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キーンコーンカーンコーン。
「うん、それじゃあ、今日はここまで。みんなも気を付けて帰るんだよ〜。バイバ〜イ。」
さよなら。
と思い思いに返事をした。
こうして、今日一日の学校での役目、始業式に役員決めなんかのホームルームが終わり、さよならの合図とともに、さっと脱兎のごとく教室を抜け出していった連中のように、信也もさっさと帰ろうとしたところで、入口の方から信也を呼ぶ声が聞こえたのだ。
「安瀬くん、お客さん。」
その声に教室中、主に今朝のせいで注目されているからか、主だって信也を馬鹿にした陽キャ連中以外が先に振り向くと、それに一拍ほど遅れて、信也はそちらを見た。
「ん?」
そこにいたのは、黒髪を高いところでポニーテールに纏めた、つり目がちの美少女で…。
すると、信也と同じころに丁度振り向いたであろう人物がその人物の名前を言った。
「あれ?冬ちゃん?」
教室の入口にいたのは、三瀬冬美のみ。紛れもなく元カノ春香の妹の三瀬冬美で…。
「?……?」
信也はなぜ彼女が自分のことを呼んでいるのかわからず、一度のみならず、2度ほど首を傾げていると、春香が冬美の方へと歩いて行き、どうしたのか聞きに行った。
「どうしたん?冬ちゃん、こんなところに来るなんて?あれ?もしかしてお姉ちゃんと一緒に帰りたくなっちゃったとか?ウケる〜。」
冬美は姉の反応に「はぁ…。」とこれ見よがしにため息をつくと、さっき言っただろうと言葉を吐き出した。
「何を言っているんだ、姉さん。さっきそちらの先輩が言っていただろう?私が用があるのは、信也くん…安瀬先輩だ。姉さんじゃない。」
「は?」
妹の反応に誂うような反応だった春香の態度がまさかというようなものに変わると、一度信也の方を見た後、やっぱりないと冬美に詰め寄った。
「うわ〜…冬ちゃん、今朝の反応マジだったん?ないわ〜。引くわ〜…。お姉ちゃん言ったじゃん!!あんな冴えないやつやめとけって。ネンチョーシャの言うことは聞くもんだって!!」
そう冬美の肩を掴んで、お前は間違っていると、クラスに聞こえるように言っていると、クラスのカースト上位、春香が今いるグループの男たちが話に口を挟んでいった。
「え?この娘、春香の妹?可愛くね?」
「え〜?マジで春香ちゃんの妹なん?可愛ええわ。俺、好みかも〜なんつて。」
その他2人ほどの反応も良好で、春香は少しいい気分になると、妹が自分みたいに後悔するような脇道に逸れないようにと善意でこんな提案をしてきた。
「あっ、そうだ!冬ちゃん、みんなみたいななのと付き合うべきだよ!!うん、お姉ちゃん、いいこと思いついた。空也は私のカレシだから駄目だけど、他なら…。」
「…姉さん。」
「うん?なになに?槍斗がいい?」
そんな調子で聞いてくる姉に冬美は切り裂けるほどに鋭い視線を送った。
「私の邪魔をするな。退け。」
「「「「「っ!?」」」」」
まあ無理もない。ここ半月ほど春香が一方的に言葉を押し付けてくるたびに、姉のあまりの変わりように内心呆れていたのだ。
それも今回はこんな人前で、大切な人を貶めるようなことを言われれば気分がいいはずもあるまい。
冬美は障害物を退けると教室の中へと入って…当然のごとく、信也のもとへと来た。
「すいません、信也さん。邪魔が入って。」
「いや、別に…というか、冬美だったか?俺に何の用だ?」
「え?…えっと…それは…その…。」
もじもじ。
「?」
そう信也が再び変わった冬美の態度に疑問符を浮かべていると、急に冬美は信也の手を掴み、「お、おい!」と信也が止めるにも関わらず、校舎裏の方へと引っ張っていってしまった。
「はあはあはあ、こ、ここまでくれば大丈夫…だろうか?はあはあはあ。」
「はあはあはあ……でっ、どうしたんだ?」
校舎裏。ここは信也にとっての思い出の場所だった。3ヶ月ほど前の夕暮れ時、春香に呼び出され、告白された場所。
連れてこられ方は違うが、走って?呼吸の乱れていた冬美は呼吸を整えると、真剣な表情になり…そして、姉と似たように顔を真っ赤にして、言い淀み始め…。
「じ、実は…わた、私と…その…。」
「……。」
「じ、実は…わた…わた………。」
「………。」
「じ、実はわた…私!」
「…ごくり。」
顔を真っ赤にした冬美のキュッと口が結ばれ、ようやく決心がついたのかと、信也も心の準備を整える。
すると…。
「…わ、私、姉さんのこと謝りたくて!!」
信也がまるで冬美に告白されるような空気感に呑まれ、「っ!?」と彼女の反応に呆気に取られていると…って…。
「なんで冬美の方まで驚いたみたいな顔してるんだ?」
「えっ?…いえ…その…なんでも……。」
(なんというか、自分の意気地のなさに愕然したというか…ええい!こうなればなるようになれだ!!)
「私は血の繋がった者として、姉さんの行いに腹を立てていてだな!なんとしても謝罪したいと思っていたのだ!でもいかんな…なんとも年上の男性を呼び出すなんて…というか、手を繋いで…いや、引っ張ってくるなんて、はしたない…いや!!し、失礼なことをしてしまって、厚顔至れりと恥じていたというわけなのだ、うん!」
冬美の表情は真っ赤になって照れたりとコロコロ変わるが、どこか謝意は感じられ…。
「と、とにかく!!姉がすまなかったっ!!」
そう冬美がしっかりと頭を下げると、むしろこちらの方こそと信也は思ったが、冬美のせっかくの謝罪に横槍を入れるのは憚れ、それを素直に受け入れた。
「ありがとう、冬美。お前の謝罪、しっかりと受け入れた。もう気にすることはないぞ。」
信也はデキた妹である冬美の頭をポンポンと叩き、それじゃあこれで手打ちだと去ろうとしたところ、顔を心配になるほどに真っ赤にした冬美の大声に呼び止められた。
「…と、時に!!」
「っ!?ま…まだなにかあるのか?」
「……これから一緒に食事など如何だろう?」