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何をしていたのか、信也はホームルーム開始ギリギリ頃にやってきたので、朝のうちに話はできず、今日の授業が移動教室の多くある日で、ある程度まとまった時間が取れなかった結果、結局はそれは昼休みまで、もつれ込むことになった。
だいぶ時間も空き、考える時間があったので、春香の考えが変わったのかというと、やはりそんなことはなかった。
春香は自信を持っている。やはり信也のような人間と冬美が付き合うようなことは勿体ないと…。
昨日のあの時から…秋穂と冬美が信也のことをやたら肯定した時から、反発ゆえ、2人とは目すら合わせなかった。
冬美本人に言っても無駄。それならばと、春香は信也に直接言うことにしたわけだ。
もちろん勝算はあった。
下衆な話だが、春香を空也に奪われ、信也は今かなり傷ついており、春香たちに苦手意識を持っているはずだ。だからそこを突けばいい。
そうすれば、昨日のように信也は春香に強く出れずに、事は済む。
だから今回も上手くいく。そう考え…。
「信也くん、ちょっと…「信也くん、今日お昼は?」……は?」
春香は自分の言葉が遮られ、軽くキレた。
こちらは朝からずっとこの機会を待っていたのだ。それを邪魔するな!!
スクールカースト上位の彼氏ができ、陽キャとなり、気が大きくなっていた春香は怒りの声で当たり散らそうと…「誰よっ!」と声を出しかけ…。
その声の主を見て、春香は固まった。
「…って、は、長谷川さんっ!?」
そう、春香が当たり散らそうとした相手は、なんとモデルの長谷川亜実だった。
亜美はその美しさから、この学校の女子生徒全員の憧れである。もちろん春香もずっと憧れていて、彼女の特集が組まれた雑誌も含め、彼女が写っているものを数冊は持っていた。
ちょっと前なら、亜美に声をかけられるだけでも、天に昇るような気持ちだったに違いない。
長谷川亜実は、ある種この学園のスクールカーストにおいて、別格といえる存在。
いくら今の春香でも、そんな相手に強く出ることはできなかった。
「ん?亜美…と…春香?2人ともなにか用か?」
「?春香?」
「っ!?」ビクッ!!
「えっと…三瀬春香…だっけ?信也くんになにか用?」
そこにいたのは、蛇に睨まれた蛙だった。
「え、えっと…よ、用というわけでは…。」
「ふ〜ん。」
亜美の疑わしげに見つめるその視線。ほんの僅かな時間にも関わらず、それに耐えることができなかった春香はなんでもいいからと咄嗟に思ったことを口にした。
「あの…し、信也くんと仲…いいんですか?」
「ふふっ、そう思う?」
そう意味ありげに、亜美は微笑んだ。
「え…えっと…。」
その笑顔どっち?どっちなの?
嬉しいの?それとも、そんな愚問聞いてんなよ的なもの?
ボッチのころに培われた能力のおかげか、かなりの数の視線を感じるのがわかった。いつの間にかクラス中が春香を注目している気がして…。
実際にそんなことはないのだが、この質問に間違った瞬間、スクールカーストでの今の地位が吹き飛ぶのではと背筋が寒くなる。
どうする?どうする?どうするの?
引きつった笑顔を浮かべ、悩みに悩んだ末に春香はこう答えた。
「は、はい…とっても…。」
「よくわかったわね。もちろんよ。信也くんと私は仲良しだもの。」
「……そう…ですか…そうだったんですね…。そ、それじゃあ、私はこれで…し、失礼しました。」
そうして、もう無理と何もせず、逃げるように戻っていく春香。
し、信也くん…いつの間に長谷川さんと仲良く…。
これじゃあ、もう信也くんに強く出るなんてことできないじゃない。もし…亜美に告げ口でもされたら…。
信也は当然そんなことをするはずもないのだが、信也に対して曇った目を持っている春香がそのことに気がつくはずはない。
春香は告げ口された場合のことが頭によぎると同時に、先程背筋が寒くなる感覚が思い出してしまった。
ブルッ!!
…怖かった。本当に怖かった。
…またあんな日々に戻るのかと思うと…。
怖かったから、空也に慰めてもらおうと「空也♪」と甘えたような猫なで声をあげて、すり寄る春香。
でも、空也はどこか腹立たしそうにしていて…。
「……チッ!行くぞ!!」
「…えっ?」
苛立たしげに手を引かれて、教室を出る。
春香はなんで空也が怒っているのかわからず、手を引かれていくのが少し不安だった。
しかし、すぐに自分と照らし合わせ、ある考えに至ると、途端に機嫌が良くなり、春香はそれに喜んで従い始める。
ふふん♪まさか空也が私のことで嫉妬するなんてね♪
他の男なんて見るんじゃね〜って、やつ?
ちょ〜嬉しい〜♪
ありがとうね、空也♪
その日、2人は授業をフケると、午後の授業帰っては来なかった。どこで何をヤッていたのかは言わない。
―
「ん?あれは姉さんと…新彼氏か?」
姉が男に手を引かれて連れて行かれている。もしこれが知りもしないような人物なら、声をかけるようなことをしただろうが、彼氏の顔色は残念ながら見えなかったが、姉も笑顔だし、彼氏というなら問題ないと判断し、頭の外にやると、なるべく早く信也に会いたいと自然と脚が早くなる冬美。
そうして居住まいを正してから信也の教室に顔を出し、礼儀正しく、近くの先輩に声をかけて、取り次いでもらうと……。
「ん?学食か購買のつもりだが?」
「そっか。それなら購買にしなよ。私、一緒に食べたいな。」
「まあ、いいけど…。」
……なんだ…あれは……。
信也の近くにいた…いや、信也に話し掛けていたのは、綺麗な女子生徒、長谷川亜実だった。
彼女はおしゃれにそれほど詳しくない冬美でも知っているほどの相手。まあ、主に姉がほっぽり出していた雑誌を目にし、信也に気に入ってもらえるようにとほんの僅かに色気を出して、服選びとかの参考にしたそれだ。
…そして、実際に見ると、やはり綺麗だなと昨日の段階で思っていた相手だった。
そんな存在がなぜ……。
そう考える冬美だったが、おそらく仕事で知り合いでもしたのだと思い、自己完結すると、それと同時に、このままではまずいと、「安瀬く〜ん。」と取り次いでくれようとした先輩に、「いえ、自分で向かいます。ありがとうございました。」と言うと上の学年の教室に入るのは気が咎めたはしたが、それどころではないので戦地に向かって歩き出す。
すると、信也の方が自分に気がついてくれて…。
「ん?冬美、どうしたんだ?」
「え?…ああ、今日も学校に来る用があったので、せっかくだから、昼食をご一緒しようと思ってな。」
「そうか。なら一緒に食べるか…いいか、亜美?」
あ、亜美っ!?
「うん、いいよ、信也くん。」
信也くんっ!?だと…っ!?
ふ、2人はど、どんな仲なのだっ!?




