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放課後になるなり、一階の自分の教室から駆け出し、高鳴る胸の鼓動を抑えて、信也の教室にやって来たナーシャ。


胸の鼓動は、走ってきたからという物理的なものだったが、信也に会えるということは本当に楽しみにしていたナーシャ。


彼女は先日のように、「信也〜!!」と大声で呼びかけようとしたところで、昼休みのことを思い出し、それを思いとどまる。


実は今日の昼休み、冬美が(自分のことは棚上げ)待ち切れないというので、信也たちを迎えに教室へと向かったのだ。


その時、ナーシャは先日のようにしようとして、一緒に来た冬美からお叱りを受けた。なんでも年下が年上の教室に押し掛けて、ズカズカ入って行ったり、大声で呼び出したりするということは日本では失礼に当たるらしい。


ナーシャとしてはそんなこと関係ないとは思うのだが、信也から無礼者?や失礼なやつだと思われると言われてしまったので、ナーシャは態度を改めようと思った。


ナーシャは信也のことをかなり気に入っており、信也に悪印象を抱かれるのが嫌だったのだ。


それなので、よし!と、昼休みに冬美がしたように、近くにいた先輩に取り次いでもらおうと思って顔を上げたところ…。


「…え?……し、信也っ!?なんでここにっ!?」


信也はナーシャが自分の教室の前で俯いてブツブツ言っていたので、何をしているのかと思って覗いていたのだが、そんなことは知らないナーシャからすれば、突然目の前に彼が現れたという状況である。それは当然、驚くべきことだろう。


突然信也の顔が目の前にあり、思わず一歩引いたナーシャに信也は答える。


「なんでって、そりゃあ、俺の教室だからな。それで?ナーシャ、お前こそどうした?()()()()()()()?」


ナーシャは信也の言葉にピクリと眉を跳ねさせると、本当のところはそれほど怒ってはいないのだが、怒っている振りをして、信也の鼻先に指を突きつける。


「信也!ナーシャがココに来たのは、信也を迎え二来たカラデスよ!」


「?」


「信也は忘れてたデスか?先週の金曜日、来週は文化部を回るのを手伝ってくれるっテ、言ってたじゃないデスカ。」


「……あっ…。」


…そういえばそんなこと言ってたような…と、先日や先ほどの昼休みに念押しされたことをすっかりと忘れていた信也は、そう溢す。


「あっ…じゃないデスよ。まったく…。」


仕方のない人デスとナーシャは笑い、そっと手を信也へと差し出してきた。


「し、仕方がないから、今日はこれで許してあげます。ほら、信也、まずはどこから行きますか?」


そんなナーシャにやれやれと信也が手を取ろうとしたところ、2人の間から顔を出し、声を掛けてくる者がいた。


「あの〜、ナーシャちゃん、今日は私も一緒だってこと忘れてない?」


「……あっ…。」


ナーシャは思わず信也へと差し出した手を引っ込めると、もう片方の手も一緒に手のひらを亜美に見せるようにして、小さく手を振った。


「そ、そんなことないです。ないですから!」


いや、そんなことはある。もちろんすっかりと亜美のことは忘れていた。ほんの少し前、昼休みに約束を取り付けたというのに…。


そう、嘘で誤魔化したナーシャは亜美の疑うような視線に耐えきれなくなったのか、抱きしめるように2人の腕を取ると、誤魔化すように引っ張っていく。


「と、とりあえず行くデス。ほら、文化部も一杯あるんデスから、急ぐデスよ!時間ないデス!」


こんなことを顔を真っ赤にして、必死に言うナーシャ。


そんなナーシャの姿を見て、亜美はちょっとイジメすぎちゃったと小さく舌を出し、信也は微笑ましげに口元を緩めた。


そんな妙に温かい雰囲気をなんとなく悟ったナーシャはその面映さに耐えられず、頑として2人の方を向かなかった。


まず文芸部、それから吹奏楽部、演劇部なんかを周り、ナーシャが密かに興味を持っていた漫画同好会に女子生徒が割といたことに驚いたり、園芸部なんてものがあったことに皆が驚いていると、信也たちは最後に軽音楽部へと行くことにした。


どうやらナーシャは美味しいものは最後に取っておくタイプらしく、先日の運動部の時のように、どこかそわそわとしていた。


窓の外から曲合わせをしたりしていないことを確認すると、ドアを開く。


「失礼します。」


「はい、どうぞ。見学の…って、亜美っ!?」


「あれ?佳子?軽音部?」


「ま…まあ…。」


それはナーシャの付き添いでやってきた亜美が、実は佳子が軽音楽部だと知り、なんで教えてくれなかったの?とか話し始める。


ナーシャたちもどうぞと既に言われたので、中に入ると、ナーシャもなんとなく知り合いを探し始めた。まあ、信也は完全なるボッチなので、楽器たちを眺めていたのだが…。


すると、ナーシャも亜美と同じように、端の方にいるクラスメイトを見つけて……その娘はなぜか右往左往していた。


彼女の名前は光代詩菜。信也ほどではないが、前髪を伸ばしていて、片目が丁度隠れるような髪型をしている、信也と違って見た目通り、大人しい印象の娘だった。


信也と違って、よく話をしているのを見かけたりはするが、大人しいグループに属しており、休み時間は本を読んだりしていて、てっきりナーシャは文芸部かどこかへと入るのだと勝手ながら思っていた。そんな彼女がまさか軽音楽部にいようとは…。


詩菜の手にはギターがあって、おそらくそれがどうかしたのだろうが、彼女はオロオロするばかりだったので、ナーシャは思わず詩菜に声をかけた。


「詩菜、どうかしたデスか?」


「あっ、ナーシャちゃん…あの…その…。」


詩菜曰く、どうやらチューナーを忘れてしまったらしい。それならば誰かに借りればいいのだが、彼女は持ち前の人見知りを発揮して、それが中々出来なかったとのことだ。まあ、彼女とは少し毛色の違う人が多そうなので、警戒心を抱いているのかもだが…。


それならばナーシャが借りて来ようと思ったのだが、生憎と今さっきまでいた知り合いは飲み物でも買いに行ったのか、誰もいなくて、残ったのは先輩と思しき人達のみだった。


正直、ナーシャはこう言ってはなんだが、まだそれほど日本での先輩後輩関係というものにそれほど慣れてはいなかった。これが自分のことならば、突撃あるのみの状況である。変なミスをして、変な目で見られたりするのは仕方がないと諦めることだろう。


しかし、これは詩菜のためのことで、ガッツリ彼女が絡んでいる。もしもの時、彼女に累が及んではと思い、尻込みしつつ、さてどう話しかけたものかと考えていたところ、後ろからふと声を掛けられ…。


「ナーシャなにかあったのか?」


「っ!?」


「っ!?…なんだ、信也ですか…。驚かせないでください。」


「悪い。それでどうかしたのか?」


信也はどうやら困った様子の2人に気がついたのか、様子を見にやってきたらしい。


人見知りな詩菜は最初こそ信也への警戒心を見せたのだが、ナーシャの様子を見て悪い人ではないと思ったのか、(本当のところは信也も詩菜と同じように目元が隠れており、恥ずかしがり屋の側面があるのだと思って親近感を持っていたから)すぐに信也に慣れたのか、もう普通に会話をしている。


「チューナー忘れちゃって、このギターのチューニングができないんです。」


詩菜が信也へと見せてきたのは、普通のギター。配色は信也が普段使っているもので…というよりも、それは信也のギターをモデルに作られたものだった。


信也は目を見開くと、少し楽しそうに呟く。


「へぇ…【御剣楽器】のものか…それも結構良いものじゃないか…。」


「はい、初めが肝心だと思って奮発しちゃいまして…これで前から貯めてたお年玉ほとんどなくなっちゃいました。」


「【御剣楽器】?」


「あれ?ナーシャちゃん、知らないの?CMで流れてるでしょ?『楽器を武器に…御剣楽器。』って。」


御剣楽器のCM。向き合っている2人。片方は刀を引き抜き、そしてもう片方のアーティストの方は楽器を刀を持つようにして、構え…間合いに入り、それぞれ振り下ろそうとしたと思ったら、赤いバッテンがされて映像が切り替わる。


それから楽器を持っていたアーティストが自分たちの代名詞とも言える曲のサビを演奏しはじめ、CMが終わるというものになっている。終わりの決め台詞は『楽器を武器に…御剣楽器。』とアーティストが一言。


このCMの方式はずいぶんと前からのもので、CM採用される面々はどれもその時代のトップアーティストであり、そのCMに出れることは業界トップの証明と言われていた。


ちなみに今は【シグマド】がCMに出ていて、信也は知らないことなのだが、和装の信也が新鮮だとか、セクシーだとかでちょっとした話題になっていた。


…まあ、それはともかく、今はチューニングだ。


信也は「ちょっと貸してみろ。」と言うと、詩菜からギターを受け取り、一度鳴らす。そして、軽くペグを閉めると、もう一度鳴らし調整。こんなふうにちゃちゃっと一分と掛からずにチューニングをし終えると、詩菜にそれを差し出した。


「これでたぶん音合ってると思うから鳴らしてみろ。」


それはずいぶんと手慣れた様子で…。


「あれ、信也くんがギター持ってる。もしかして弾くの?」


「いや、チューナー忘れたっつうから、ちょっとチューニングしただけ。」


「え?チューニングって、チューナーなしで?」


大丈夫かな?と佳子が詩菜からギターを受け取り、チューナーを使って確かめてみると…表示は規定ぴったり。


「か、完璧…うわっ…凄っ…。」


「…そりゃあ、慣れてるし、これくらいじゃミスんねぇよ…。」


いや、ミスんないってね…佳子が言葉を失ったような顔をしていると、何もわかっていない後輩2人は純粋に凄いねなんて言っていて…。


その間、亜美は信也の正体がバレるのではないかと冷や冷やしていた。


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