6
「それでは第487回信也くん対策会議を始めます。」
「イエーイっ!!」
「ど、どんどんぱふぱふ。」
今回の会議はここ十回ほどとは違い、明るい雰囲気で始まった。
盛り上げ役はこの2人、ミイとメイ。というか、ミイがメイに無理やりさせているので、本当に盛り上がっているのは、お調子者のミイだけだが…。
まあ、それはそれでいい。
なにせ前回までの会議というのは…信也に恋人ができてからの会議というのは、もう入りは毎回、完全にお通夜だった。
傷を舐め合い、話している内に、徐々にボルテージが上がっていき、毎回の結論が【信也がフリーになったら、もうヘタレない!!】に至るという、傍から見たら、かなり残念なものとなっていたのだから。
だから希望に溢れているというのは、本当にいいことだとは思う。そうカナは思っていた。
しかし、そうは言っても…。
「さて、今日の議題、それは…信也くんがとうとうあの女と別れ…。」
「イエーイッ!!イエーイッ!!」
「ど、どんどんぱふぱふ。ど、どんどんぱふぱふ!(ちょっとノッてきた。)」
「…たというのに、あの女の家に行ったらしいことについてです。」
……いや、だからこそ、この大問題を蔑ろにするわけにはいかないだろう。
「「「………」は?」」
呆然とする2人と、やはりそうですかと落ち着いた様子の1人に詳細を説明していく。
「マネージャーである愛羅さんから聞いたのだけど…昨日、信也に急な仕事が入った時に迎えに来て欲しいと言われたのが、丁度、前にどんな人物なのか、後ろ暗いところはないのか身元確認して、マークしてたあの女の家だったみたい。」
信也はこれでも芸能人。なので、カナが知っている限りでは名目上、事務所として…そして、また保護者の1人として愛羅は、反社と関係ないかなど、探偵を雇って、しっかりと調べていたのだという。
そして、迎えに行くと、別れたと流れた彼女の家で、愛羅は本当に驚き、バンドメンバーで一番の年長者にして、しっかり者であるカナにどうなっているのか聞いてきたらしい。(名誉のため口にはしないが、愛羅が半泣きで。)
「「「……。」」」
やはりマネージャーにして、信也の従姉である愛羅のことは余程信頼しているのだろう。それが言葉にされると、3人とも絶句。
しかしながら、これではカナの単なる報告会になってしまうので、会話を回そうと誰かしらに声をかけようとしたところ、気分屋ゆえ、一番立ち直りが早かったミイがカナに質問してきた。
「はい、カナ姉、質問。」
「はい、ミイちゃん。」
「それって、信也があの女とよりを戻したってこと?」
「「っ!?」」
ミイのその言葉に初音とメイがまさか…と危機感を顕にすると、即座に神奈はそれを否定した。
「ううん、そうではないみたいね。」
ホッと胸を撫で下ろす3人。
すると、神奈の口から予想もしないような言葉が出たのだ。
「えっと…言いにくいことなんだけど…どうもその妹が信也くんのこと気に入って、家に連れ込んだみたい。」
「………マジ?え?妹?」
「…うん。」
ずっと信也を好きだった4人。
しかし、あれだけ機会や時間に恵まれていたというのに、全員が全員、ヘタレにヘタレた。そして、あの悪夢のような3ヶ月の引き金として、遂には信也をぽっと出の女に奪われたというわけだ。
それを特に初音以外の3人は重く受け止め、若干心も病みかけており、敵対していたはずなのに、見かねた初音のどうせすぐに別れますという助言に救われ、仲直りして、ちょっと(十歳未満はちょっとという枠組みである。初音談。)年齢の離れた初音を会議に迎え入れたという経緯もある。
信也の貞操が欠片も失われていないと知った時は、内心狂喜乱舞であった4人。
特に有料チャンネルでステージを見ていた初音は、本当に嬉しい時に出るような、上体を揺らし、下半身から伸び上がるというガッツポーズをしていたほどだ。
信也があの女と別れ、やっとやってきたチャンス。
そのチャンスをまさか…今度はその妹に…。
そう、カナ以外が絶望していると、カナはその妹と付き合いはじめたということも否定した。
「美羅さんが(取り繕って内心かなり必死に)聞いたところによると、信也くんはご飯に誘われただけらしいわね。さらに深堀って聞いてみたら、どうやら信也くんは今のところその気はないってことがわかったって…なんか妹みたいに思ってるっぽいって…。」
カナのその言葉を聞き、少し余裕が戻ってきた面々。すると、お調子者がいつもの調子でメイを弄り始め…。
「ふ〜ん、それってメイちゃんみたいにってこと?」
「ひ、ひどいよ、ミイちゃん!そ、そんなこと言うなら、み、ミイちゃんだって一緒じゃないの!」
「へへ〜ん、そんなことないもんね〜。私はそんな風に思われないように、ちゃんと信也って呼び捨てにしてるから、平気だもんね〜。信也くん、なんて呼んでるメイちゃんより、親密だもん。」
それはメイに向けてのものだった。
しかし、刺さるやつにはそれはかなり刺さる。
もちろんメイ以外にも信也にくん付けをしている人物もいて…むしろメイよりもその人物にこそ、その言葉は深々と突き刺さっていた。
うふっ…ウフフフ…ミイちゃん…私の信也くん呼びにケチをつけるなんていい度胸ね…。どうしてあげましょう?どうしてほしい?ねぇ、どうしてほしい?
ブチ切れていたカナ…いや、怖いので、くん付けしている人。
どうにかされてしまいそうだったミイ、カ…くん付けしている人の、その溜飲を下げたのは、同じ立場であるメイだった。
ボソッ。「…そ、それって彼女じゃないなら、むしろ友人枠だよね。お、男友達寄りの…。」
よく言ったわ、メイちゃん!!そう!そうなのよ!!距離感なの!!丁度いい距離感!!それがわからないなんて、ミイちゃんはまだまだ子供。
……や〜い、子供♪子供♪
「なんだと〜、メイちゃんのアホ〜!!このペッタンコ!!」
「なっ!?み、ミイちゃんだって小さいくせに!!」
「へへ〜ん、私、最近大きくなって、Aの壁越えたもんね〜♪Bだよ〜B〜♪」
「なっ!?ず、ずるい!!わ、私なんて、だ、ダブルえ、A…なのに…ひ、ひどい…こんなのあんまりだ…。」
そんなふうに双子がじゃれ合っており、少しメイが可哀想ではあるが、メイはイジられキャラなので、まあ、よしとしましょう。なんだかんだ言って、信也くんがいると、信也くんに助けを求めに行って、かなり美味しい思いもいっぱいしてますしね…。
そんな風にカナもメイを見捨てていると、主人がそろそろ帰ってくるのではとお開きにするべきではと思い、時計を気にしていた、優しい初音が話題を変えてくれた。
「こほん…でも続きがあるのですよね?」
「えっ?えっと…そうなの。そうなのよ!!」
前まではこんなふうに脱線してグダグダで終わることもあり、本題に入れないでという会議をかつて百回はくだらないというほどやってきたカナは、初音をメンバーに入れたのは英断だったと内心で思いつつ、話を再開した。
「ええ、どうやらその妹はすぐに家に連れ込んだことからもわかるように、彼女はとっても行動的みたいで今日もカラオケに誘ったりしてるみたいなのよね…。」
「すごっ!ホントに積極的じゃん!」
「み、ミイちゃん!ちゅ、中途半端なところで、話を変えないで…って?…う、ううん、話を戻してくれてありがとう、初音さん。ううう…で、でももっと早く戻してよ。で、でも…妹ってそんな…なの…。こ、このままじゃまずい…だ、ダメだって…。」
「うん、そうよね?ミイちゃんにメイちゃん。だから対策を立てないとと思って、今日会議を開いたのよ。」
なるほどと納得する双子。
これでようやく本題に入れると、ため息を吐くと、早速、初音と情報のすり合わせを行うことにした。
「そのことに気がついた私は今日早速頃合いを見て信也くんに電話を掛けたわ。それで、その結果カラオケに行っていることがわかったのだけど、そこにいたのは、私の耳では2人かしら?電話で聞こえた反応から、おそらくもう片方も信也くんに好意を持ってるみたい。初音さんはどうでした?」
そう初音は話を振られ、そして気がつく。
おそらく彼女が初音がその判断できる機会が生まれるように、信也を誘導したのだと…。
…カナ様…本当に怖い人ですね…できることなら、前みたいに水面下で敵対はしたくないものです。
「…そうですね。間違いなくいたのは2人でした。上の名前はわかりませんが、下の名前は亜美と冬美でしたか…。」
「えっ!?よりによって、長谷川亜美ですか…。」
長谷川亜実。彼女はカナが調べた中にいた要注意人物の一人。その彼女の名が上がり、カナは思わず声を上げてしまった。
「…カナ様、どうやら危険人物のようですね。ですが、報告中ですので、今しばらく。」
カナが大声を出した恥ずかしさから、思わず周りを見ると、双子は可愛らしく、人差し指を唇の前に当て、どうしてカナがそんな反応をしているのかわからないらしく、能天気にし〜っなどとやっていた。
そんな無邪気な可愛らしさで力が抜け、言葉を続けることなく、その場は引き下がる。
「…わ、わかったわ。」
「…私と話している時はその2人で楽しそうにしていたので、そこまではわかりませんでした。ですが、カナ様のおっしゃることを総合すると、もしかしたら協力関係にあるかもしれませんね。とりあえずは以上です。」
「…なるほど…さすが初音さんですね。これは予想以上の成果かも…。」
「?」
と疑問符浮かべているミイにメイがどういうことか教え……。
「要するにもう一人ライバルがいるかもってことだよ、ミイちゃん。」
「ええーーーっ!?こんな短い時間に2人もっ!?信也、モテすぎでしょ!!どうすんの!?」
「それもその…長谷川亜美という人物はモデルなのよね…。ほらメイちゃんが綺麗とかこの前言っていたでしょう?あの雑誌の表紙の娘よ。」
「うえっ…あ、あの娘…ううう……強敵だよ…。」
「落ち着きなさい、2人とも。今、信也くんが誰とも付き合ってないのは確かなのだから。」
「そ、そうだよね!よし!」
「そ、そ、そうだよね。うん!!……でも…それじゃあどうしたらいいのかな…?」
「……とりあえず情報を集めながら…。」
「集めながら?」
「……。」
黙り込んでしまうカナ。実のところ、カナの頭で最適解は見つかっていた。
しかし、カナはこれでもヘタレ。それ故に、そのことを口にすることができなかったのだ。
「どうするの?カナ姉〜?」
急かしてくるミイにカナが口に出すか迷っていた。
「…と、とりあえず現状維持で…。」
「「「……。」」」
「あの〜、ほら、まだ信也くんの心の整理ができてないだろうから。あんまり周りを騒がしくしちゃうと問題だな〜って、うん!しっかり音楽やってこうよ、ほら、えいえいおー!」
「「…えいえいおー!」」
「………。(これ…大丈夫でしょうか?前回の二の舞いになるのでは…。)」




