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そんなこんなで軽音楽部でのことが終わり、佳子は首を傾げていたが、ナーシャたちが純粋なので、信也の正体がバレずに済んだのは良かった。
しかし、あれは本当に危なかったように思う。おそらくあの場にいたのが、ナーシャたちではなく由美香だったとしたら、バレるまではいかないにしても、その正体に大きくそれに近づいていたのは言うまでもないことだろう。
信也の正体がバレるのではと冷や冷やすることが一日に二回も起きた。このことは亜美に色々と考えさせた。
色眼鏡なしで観察して見ると、どうやら今まで信也の正体がまったくといっていいほどにバレなかったのは、人と関わることがなかったかららしい。
元々信也は別に無口というわけではなく、受け身…単に積極的に話しかけたりすることがないだけで、受け答えはしっかりとしていたようなのだ。
クラスでは由美香が、お昼や放課後ではナーシャが。この2人が信也に積極的に話しかけ、信也は嘘なんかをつかないものだから、決定的なこと以外の信也の個人情報はダダ漏れ状態である。
まあ、これには信也のことが亜美にもよく知れるというメリットがあり、冬美なんかも喜んでいるのもわかってはいるのだが…と、まあ、そのせいで、この判断が随分と遅れてしまったわけだ。
亜美は信也にもう少し学園での振る舞いに注意するように呼びかけようか?それとももう少し信也の情報を引き出してからにしようか?
この問題は来週にも引きずること必至だった。
そう亜美は、今、モデルの仕事終わりにも悩んでいたのだ。
「はあ…ままならない。」
そんなアンチテーゼ的な悩みにため息を吐く亜美に能天気にも、話しかけてくる者がいた。
「亜美〜、準備できた?」
彼女はレニー。本名は知らないが、バンド【れみねーど】のボーカル【レン】の妹で、亜美のモデル友達だ。
レニーがそんなことを言ってくるが、亜美にはまるで覚えのないことだった。
「?なんのこと?」
「ちょっ!?マジで言ってんの?今日、合コンじゃん!!」
?合コン?はて?………あっ…そういえば…。
「…え?あの話?確か断わらなかったっけ?」
「うん、断ったよ。」
「なら…。」
「うん、でも私、拒否したもん。だから亜美も数に入ってるからね。」
「は?」
な、なんて勝手な…。
「ちょっ、レニー!」
しかし、呼び止めようとするが、レニーはもうそこにはいない。
「…えっ…マジで行かなきゃなの…。」
信也への操立てというわけではないが、亜美はもう合コンに行く気はなかった。ただでさえ、付き合いで参加していただけなのに、もうどうせ行ったとしても、全員野菜くらいにしか見えないだろうから。
しかし、皆に迷惑をかけるのは…と、支度を済ませ、どこかニシシと笑うレニーに今回だけだからと言い含めながら、店に行くと…。
「「えっ…。」」
思わぬところで2人は鉢合わせた。
―
信也はその前日、とある音楽番組の収録へと来ていた。
今はその収録の合間で、友人である、面倒見の良いイケメン大学生【れみねーど】のボーカル【レン】からどこかにご飯を食べに行こうと誘われた。
「…レン、それで大雨災害のチャリティライブの話って、なんだ?確かお前のおじさん…大臣からの伝言って話だが…。」
「ああ…それね…。ごめん、実は嘘。」
「は?」
「だって、君、おじさんの連絡先知ってるだろう?そんなことがあるなら、君に直接連絡が行くに決まってるじゃないか。」
…確かにそうである。信也はこれからも頼み事があるかもしれないからと、峯岸大臣から連絡先を渡されていた。彼がそれを利用しないことは考え難い。
しかし、そうなると…。
「…じゃあ、なんの用だ?」
「ところで、信也…君、振られたって本当かい?」
…まさかである。まさかレンまでそんなことに興味があったとは…。
「…はあ…お前もか…【レン】…今日だけでもう5回近く聞かれたんだがな…。」
信也が心底面倒そうにそう告げると、レンは申し訳なさそうに聞いてくる。
「…で?どうなんだ?」
「はあ…そうだ。振られたよ。」
「そうかそうか、振られたか、あっはっはっはっ!」
まあ、当然【レン】がこんなことを言うはずはない。こんな風に笑っているのは、本日内3回も聞いてきた男。【れみねーど】のドラムの【ドラキチ】だ。
彼は体幹が如何にもしっかりとしてそうな、立派な体格をしていて…いや、なんかコイツのことをしっかりと言うのはなんか馬鹿らしいな…まあ、簡単に言って、デブだ。それも心の汚い、人のトラウマを平気で抉るような最悪なデブだ。
彼のことを信也としては別に嫌っているわけではないのだが、ドラキチは突っかかってくるので、顔を見るたび、正直ウザい、さっさと帰れとは思っている。
「おい!ドラキチ、お前…。」
レンがそうドラキチを咎めようとしたので、信也はそれを押し止め…。
「レン、別にいい。こいつの相手なんてするだけ無駄だ。」
「チッ、イケメンさんはクールですね~、だからモテモテなんでしょうな〜。」
そんなことを言いながら、信也の隣へと腰を下ろすドラキチ。
「…はあ…なんでお前、横に座ってんだよ。レンの方へ行け、レンの方へ。」
「嫌だね、僕はお前が苦しんでいる姿を見るのが楽しいんだ。」
「…ああ、そうかい。」
信也がそう告げると、店員を呼んで注文するなり、携帯を取り出し、なにやらゲームを始めた。
「すまないな、信也。」
「気にするなと言っただろうが、それでわざわざレンが確認してきたということはなにかあるんだろう?【ミラ】や【ネム】たち女性陣に声をかけないで来たことと関係ありか?」
信也よりギターが上手い、綺麗なお姉さんの【ミラ】、どう見ても【レン】が好きなベーシストの【ネム】。この2人には声を掛けてなかったのだ。
…となれば、なにかあるのだろう。
「…流石、信也。じゃあ、早速本題なんだが…。」
「信也、一生のお願いだ!明日の合コンに一緒に来てくれ!」
ん?
いや、なんか耳を疑うようなことを言われた気がしたのだが…まあ、とりあえず…。
「…いや、普通に嫌なんだが。」
「…急に合コンに来てくれなんて言われて困るとは思うんだが…。」
…やっぱり聞き間違いじゃなかったか…。まったく…コイツは振られたばかりの俺にそんなことを言うなんてどんな神経しているんだ…。
そう信也は若干レンに失望しつつ、今度は強めに否定する。
「おい、話を聞け。嫌だと言っているだろうが。」
「…やっぱりダメか…。」
信也のその言葉に、レンは、まるで今日よ散歩は休みだと子犬のようにしょんぼりとしてしまう。
「…なにかあったのか?」
「…いやな…実は妹に頼まれていてな…お前を誘ってくれと。」
「……それだけか?」
「…ああ…。」
妹に頼まれた?
信也の胸になぜかその言葉が突き刺さった。
いや、理由は単純だろう。おそらく春香と冬美のことが頭に浮かんだからだ。前は冬美が教室にやって来ると、春香は彼女のもとに行って、それを止めようとしていたのだが、最近はそんな様子もまったくなくなった。
信也には、どことなく2人はそれぞれを避けているように見えたのだ。
その原因は見ている限りで、信也以外なく…。
そんなことを思い出した信也は思わずこんな風に答えていた。
「わかった。なら行く。」
「…いいのかい?」
「だって本当に妹の頼みを聞いてやりたいだけなんだろ?それなら構わない。妹想いの良い兄貴じゃないか。」
たぶん罪滅ぼしのつもりなのだろう。そう口にすると、信也は少し気が楽になった気がした。
「…ああ、ありがとう。助かるよ。」
…まあ、本当のところはレンに気になる女の子がいて、妹が会いたいという信也をだしにして、呼んで貰ったのだが、レンはここで余計なことを言ってはせっかくの了承がなくなると思い、口を噤んでいた。
まあ、レンは割とゲスいところがある。
そうこうしていると…。
「お待たせしました。」
丁度、信也とレンの料理がやってきたらしい。
食事を始める信也とレン。
これで話は終わり。
そう思っていると、信也の隣にいた人物が急にこんな声を上げ始めた。
「あっ!!僕、明日スゲェ暇じゃんっ!?どうすっかな〜…チラチラ。」
「「……。」」
…なるほど…コイツ…それで付いてきてたのか…。
ドラキチを連れて行けば、絶対に碌なことにはならない。
そんなことはわかりきっているだろうが…。
それでもレンが押し切られるような気がして、信也は小さくため息を吐いた。




