同様だ。
ここにいる誰もが知らないということは、どうやら別の合コンらしい。この店で。
…が、それにしても酒臭いな…コイツ完全に出来上がってやがる。
どうにか追い出せないものかと信也が考えていると、酒に呑まれた女が急にこんなことを言い始めた。
「そ〜だ!しんやきゅん、みんなでげーむ!げ〜むしよっ!」
「は?」
「じゃあ、王様げーむね。はい、きまり〜。割り箸割って〜ヒック…。」
「いや、だからな…。」
そう信也が空美の勢いに飲まれないようにしていると、レンがふと口を挟んできた。
「信也。」
「レンからも言ってやれ。さっさと帰れって。」
「まあまあ、信也も落ち着いて。ここは僕が説得するから。(とりあえず信也は黙ってろ。)」
信也はレンを信頼して任せることにすると、空美は引き剥がされるとでも思ったのか、信也の腕を絶対に離さないとばかりに抱きしめを強くすると、レンを睨むようにして尋ねる。
「あによ…。あたしに指図するわけ〜ヒック…。」
「(チッ)…いえ、そうではなく…。」
「ならあによ〜。」
「…えっと、読無さんは他の合コンを抜け出して来たんですよね?」
「そうよ〜ちょっとトイレに行きたくなって間違っちゃったの〜、えへへ〜。」
「それなら、皆さん心配しているのでは?」
「う〜ん、そうかもね〜ニャハハ♪」
「(あっ…こりゃダメだ梃子でも動きそうにない。)…なので、王様ゲームが終わったら、帰るというのはどうです?」
は?
「うん♪いいよ〜。」
ちょいちょい、レン、お前なんてことしてやがる。
「その代わり、ここではお酒禁止です。ここには未成年もいるので、疑いがかかるのは可哀想なんで。」
「うん♪それもいいよ〜。そのかわり…。」
信也はその言葉にとても嫌な予感がした。
「しんやきゅんが撫で撫でしてくれたらね。」
「レン。」
信也がそう視線を送ると、レンはさっさとやってやれと顎で指し示す。
……ん?というか、レンのやつなんかさっきから微妙に俺にキレてないか?
「チッ…信也、早く。」
…えっ…舌打ち…俺、レンになんかしたっけか?
信也はなぜかわからないが、レンがキレてるので、機嫌を損ねないためにとそれに従うことに決めると、空美は準備ができたとばかりに頭を差し出してくる。
…コイツ!!………はあ…。
「…はあ…空美はお酒我慢できて偉いな。よしよし。」
そうして、一瞬はイラっとしたものの、信也は諦めるようにして、空美の頭に手を乗せた。
すると…。
おっ…案外気持ちいい。
空美の長い髪は手入れが行き届いており、夕方というより夜にも関わらず、変にベタついたりせず、サラサラとした手触りで、どこかいい匂いが漂ってくるような気もした。
流石は一応はなにかの間違いでアナウンサーになれただけのことはある。
信也は彼女本体を軽くディスりつつ、彼女の髪のそんな高級な絹を触っているような心地に信也は内心悪くないと思っていると、空美は嬉しそうに甘えてきた。
「えへへ、うん。しんやきゅんのためにがまんするの〜だからもっともっとして〜♪」
こんなふうな、変態チックではない彼女の態度にも当てられたのか、信也の口元は軽く緩んでいた。
…なんかちょっと可愛いな…。
なんだろう?おバカな犬でも愛でている感覚とでも言うのだろうか?
そんな感覚で信也がいると…。
…パンッ!!!
不意にレニーが手を鳴らしたらしく、驚いた信也の手は空美の頭から離れた。
どうやらここまでということだろう。
「ほら、割り箸の準備できたわよ!!」
「みんなも割り箸引けるところに来て!」
レニーたちが王様になった時の要求が信也たちを見て、決まったのだから、彼女たちの行動は凄まじく早かった。
空美はちぇっと唇を尖らせると、自分が言い出しっぺだからか、大人しく割り箸を見つめた。
なお、空美の頭に手をおいている間、亜美は信也の腕に抱き着き、時折自分の方に引いたりしていたが、なにか用でもあったのだろうか?
而、王様ゲームが始まったのだ。
「「「「王様だ〜れだっ!!」」」」




