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「ただいま。」
信也が家に帰ったのは、日がすっかり沈んだ頃だった。
秋穂にお詫びの印としてお菓子を買いに出かけた故に、こんな時間になってしまった…。
…そう帰宅した時の言い訳ができればよかったのだが、あいにく今日は、カラオケが盛り上がったこともあり、単にカラオケで遊んだだけで終わってしまったというのが本当のところだ。
普段、メンバーやバンド仲間たちと行く時は、他のボーカルの歌い方を見て参考にしたり、歌い方で工夫なんかができるのではと思ったりとストイックな面が出てしまい、少し疲れてしまうのだが、今回は特にそんなこともなく、本当に純粋に楽しめ、今はとても新鮮な気持ちだった。
プロになってから珍しく音楽のことを忘れ、気分良く帰宅できた信也。まあ、その代わりに、秋穂へのお礼を買いに行くのは、また今度となったわけだが…。
…しかし…確か冬美は剣道部に入るのだったか?
信也は部活に入ったことがないのでわからないが、部活の休みってどれくらいのものなのだろう?
もしあんまり休みがないようで、冬美の負担になりそうならば、もういっそのこと、秋穂本人を誘ってみるか?おそらく100%に近い確率で娘である冬美の好みも知っているだろうし…。
そんなことを考えながら、信也が靴を脱いでいると…。
ドンッ!!
「っ!?」
右側と左側にまったく同時、さらには同程度の衝撃が両肩のあたりに走った。思わずつんのめりそうになる信也だったが、彼女たち2人の体重が軽いからだろう。すぐに体勢を立て直すことができ…。
誰だと思い、右側を見るとそこにいたのは、甘栗色の髪の普段気分屋な元気っ子、ミイ。ということは、左側はメイあたりだろうか?
チラッ…当たりだ。
いつも大人しく、気が弱そうに見える彼女がより、弱々しく見え、少し信也を心配させる。
片方は「信也っ!信也っ!」と、もう片方は「信也くん…信也くん…。」と、どちらも縋り付くようにしていて、どうやら単に出迎えをしてくれているというわけではないらしい。
どうにか一度離れさせ、信也が靴を脱いで、床に上がったのだが、すぐにまたくっつかれてしまう。やれやれ。
「どうかしたか、ミイ?メイ?またカナ姉に怒られたのか…。」
(…って、メイがいるってことは違うか…。)
ミイはよく悪戯をしたり、宿題をやらなかったりとカナを怒らせていることをしているが、メイは宿題はしっかりとするし、悪戯に関しては止めに入ったり、一緒に謝ってあげたりしていた。
そう明後日の方向のことを信也が考えていると、ミイの方が予想外のことを言い始めた。…それも必死な様子で。
「なあ!信也は付き合ってる相手なんていないよな!な!」
「ううう……信也くん…恋人…いないよね…ねぇ?」
そんなふうに詰め寄ってくる2人。
もちろん信也はあの会議のことを知らない。だから会議の結果を受け、不安になった故の行動ということはわからない。
だが、信也は別段嘘を吐く理由もなく、ついインタビューでさえ口を滑らせた、文字通りの周知の事実となってしまっていることなので、内心あまり口にはしたくないのだが、、再び事実をありのまま伝えた。
「…いや、いるわけないだろ?…というか、昨日きっぱり別れた。だから、そんなすぐに彼女なんて作れるわけないだろ…。」
どうやら信也の答えがお気に召したらしく、本当に嬉しそうにすると、ミイは喜びに身を任せる形で、信也のお腹に思いっきり抱きつき、もう片方はおずおずといった様子で、しなだれかかるようにして、先程より身体を密着させてきた。
「やった!やった!そうだよね!やっぱりそうだよね!信也に彼女なんていないよね!!」
「…そ、そうだよね!うん、や、やっぱり、し、信也くんにはまだそういうのは…は、早かったと思う。」
と、地味に信也の心の傷を抉ってくる2人。
まあ、事実なので何とも言えないのだが、意趣返しとして、この…と、その小さな頭を軽くうりうりとしてみた。
まあ、そんなことをしてみるのだが、二人ともじゃれ合ってくれているとでも思っているのか、ミイは満面の笑み、メイの方もより嬉しそうに顔をお腹の方に擦り付けてくる始末。
どうやら効果がないとわかり、信也が手を離そうとしたところで…。
「なにやってるの?3人で?」
という声が聞こえてきた。
そう口にしたのは、長い艷やかな金色の髪のスタイル抜群な美女のカナ。信也より一つ年上の幼馴染で、信也たちのお姉ちゃんだった。
彼女に信也たちを咎めるようや様子はなく、どうやら単に信也たちがリビングにやってくるのが遅いと思って、呼びに来たらしい。
「ほら2人とも離れなさい、ご飯よ。」
「「え〜〜!」」
「はいはい、さっさとする。」
「ううう……わかった。」「…ざ、残念だよ…。」
なんて不満を漏らす2人を散らすと、信也にすぐに着替えてくるように言った。
「ほら、信也くんもさっさとする。初音さんが作ったご飯が冷めちゃうでしょ?」
カナの言われるままに、自分の部屋に向かおうとする信也。
そして、ふと大切なことを思い出し、カナに声をかけた。
「あっ、そうだった。」
「?どうしたの?」
「…ご飯の後、ちょっとカナ姉に話があるんだけど…。」




