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亜美が母親に発破を掛けられた翌日、早速とばかりに朝、学園に来ていた信也に声をかけた。


「信也くん…じ、実は私もG大に行きたかったんだ。…だ、だから…そ、その…こ、これからは一緒に勉強できたら、嬉しいんだけど…。」


亜美がそう提案すると、信也はすぐに頷いた。


「…わかった。いいぞ。」


信也としても、一緒に勉強する相手がいることは望むところだったのだ。


それはなぜかというと、カナを見返したかったからである。


先日、カナに成績が落ちる宣言をされ、数日、自分1人で勉強しようとしているのだが、ギターの練習や作曲など他にもやることがあるため、そちらに目が行きがちになっており、学園での授業と移動時間以外は勉強できていなかった。


しかし、このままではカナの言葉通りになりかねないので、纏まった勉強時間というやつを取りたかったのだ。カナには内緒で。


要するに、信也自身、コソ練というやつをしたかった。


亜美の成績がどの程度かはわからないが、信也より成績が良いにせよ、悪いにせよ、この話は渡りに舟というやつで、いい刺激になるとも思っていた。


「じゃあ、早速、明日から…。」


と亜美が提案すると、信也はそれにはNOで答えた。


亜美がなんでという顔をするが、それを周りに聞こえないよう気を遣って耳打ちする。


実は信也は今日から1週間ほどの間、放課後は仕事の予定で埋まっていたのだ。しかもそのうち半分ほどは学園にもいけないほどにハードなもので…。


そのあたりを説明し、結局、本格的な約束はそれからの1週間後のことになった。まあ、授業の合い間の休み時間や昼休みに教えあったりはしていたのだが…。


その間、もちろん亜美もできるだけ信也に迷惑をかけないようにと、遅れを取り戻すため、モデルとしての仕事の傍ら、勉強もしていた。たぶん自分の人生で一二を争うほどに勉強したんじゃないかと思う。



そして、その日が来たのだ。


「ただいま。」


「お邪魔します。」


「おかえり。って、あれ〜?亜美、その子もしかして…。」


「…うん。」


亜美が頬を染めて、絵美のそれに返事をする。


すると、絵美は一瞬驚いたような顔をした後、何を言うこともなく、信也を家に上げてくれた。


そして、信也を部屋に通す亜美。普段の亜美ならば、これから少し遊んだり、話なんかをしたりしてから、勉強に取り組もうとするのだが、今回は信也に無理を言ってきてもらっていると亜美は思っていたからか、そういうことは一切なしにして、行動に移る。


2人は文房具なんかをカバンから取り出すと、教科書を開き、さあ勉強を始めようとしたところ…。


トントン。


「は〜い、どうしたの、ママ?」


「亜美〜、飲み物とお菓子持って来たわよ〜。」


そう絵美がガチャリとドアを開け入ってきて、テーブルの空いたところに、それらを置いていく。


すると、絵美はそのまま信也の近くへと腰を下ろし…。


「…いつまでママがいるつもり?」


「いや〜、亜美の彼氏くんに挨拶しておこうと思って…。」


よく見ると、コップが3つあり……。


「それで、彼氏くんはなんてお名前なの?」


どうやら絵美は亜美を誂いたいのか、ササッとさらに信也の方に寄ると、信也に谷間を見せつけるようにして、そんなことを聞いてくる。


「ああ、安瀬信也。彼氏じゃないけど…。」


と、髪でそれほど前が見えないのか、女性に慣れているのか、そんなことには動じず、そんな素っ気ない返事を返した。


「そうなんだ。信也くんって言うんだ…いい名前ね♪私のことは絵美って呼んでね♪」


すると、絵美はさらに近づき、信也の手に触れようと…イラッ!


ここで亜美は軽くキレた。


そんな絵美の行動に苛立ちを覚えた亜美は、絵美を立ち上がらせると、彼女の分のコップを持って追い立てるように、部屋から追いやる。


「もうママは出てってってばっ!!」


バンッ!!ガチャリ。


「ちぇっ…せっかく彼氏くんと仲良くなれるところだったのに…(亜美を誂えてだいぶ満足♪やっぱり亜美は可愛いわ…)。」


なんて言葉とは裏腹な様子の絵美。


すると、冷静になり、信也についての分析を始めた。


やっぱり勉強はできるのでしょうね?ノックする前、ちょっと覗いた時、亜美が頼りにしているような目をしていたもの。


う〜ん…でも、期待はしてなかったけど、イケメンではないみたいね…少し残念…。


それにしても、まさかあの亜美があんな地味目の子が趣味だったとは…。


確かに絵美の誘惑にもピクリとも反応しないのは中々だと思う。これでも絵美の体型はほぼ全盛期から変わっておらず、シワやシミなんかもない。肌は流石に若い時のような潤いがあると言えば嘘になるが、それでも同年代と比べると遥かに若々しく、今でも街を歩くと声をかけられたりすることもある。


亜美しか見えていないのだろうか?


もしそうなら、それは絵美からすると、かなりの高評価。


亜美以外に目移りしないのはいいことね、うん!


…それによく見ると、口元や、チラチラ見える鼻のラインは整っているように思う。肌荒れも見る限りなさそうで、細身だが、かなり締まった身体つきをしていた。手もなんとなくかなり使い込まれている気はするのだが、豆一つなく、まるで女性の手のようだった。もしあれでスポーツか音楽かなにかしらをしているのなら、かなり恵まれた手なのだろう。


絵美は亜美に比べて、それなりに人というものを見てきていた。だから信也のそんなことにも気がついていたのだ。


そして、さらなることに気が付く。


情報を総合すると……って、ん?……あ、あれ?…もしかして彼って結構なイケメンさんじゃないかしら?


そのことに気がついた絵美は、頭の中で経験からパーツを組み上げていき、髪の下にもしかしたら、凄いものが隠されているのではないか…と仮説を立てた。


「…まさか…。」


絵美は自分の部屋に入ると、()()()()()を手に、亜美に怒られるのを承知で、もう一度だけ特攻をかますことにした。


鍵でも掛けられたら大変なので、今度はノックなしで部屋へと踏み込む絵美。


「…お邪魔するわね。」


「ママ、いい加減に…。」


「まあまあ、亜美。私はこれ持ってきただけだから。」


絵美の手にあったもの。それは…。


「?なんで()()()()()なんて持ってるの?」


「信也くん、前髪結構長いでしょ?だから勉強する時、見えにくいんじゃないかと思って持ってきたのよ。」


…気がつかなかった。これが絵美の行動に対する亜美の本音。それはそうだ。なにせ信也はいつも前髪で完全に目元が見えないようになっている。亜美が脅そうとした時からは、さらに気をつけているらしく、よく一緒にいる亜美でさえチラリともその髪の下を見てはいない。


正直、亜美は絵美を邪険にしたことを反省していた。


先程までのジュースや摘めるお菓子を用意するのは本来、亜美がするべきことだった。たとえ、信也との受験勉強が頭の中の大半を占めているとしても…。


絵美は母親として、娘に恥をかかせないようにしていたのだと…。


「…ママ。」


…そう思っていた。絵美がこんなことを言い始めるまでは…。


「信也くん、それじゃあ、ママが髪やってあげるわ。」


「…えっ?」


「…いや、いいから。」


その絵美の言葉に呆然とする亜美に、普通に遠慮する信也。


しかし、絵美は止まらない。


「ほら、遠慮しないの!ほら大人しくしなさい!」


「いや、だから…。」


抵抗する信也。


そんな信也の両頬を絵美が挟むような形で掴むと、ようやく信也は抵抗をやめた。


顔を近づけると、至近距離で信也の顔を見つめ、舌舐めずりする絵美。


では♪ご開帳〜♪


と、楽しそうに信也の前髪を上げて…………え?


絵美は信也の顔を見た瞬間、完全に固まった。完全なる思考停止というやつである。それはそうだ。絵美は亜美から【シグマド】のことを教えてもらって以来、ずっと【SHINYA】のファン。


今のストレス解消法は、【シグマド】のライブ映像や、インタビューを見ること。それでいて、お気に入りの【SHINYA】の出ているところは全て記憶しているほど、繰り返し見続けていた。


そんな彼が文字通り目と鼻の先にいるというのだから、程なくして意識を取り戻しても、もう夢か現かという状態である。


絵美がそんな状態になっているとは当然知らない信也は、それまでは目を閉じていた。人の顔が急に近づいてきたのだ。ずっと目を開けているのは、なんとなく憚られた。


…しかし、絵美の様子がおかしく感じ、いつになっても髪がヘアバンドで止められた様子もないことから、信也は目を開け、「…どうしたんだ?絵美さん。」と口にした。


信也と目が合い、その唇が自分の名前をかたち作った瞬間、からかう様子だった絵美の顔が急速に真っ赤になり、「あうあうあう〜…。」としか言わないようになってしまう。


「…ママ?」


それに対し、笑顔で怒りを表現する亜美。


絵美はそれに気が付くと、ヘアバンドを地べたに落とし、娘の亜美を引っ張って部屋の外へと行ってしまった。


バタンッ!!


「なにか用、ママ?」


亜美は当然まだ怒っていた。


しかし、絵美もそれどころではない。なにせ推しである【SHINYA】の顔をあんなに至近距離で見てしまったのだ。…それも名前まで呼ばれて…。


「あうあうあうあう……ど、どういうことよ!!亜美!!ま、まさ、まさか…。」


「【シグマド】の【SHINYA】。」


「そう!【シグマド】!彼が【SHINYA】だって聞いてないわよ!!」


「…だって言ってないもの。」


「言ってないって、あんたね…。」


なんとも言えない顔をしている絵美に、亜美は表情をさっと消して聞いてくる。


「…それで?」


「なに?」


「…それで、ママは()()【SHINYA】の顔をあんなに近くで見てどうだった?」


皮肉も皮肉。自分もそんなことしたことがないのに、先んじて自分の母親がしたことに対する嫉妬心が表に出た言葉。


それに対し、絵美は反論の言葉を返すでもなく、単的に…。


「さ…。」


「さ?」


「…最高でした。」


……ブチッ!


完全にキレた亜美は部屋に入ると、すぐに鍵をかけた。


その日、絵美もあまりの衝撃に、夕飯を作り忘れるほどに大人しかったのだが、これ以降、絵美の信也への対応が媚っ媚なものへと変わって、勉強中は信也の邪魔をするのが嫌なのか一切やってこないが、休憩中と見るや、いつの間にか会話に参加するようになり、亜美は勉強場所を変えようか本気で悩んだ。


…例えば信也の家とか頼んでみようかと。


まあ、ここでの勉強中には、信也の顔がしっかりと見れるようになったので、それについてだけは感謝していたが…。


…まあ、ヘアバンドもかな?こっそり着けたりできるし…ふふん♪なんか楽しい♪


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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公へのカナ姉からの挑発は失念してました そこからの勉強会実現への流れだったんでふね 亜実は割と強運タイプ? それにしても亜実ママの観察眼と推理力が光った回だったかと 自力で主人…
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