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亜美はナーシャが部活動見学に行った日、偶々モデルの仕事があり、悪いとは思ったが、それに行くことができなかった。
なので、ナーシャがどこかの部活に入ったのか、はたまた入っていないのかは、昨日は仕事で信也がいなかったので、2人とお昼を一緒にしていないから、まだ聞いていない。
まあ、それくらい聞こうとすれば、電話なりメールなりをすればいい話なのだが、それはナーシャ本人からではなく、信也から聞きたいと思っていた。少しでも好きな人と話をしたいという乙女心というやつだ。
亜美はどんなふうに信也にどう話し掛けようかとシミュレーションをして、まあ、信也はクラスメイトたちと話なんて碌にしないから、いつものように読書なんかをしている彼に自分から話しかけるのだろうなと油断しまくった結論を出していた。
そんな彼女は教室に入るなり、とんでもない衝撃を受ける。
「しんや〜ん、昨日なんで学校休んでたの?」
「ん?家庭の事情。」
「家庭の事情?しんやんの家って、自営業?」
「…まあ、似たようなものか?(母さんもバイオリニストだしな。)」
幼馴染である由美香が信也へとやけに親しげに話しかけていたのである。
し、しかも…しんやんって、なにっ!?私だってくん付けでずっと話し掛けているのに…。
「ちょ、ちょっと、由美香っ!?」
「わっ!?どうしたの、亜美っ!?」
そんな亜美の声に予想外で驚いたような反応を見せた由美香。
信也はその由美香の口元が一瞬、ニヤリと歪んだのを見て、やけに朝っぱらから信也に纏わりついていたのは亜美をからかいたかったのだとわかり、納得すると、まあ、2人なりの友人同士のスキンシップだと思い、傍観することにした。
「ど、どうしたじゃないから、こっちこそどうしただからねっ!?」
そう詰め寄ってくる亜美に、白々しくも「はて?なんのこと?」などと首を傾げる由美香。
しかし、平静を失っている亜美は由美香のそれに噛みつく。
「信也くん…信也くんと仲良くなってることだよ!!だって先週までそんなに仲良くなかったじゃないっ!!」
「あれ?そうだったっけ?」
「そうだったっ!!そうだったよ!」
「まあ、でもいいでしょ?亜美にとっては友達同士が仲良くなってるんだから。」
「それはそうだけど…。」
「ほら、うん。ならこれからは一緒にお昼にも加わっちゃおうかな?3人仲良くお昼ってかなり良いと思わない?きっと楽しいぞ〜。」
「…そ、そう…だね…。」
「あっ、それなら私、しんやんにお弁当とか作っちゃおうかな?」
「…え?」
「だって、しんやん、去年、購買で買ったり、学食で食べたりだったから。そんなんじゃ栄養か偏っちゃうでしょ?私、お弁当、毎朝作ってるからね。1人分も2人分も似たようなものだし。人に作ってあげると思うと張り合いが…。」
「………。」
信也は亜美の消沈具合を見て、やり過ぎではないかと由美香を見ると、彼女は本当に楽しそうな顔をしていた。まるでこれよ!これ!といったふうな…。
実のところ、由美香が信也へと近づいたのは、このためだったのだ。亜美は最近、由美香に対してなんとなくぞんざいで、由美香がなにかしらイジっても、流すような態度がほとんどだった。
前はあんなにも取り乱して、可愛いかったというのに…。
それで由美香は、亜美がご執心の信也をダシにすれば、また昔のように楽しめるのではないかと考えた。
まあ、結果として、由美香も信也のことを気に入ってしまったわけなのだが、だから当然ストッパーというやつは機能していて…。
…でもまあ…あまりしんやんをダシにしすぎるのも…。
信也との関係悪化を懸念した由美香は一度チラリと視線を送り、少し亜美を心配した様子だった信也を見て頃合いかと笑いながら、先日のことを話し始めた。
「…なんてね♪あはは、ごめんごめん。亜美が面白いから、ちょっとからかい過ぎちゃった♪しんやんにそんなことしたりしないよ〜ん♪だって別に彼氏彼女とかそんな色気がある関係じゃないもん♪」
「…本当に?」
疑わしげな亜美。そして、そんな亜美のイジリ甲斐のある反応にまたイジリたい衝動を抑えながら、なんとか由美香は話を続けた。
「…うんうん、だってまともに話したのって、先週の金曜日。きっかけだって、私としんやんのお互いの共通の知人、冬美ちゃんを通じてだしね♪それにしんやんに話し掛けてたのは、その冬美ちゃんが今、伸び悩んでいて、その相談に乗ってもらってるから、どうなってるのか聞こうとしただけだしね♪あっ、ちなみにさっきのは前振りだから。」
「…それならいいけど…。」
全部納得してはいないが、受け入れはする。亜美がそんな態度なので、思わず…。
「あっ、そういえば、亜美も冬美ちゃんと知り合いでよくお昼一緒してるんだったっけ?まあ、しんやんのこと気に入ってないと言ったら嘘になるけど、今のところはお友達だよん♪」
由美香の説明で、単に剣道部の冬美関係で知り合っただけだと亜美はわかった。
しかし、亜美には気に掛かることがあった。
それは…。
「?今のところは?」
「フフフ、そう、今のところは…ね♪だから亜美があんまり不甲斐なかったりしたら取っちゃうかもね〜♪ね〜、しんやん♪」
「えっ…え〜〜〜っ!?だ、ダメだからね!!由美香!!」
驚きと抗議の声をあげる亜美。
由美香はそんな亜美に楽しそうな笑みを浮かべるではなく、少し考えていた。実際に信也をダシに亜美をからかってみて、気になることが生まれたのだ。
…う〜ん…でも、なんで亜美がこんなに惚れ込んだのかな?まあ、しんやんは良い子だし、不思議な魅力を感じるし、確かに一緒にいると楽しいけど…。
そういう相手なら他にもいるのではないかと由美香は考えていた。亜美はモデルで、その人脈でこのくらいの人物とは触れ合う機会があっただろうから。もしかして運命的な出会い方でもした?例えばどこかで助けられたとか…あるいは…。
由美香はこんなことを考え始めていた。そんなことを知ってか知らずか、信也は由美香に声をかけると、その思考が中断させた。
「…最後の最後でからかってやるな、由美香…。」
「…あっれ〜?しんやん、ゆみゆみじゃなかったの〜♪」
「そうだったな、ゆみゆみ。」
「冗談だよ〜ん、ゆみゆみは私を陥とした人以外使ったらダメなんだも〜ん。」
「はいはい。」
そんな息のあった掛け合いが亜美をなんとも不安にさせたのだが、どうやら由美香も信也もどちらも男と女としている様子はまったくなく……。
って、あれ?
これってよくよく考えてみるとまずいのでは?
信也と由美香の距離感は男女のそれではなく、あまりにも近い。それは色々なことが偏見なく見える距離感だ。
さらに、由美香は見ての通り、単に陽気に見えて、かなり頭が回り、観察眼も鋭い。
つまりは、そんな由美香が信也のことに興味を持っていて、その距離感にいるのだ。…それにさっきも前振りとは言っていたけど、信也の休んだ理由を気にしていたような…。
ちなみに情報を付け加えるなら、由美香も【シグマド】の【SHINYA】のファンで…。
「……。」
…これって一歩間違えたら、由美香に全てを掻っ攫われるのでは?
強力なライバルの出現が懸念される。
亜美は親友がライバルになるのではということで、ようやく信也の正体がバレたらどうなるのかということを自覚し始め…。
…そして、今日のうちになんとなくもう一度くらい、こんなことがありそうだと、亜美は直感していた。
…信也くん…顔が見えないように以外も、少しは気をつけて…そんなんじゃ近いうちにバレちゃうよ…。




