1.4.1
そんなことが裏で起こっているなんて、まったく知らない空也は週が明けるまで、普段通りに過ごしていた。
そして、週が明けた月曜日、空也が学園に行ってみると、信也がいなかったのだ。
なんということはない。多くいる陰キャのうちの一人が休んだだけ、そのことを気にかけるのはほんの一握りのはず。それなのに今の空也にとって、そのことは何にも代えがたいほどに喜ばしいことだった。
『イキがってんじゃねぇぞ、俺に女を奪われた陰キャの分際で!』
先日、思わず信也たちを追いかけて、他の女で癒そうとしていたであろう傷を抉るようなこんなセリフをぶつけた甲斐があったというものである。
まあ、本当のところ、信也が学園を休む頻度は、おそらく不登校なんかを除けばトップであり、それは当然ながら仕事が原因であるのだが、それを知らない空也は自分の脅しが上手くいったのだと思い、ほくそ笑んでいた。
「空也、今日なんか機嫌良さそうだよね♪」
「ん?ああ、まあな。」
それはそうだ。信也という目障りだったやつがいなくなったのだから。
先週もかなり休ませ、さらには3日連続の休み、要するに週明け一日目にまで休ませるほどのショック、これだけ続けてダメージを与えたのだから、もしかしたら信也は学園を辞めるのではとさえ、空也は思っていた。
これでやっと本当の目的に取りかかれる。
…それに、もし今日学園に登校してきたとしても、あんな巫山戯た態度など取れはしまい、そう空也は思っていた。
…そう、本日、週明け2日目、火曜日に教室に入るまでは…。
「ねぇねぇ、しんやん聞いてる?」
「ん?聞いてる聞いてる。ハンバーガーがなんだって?」
「ちょっ…マジで聞いてないじゃ〜ん。そんな寂しいことをされちゃうと、ゆみゆみ泣いちゃうぞ〜。ゆみゆみは寂しいと死んじゃうんだから。」
「そうかそうか、ゆみゆみは可愛いうさぎさんなんだな…。」
「そうさ、ゆみゆみは可愛いうさぎさんなのさ。しんやん、だから、構ってよ〜うりうり。」
教室に入ると、こんなやりとりが行われているのが、すぐに目に入った。
信也と由美香、この2人のやりとりが…。
ここ最近、冬美や亜美、さらにナーシャといった美少女たちが集まっていたことに嫉妬や好奇の視線を集めていた信也。
それに、まさかの由美香までもが加わったのかと、教室内全ての男女問わずに驚いていた。
由美香は美人ながらも、口調が楽しげで(ブラック寄りかもしれないが)ユーモアもあり、なんだかんだ人付き合いが得意で、まだ一月と経っていないにも関わらず、クラスメイトのほとんど全員と彼女は会話していて、その面倒見の良さからほとんどのクラスメイトたちから好印象を受けていた。
そんな彼女が…である。
もちろん一緒に登校していた春香もそのことに驚いていた…が、すぐに空也に意識を戻し……そして、空也の異常に気がついた。
「?空也?」
空也の心中はまったくもって穏やかではなかったのだ。
…ありえない。
ありえないありえないありえないありえないありえない!!
なんでっ…なんであいつが…あいつがあの男なんかと一緒にいるんだっ!!
空也は由美香のことを昔からよく知っていた…というより、空也の初恋の相手は由美香だった。
幼い彼女は、見た目だけは本当に全くの邪気を感じないほどに、可愛らしい少女だったのだ。
そんな由美香は武門の生まれで、自分より強い者でないと結婚したりしないと聞いた。なのでとある議員の息子である、幼い空也は彼女に挑み…。
…当然のごとく、負けた。
負けに、負けに、負け続け…。
そして、ある時、彼のことをマゾなの?と幼心に思った由美香は、なんと…技の実験を空也で始めたのだ。
打撃技、関節技…流石に刀で切り裂かれたりはしなかったのだが、もうその扱いは完全におもちゃで…。
「ちょっと面白そうな技覚えたから、試させて♪」
この言葉を聞くだけで、ずいぶんと時間の経った今でさえも震えが止まらない。
以来、恋心なんてものは消え去り、トラウマだけが残った結果、由美香は空也にとって世界一苦手で怖い存在へと昇華されたのだ。
今、そんな彼女と、空也によって打ちのめされたはずの信也とが仲良くしていたのだ。
あったのは…嫉妬?恐怖?
そんなものは空也自身にもわからなかった。何もかもがグチャグチャで…ただ…。
すると、ふと由美香と目が合った。
空也の背筋がゾクリと凍ったのだ。もしかして先日のことを知っているのでは?報復されるのでは?
空也は頭の中でそんなことが思いつき、サッと目を逸らすと、一切目を合わせないようにして、自分の席に座った。
空也はホームルームが始まるまで、生きた心地がせず、ずっと意識は信也たちの方に割きながら、震えた手で携帯を弄っていた。
これ以降、空也は、しばらくの間は、信也へとなにかしらの嫌がらせをできずに指を咥えて見ていることになる。そう…ただずっとそれを見ていることに…。




