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信也たちは自動販売機で飲み物を買うと、昼食を食べるため中庭にやってきた。
信也としてはそのまま教室で昼食といってもよかったのだが、昼食時くらい信也も羽根を伸ばしたいだろうという亜美の提案で、そこに行くことになった。
そこにはいくらかのベンチがあって、確かにその間隔がだいぶ開いていることもあり、余程大声で叫びでもしない限り、会話内容が漏れることはないように思える。
それになにより、そこにいたのは熱々のカップルだらけだったので、その点でもこちらのことなど気にすることはなさそうだった。
2人が話し合いたそうな雰囲気だったので、気を利かせて信也がまずベンチの右端に座ったのだが、2人に中央に行くよう急かされ、今、信也は亜美と冬美に挟まれるように座っている。
「……。」
「長谷川先輩だな。よろしく頼む。」
「亜美って呼んでいいから。その代わりこっちも冬美ちゃんって呼ぶね。冬美ちゃんも三瀬ちゃんとか呼ばれるよりもそっちのほうがいいでしょ?」
「…ああ、今はな…。では、亜美先輩と呼ばれせてもらうことにしよう。よろしくお願いする。」
「こちらこそ。」
なんてやり取りが信也を挟んで行われている。
やはり信也はそれほど話すことはなく、主に2人の会話になったわけなのだが、今も2人で隣り合うことは初対面だからと拒否されている。
初対面とはなんぞや?
信也がそんなことを考えていると、周りが見えてなかった熱々だったカップルたちの一部も、どうやら信也たちのことに気がついたらしい。
その中には信也が2人の美少女に挟まれ、羨ましげに見ていた男子もおり、そんな男子たちは彼女である女子生徒に耳を引っ張られ、ご機嫌取りの時間として、昼休みを費やすことになったらしいが、それは信也たちの知るべきことではない。
それはそれとして、どうやら昼食を食べる前だというのに、すでに2人の腹の探り合いが行われているらしく、少し険悪な雰囲気が出始めてきたようだ。
「…へえ…冬美ちゃんって剣道部なんだ。」
「ああ、そうだ。入学式は明日なのだが、今日も稽古があってな…それで学園にいたというわけだ。そういう私も驚いたぞ、まさか信也くんと亜美先輩がご友人だとは…。」
「…そうなの。今朝友達になったばかりだから、今は友人なのよ。」
バチバチバチッ!
ん?なにか今、火花のようなものが飛び散っていたような…?
そんなものを見れば、世の男どもは震え上がるに違いない。実際に修羅場だと言っている野次馬的カップルもいた。しかし、信也はいい意味で空気というやつが読めないらしく、こんなことを提案する。
それより…と。
「あまり話していないで、そろそろ食べないか?冬美はともかく俺たちはこの後も授業があるんだからな。」
そんな信也の言葉に、亜美は信也にお腹を空かせて授業を受けさせるのは気が咎め、冬美は2人を気遣ってそれに同意した。
「…そうね。そろそろ食べましょうか。」
「…そうだな。」
結局、信也は購買に行くことはなかった。
それならば、食べるものがないだろうと思うかもしれない。しかし、今日は…。
冬美が大きめの包みを開くと、その中にはお弁当が2つ入っていた。それは2つとも似たようなサイズで、冬美は上に置かれたほうを信也へと差し出す。
「はい、信也くん。お弁当。」
「ああ、ありがとう。」
そう、なぜ購買にいかなかったのかというと、冬美がお弁当を持ってきたから。本当にありがたいことだ。
このことがバレたら、普段昼は好きに食べたいからと弁当は断っているメイドの初音が悲しむだろうが、偶には、お昼にお弁当というのもいい。
信也はお弁当を開くと、外からは見えないだろうが、少し目を見開く。
お弁当の中身はご飯に、きんぴら、唐揚げ、煮物に、レタスとプチトマトのサラダ。さらには美味しそうな卵焼きも入っていた。
信也がその出来に反応しようとしたところ、亜美が横から覗き込むようにしており、信也が思っていたことを代弁してくれる。
「へえ…とても美味しそう。冬美ちゃんが作ったの?」
「いや、それは母さん…こほん。母だ。」
そうきっぱりと発言する冬美に亜美は驚きの声をあげる。
「……やけにはっきり言うんだ。こういう時って自分が作ったとか言いがちなのに…。」
「?そうなのか?私としてはそんなことないかと思うが…。」
そう冬美はなんでもないことのように言った。
「……。」
正々堂々。そんな言葉が思い浮かぶほどの冬美の実直さに、これはだいぶ分が悪いと思った亜美は無理やりだとは思ったが、話題を少しスライドさせることにした。
「…それはともかく…なんで信也くんは冬美ちゃんのお母さんにお弁当なんてもらっているの?」
「?さあ?秋穂さんがお弁当くれる理由はわからないが、美味しそうだからいいんじゃないか?」
信也のその答えに冬美が苦笑いを浮かべつつ答えてくれる。
「……ああ、それはおそらく信也くんのことを気に入っているからだろうな…。」
「…。(ファンとして?)」
「……。(…………だといいがな…。)」
「「……。」」
正直、冬美としても母である秋穂のことを信じたいのだが、昨日の反応を見ると怪しい。
もし仮に秋穂に信也がまったく魅力を感じないと言うならば、それも冬美の心を平穏にさせただろうが、おそらくそんなことはないように思う。
秋穂は魅力的だ。
秋穂は冬美から見ても、若々しく綺麗なのだ。
胸も大きくスタイル抜群で、昨日信也に会うまでは可愛いところもあるしっかり者の母という印象だったのだが、ほんの1日の観察ではあるものの、時折、色気が見え始め、妖艶な印象も窺えた。
もし出張で十五年以上海外にいる顔すら忘れた父が居ようものならば、本気で浮気を疑われたのではないかと思うほどのそれだったのだ。
そんな彼女が信也を男として見ていない。それを断言することは、冬美にはできなかった。
それを亜美も感じ取ったのだろう。
そして、2人は心の中でシンクロする。
((…不安だ。))
そんな2人の心の内をしらず、信也はパクパク、パクパクと弁当に舌鼓を打っていく。
すると、ふとあることを思い出し、それについて聞いてみることにした。
「冬美。」
「?どうかしたか?」
「秋穂さんの好みを教えてくれ。」
「「………………え?」」
なにせ今、二人して丁度その秋穂のことで不安に思っていたところなのだ。
そこでタイミング良く?…悪くも、信也が秋穂の好みなど聞いていたものだから、当然のごとく固まり、掠れたような声だけが出た。
「あっ、間違えた。秋穂さんのお菓子の好みを教えてくれ。昨日、ご飯食べさせてくれたのに、急に帰るとか悪いことしたからな。できればお礼とお詫びをしたいんだ。」
「…ふう…なんだそんなことか…。たぶん気にしなくてもいいと思うぞ。母さんもそんなこと気にしていない。むしろもっと家に来てくれた方が喜ぶだろう。もちろん!私もだがな!!」
そう告げる冬美。むしろこちらの要求の方が、秋穂だけでなく冬美自身も喜ぶ。これは間違いない!!
しかし、信也はそれでは納得がいかないらしい。
「いや、もちろん家に来てほしいと言うなら、それもしたいとは思うが、これは俺の気持ちの問題だ。だから悪いが、それは受け取ってもらう。」
こうなれば梃子でも動かない。信也にはそんな頑固なところがある。
それを目の当たりにした2人は信也の男らしさに頬を赤らめた。
そして、冬美の方はというと、それなら仕方がないと、理由をこじつけ始める。
「…そ、それならば、い、一緒に買いに行く…か…?その方が母さんの好みがよくわかるだろう?」
「そのつもりだったんだが…いいのか?」
そ、そのつもりだった……だと……そんなのもちろん……い、いいともっ!!
冬美の心は即座に決まっていた。しかし、そんな反射的な言葉を発する冬美ではない。冬美は慎み深い乙女なのだ。
「こほん。し、仕方がない。もちろん…もちろん構わない…ぞ…。それなら、き、今日の放課後にでも…。」
と続け、放課後デートに漕ぎ着けたと冬美が心の中で狂喜乱舞していると、信也の隣に座っていた、冬美がすっかり忘れていた人物が声を上げた。
「あっ、それなら私も行きたい。そういえば丁度雑誌の特集でオススメスイーツ聞かれてたんだった。」
「………。」




