9
会員制カラオケ店の前、そんなところに着飾り、メイクまでバッチリとしたカナが仁王立ちしていた。
「…よし!」
と呟くと、いつものように入っていく。
すると、入るなり、コンシェルジュに、「いらっしゃいませ。お聞きしております。ではこちらへ。」と、とある一室へと案内された。
そこは外からは様子が見えないようになっている。
これでは防犯の面や、なにかしらの注文を受けた時に困るのではないかと思うが、実はそんなことはない。
まず防犯の面、これは会員制で全ての利用者がわかっており、もし妙なことをすれば、完全に足がついてしまう。
次に注文なんかのことだが、ドリンクなどはアイスホット問わず中に全て揃っていて、もし温かいものが食べたい時は注文なのだが、それは中にある小型エレベーターで運ばれるというシステムになっているゆえ、完全に人と触れ合うことなく、カラオケを楽しめるという店になっている。ついでに言うなら、トイレまで中に付いていた。
退店の時も、人と人とが会わないようにという徹底ぶりで、部屋の中で時間を空けさせられることもあり、注意すれば有名人たちも使いやすく…と、まあ、今回はそんなことはどうでもいいわね…。
「ふう…。」
カナはここまでたどり着いたことに一安心し、息を吐き出した。
この時、カナはとても張り切っていた。そして、それと同時に緊張もしていた。
なんと今回は、珍しく信也から呼び出されたのだ。
それも今夜には、集まって練習があるというのに…。
もし適当な要件ならば、その時に話し合うなりすればいいことは、誰の目にも明白なことだ。
つまりは適当な要件ではないことなのだろう。それもミイやメイ、さらには初音にまでも聞かれたくないような…。
カナはすぐにそのことに気がつくと、ピアノをいじるのをやめ、すぐさまお風呂場へと直行、身体の隅々までを綺麗に洗い、入浴。お風呂から出ると、勝負下着から、勝負服というもしもの時のために仕込んでいたそれらに身を包み、使用人に車でここまで送らせた。
要するに期待度MAX状態というやつだ。
もしやこれは、『もうカナ姉なんて呼べない!カナ、俺と付き合ってくれ。』という前振りなのではと思い、カナはこれ以上なく心乱され、ウキウキしていたのだ。
いざ!と決心し、ドアを開くカナ。
すると、既に信也がいて…お〜いと手を……手を振って……ガチャリ。
カツカツカツ。
「…ねぇ、信也くん?」
「?どうした、カナ姉?」
「…その娘、誰かしら?お姉ちゃんに紹介してくれる?」
その時のカナは笑顔なのだが、その目の奥にはなにやらドス黒いもので渦巻いており、口元も本人以外誰も気がつかないほどではあるが、微かにピクピクと震えていた。
そんな怒りのカナのことなど気がつかず、信也は冬美のことを紹介する。
彼女になれるのではとの喜びからのまさかの彼女を紹介されるという落胆だと判断したカナ。
それでカナの表情は笑顔のまま凍りついたように固まっていたのだが、いつもの様子の信也を見て、どうやら信也と冬美がどうこうなったという報告ではないとわかり、カナはその凍りついた笑みを溶かすと、どんな要件なのかと考え始めた。
なぜ呼び出されたのか、誰が呼び出したのかと、カナは再び思考を開始し、すぐにその結果に至った。その思考結果のみそは、先日、カラオケに行っていた信也にカナから掛けた電話である。
その時、カナは自分やミイ、メイという存在が信也のすぐそばにいることを匂わせた。それもかなり親密な関係に見えるようにと…まあ、流石に恋人同士というふうには見えないだろうが、この3人が好意を持っていることくらいは女ならわかることだろう。
つまり、信也を手に入れるには、この3人と戦わなければということになる。
3人ともガッツリメディアに露出していることもあり、その優れた容姿は誰もが目にしていることだろう。
普通ならここで諦める。
少なくとも気が引けるくらいのことはあると、カナは考えていた。
しかし…まさか…。
…まさか…相手から喧嘩を売ってくるとは…。
それもこんなに早く直接対決を仕掛けてくるなんてね…。
や、やってやろうじゃない!!
そうカナが発奮しているその間、信也はもちろん、呼び出した経緯の説明なんかをしていたのだが、そんなことはカナの耳に入ってなどいない。カナは適当に相槌を打っていたのだから。
すると、信也は電話が来たからと、部屋の外に出て行った。まあ、カナへの説明も終わったから、後はなんとかしてくれると信也ら思ったのだろう。
そして、信也が出ていくなり、ずっと信也に任せて黙っていた冬美はカナに対面し、頭を下げたのだ。
「信也くんから聞いた通り、私は心が乱され、それに乗せられてしまう。頼む!どうか私は心を落ち着けたいのだ!!」
冬美は剣道で相手が有利という土俵で戦わないための施策を望んでこんなことを頼んできたのだが、カナは完全に冬美がこちらに喧嘩を売ってきたのだと思っている。
なので、やりとりはしっかりと狂っており…。
…つまりは信也と一緒にいると、落ち着かず、いない時も何も手につかないくらい想っているってことかしら?
へぇ~……本当にいい度胸ね…この小娘は…。
(注 ちなみにこれは、話を途中からしか聞いていなかったカナの頭があらぬ方向へと回転した結果であり、普段のカナはこれほどトンチンカンなことは考えておりません。)
「…そんなのは私もそうよ。だから気にすることなんてないのではないのかしら?」
カナは頬に手を当てると、困ったことよね、とそう答え、冬美はそれに驚いたような顔をすると、嬉しそうに笑顔を見せる。
「そ、そうなのかっ!!じゃあ、表に出していないだけなのだな!」
「ええ、もちろん。(残念だったわね、小娘。そんなのは私もそうなのよ!自分だけだなんて思わないことね。)」
冬美は終始感心した様子で「そうだったのか…ためになるな〜。」などと言っており、普段のカナなら「あれ?」くらいは思ったのだろうが、初の直接対決という言葉が頭にチラつき、力みに力みまくっているせいか、そんなことにはまるで気がつかない。
「気を落ち着けるいい方法なんかはあるのか?」
信也くんといる時の気を落ち着ける方法?
「…そんなの決まってるわ。相手を弟のように思うことよ。」
「な、なんと!お、弟かっ!?」
「ええ、そうよ。そうすれば、自然と落ち着くわね。」
まあ、そのせいで女として見られたと思ったら…というどんでん返しが付き物なのだが、そんなことは気がついていないカナはそれをさも素晴らしいことのように口にしていた。
「…なるほど…つまりは精神的に優位に立つということか…確かにそれならば…。」
……あれ?これなんかおかしくありませんか?
精神的に優位に立つ?信也に?
「???」
話も佳境となったところで、カナはようやく自分の過ちに気がつきはじめ…。
そんなふうに頭の中を整理し始めていると、冬美はバンッとテーブルを叩くようにして、手をつき、カナへと頭を下げてきた。
「ありがとう、カナリアさん。あなたのお陰でなんとかなりそうだ。」
「……えっ?いや…えっ?」
まだ頭の中の整理中のカナがそう動揺していると、今度は部屋から出てきた信也が戻ってきた。
「おっ、どうやら丁度終わったみたいだな。どうだった、カナ姉は頼りになるだろ。」
「ああ!本当にデキた人だ!」
なんてやり取りを見ているうちに、カナは自身の間違いを完全に悟り…省みてみると、冬美が実は物凄く良い娘なのではと思いはじめたカナ。
カナはちょっと冬美に歩み寄ってみることにした。
…なんか、とんでもない勘違いで失礼なことをしたような気がするものね…だから、少しくらいは…。
そんなことを考えていたカナ。ちなみにカナは真っ直ぐな性格の良い娘や、年下の可愛い娘は大好きである。
すると、案の定というか、いつの間にやら、カナは冬美とデュエットなんかをしていて…。
「冬美ちゃん、今度はこっち一緒に歌おっか♪」
「ああ、わかった。それにしてもカナさんは歌も上手いのだな。」
「冬美ちゃんも上手よ♪」
とかなり仲良くなっていた。




