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長谷川絵美はいわゆる才色兼備の高学歴ママというやつである。絵美は容姿が優れており、かつて芸能界のスカウトも何度も受けるような美少女だった。それにも関わらず、G大に現役合格し、当然のごとくミスを獲得、その後一部上場企業に入社、そこで出会った男性と結婚して、一人娘を設けた(儲けた)。
その一人娘はすくすくと成長して、今や高校生となっており、彼女は絵美の美しさを受け継いだのか、モデルとして活動していた。それも雑誌で表紙を飾るほどの人気を博して。
順風満帆とはまさにこのこと。
これで娘がいい大学にでも入って、いい男を捕まえて来てくれさえすれば、もう……。
もちろんこれは自分の幸せのためだけでなく、娘の幸せも考えてのことだ。なにせ自分はこれで幸せになったのだから。
しかし、どうやら高校三年となった亜美は大学進学に興味がない様子で…。
それが今の彼女の一番の悩みとなっていた。
「…はあ……。」
最近のお気に入りである【シグマド】のライブ映像を見ながら、絵美はため息を吐く。
楽しいライブ映像、【SHINYA】がアップになると、キラリとその眼光が走り、捉えて離さなくなるが、それ以外のところでは、正気に戻り、娘のことを考えてしまう。
「あっ…もう夕方だわ…。」
気がつくと夕方になっていて、そろそろ夕飯を作らないとと絵美が思っていると、ドアの鍵がカチャリと開く音がして…。
ドタドタドタッ…バンッ!!
「ママ、勉強教えて!!」
「えっ…?」
呆気にとられた絵美からは思わずそんな声が出た。
慌てた様子で入ってきた愛娘である亜美。
彼女を落ち着かせると、紅茶を淹れ、2人で向き合って話すことにした。
「私、どうしてもG大に行きたいの!!」
落ち着いたといっても、亜美が真っ先に口にするのはこの言葉。
絵美はそれに少し参ってしまった。
確かに、絵美としても、娘がやる気を出してきてくれたのは嬉しい。
…でも、勉強を教えるのはNOである。
隠していたのだが、そもそも絵美は一般入試ではなく、推薦入試であの大学に入った。
つまり、亜美が受けるであろうG大の普通入試を受けてはいないのだ。
しかし、娘が志す大学の出身者であるというのにまったくそれを教えることができないというのは、親としての面目丸つぶれ。また、もし間違ったことを教えてしまっても同じことだろう。
しかも、亜美が嫌がらせ的に絵美を貶めようとこんなことを言っているのならば、一喝するなり、やりようはあるのだが、亜美は変なところで純粋で、どうやら亜美は絵美には本気で勉強を教えられるだけの能力があると疑っていない様子だった。
…まずい。
まさか勉強しろ、勉強しろなどと世の親の定例句を口にし続けたことで、こんなふうに追い詰められることになろうとは…。
「…なんで、G大に行きたいの?」
「…そ、それは…その…。」
亜美の歯切れが悪い。なぜだろうか?そう思った絵美だったが、その理由に納得した。
「…好きな人と同じ大学に行きたいから…。」
「……。」
肩に掛かるほどながら艷やかな青みがかった黒髪、長い睫毛に大きな黒い瞳、整った目鼻立ちに、シミ一つ無い肌、頬は柔らかいながら弾力もありそうで、今、それはほのかに朱が差していて、どんな化粧よりも彼女を飾り立てていた。
我が娘ながら、なんて美人なのだろう。
これなら世の男どもは放っておけないに違いない。
だから、そんな回りくどい方法ではなく、直接告白なりなんなりでもするのが一番だろうと、亜美に助言しようとした絵美。
すると、どこからか一挙両得の方法が頭の中に降って湧いてきたのだ。
それというのは…。
「亜美、それならその子と一緒に受験勉強したらどう?」
「えっ?」
我ながら良い提案である。亜美の話では彼も同じ大学を目指すらしいので、おそらく相手はそれなりに頭はいいのだろう。
娘の成績も中の上程度なので、それほど足手纏いにはならないに違いないので、2人で一緒に勉強すれば、それこそ、いつの間にやら、付き合っていたなんてことにもなりそうだ。
絵美の中でもG大に入れるくらいの彼氏ならば、人格さえしっかりとしていてくれれば、文句などない。イケメンなら尚良しだが、それは言わない約束。これは世の親なら誰でも思ってること。理由は孫とか孫とか孫。そして、ほんの少しの目の保養。
絵美が亜美ならば、絵美が暗に言っていること…つまりは勉強名目で家に連れ込み放題だということに、すぐさま飛びつくだろう。
しかし、亜美はどうやら乗り気ではない様子で…。
「…でもそれはちょっと…相手に悪いっていうか…完全に足引っ張るだけだし…。」
普通、亜美の性格ならば、絵美の提案に乗るか、むしろ自分からそんな提案を信也本人にしていたことだろう。
しかし、亜美としては、負い目があった。
なにせあれだけ母親である絵美から勉強しろ、勉強しろと言われ続け、それを反故にしていたのだ。
それは明らかに亜美のミスであり、それを信也に尻拭いさせるような形になってしまうのは気が引けた。
なにせ信也は【シグマド】の【SHINYA】としての活動もあるのだから。
こんなことはもちろん母親であっても言えないことだが…。
すると、絵美は、どうやら絵美の予想よりも、その彼の成績がいいのだろうとだけ考えたらしく、亜美に発破をかけた。
彼女はまどろっこしいと、パンとテーブルを叩く。
「なんで、嫌がるのよ、亜美っ!!恋人との受験勉強なんて、こんな青春真っ盛りみたいなこと中々できない、せっかくの機会なのよ!亜美、あなたね…そんな機会を逃すような勿体ないことするの?」
絵美はバカ娘ではなく、愛娘と表現するほどに亜美を愛していた。だから、もう絵美の中では、娘の告白を断る相手など存在しないことになっていて、信也のことは既に恋人認定されている。
そんな母親の思いが届いたのか、亜美はしぶしぶ…いや、内心では背中を押してもらえたことをかなり喜んだ様子で、それに答えた。
「…ありがとう、ママ。頑張ってみる。」
「うん、頑張りなさい。今度その子、家に連れてらっしゃいね♪」
「うん!って…えっ?……そ、それはちょっと……。」
また乗り気ではない様子の娘に今度はガッツリ威圧をする母親。
「いい?絶対にその子、家に呼びなさいね?わかった?返事ははいだけね?」
亜美は絵美の威圧に屈し、コクリと頷くと、制服を着替えに上の階へと向かった。
「…まったく世話の焼ける子ね…。それにしてもどんな子なのかしら?そういえば、名前も聞いてなかったわ…。」




