城下町からの脱出
激しく打ち鳴らされる警鐘の鐘の音が、外の空間から、暗渠の中まで響いてきた。
ドアンナたちは、光に向かって走った。風に乗って外から新鮮な空気が吹き込み、ドアンナたちは、ようやく肺の底からまともに呼吸することが出来た。
ドアンナは、暗渠の出口から飛び降りた。そこは、くるぶしまでの深さしかない、浅い川だった。暗渠の出口は、どこかの橋の真下に隠れていたのだ。背後を振り返ると、護岸際に浮浪者の立てたあばら屋がふたつみっつと立っていた。
彼女は歩き、橋の影から顔を出した。眩しい直射日光が目に突き刺さり、彼女は思わず顔をしかめた。
対岸に見える町並みは、あちこちから火の手が上がり、黒い煙が立ち上っていた。
対岸の川沿いの道を、人々が逃げ惑っていた。下流には、いくつかの死体が浮かんでいた。
戦線はすでに外城を越え、城下町に達しているらしい。
その時、ドアンナは突然首根っこを引っつかまれ、体を引き寄せられた。
振り返ると、レイセンが口に指を立てて、静かにしろと合図していた。彼女はそのまま指で橋の上を指した。橋の上から、くぐもった声が聞こえて来た。
男の声「見つかったか?」
別の男の声「いいえ、みつかりません」
男の声「もう一度よく探せ。この近くのどこかに、秘密の地下道の出口があるはずなんだ」
橋の上のひとりが、そう言った。
ドアンナたちは、戦慄した。今ここを離れないと、すぐに見つかってしまう。
ドアンナは逡巡した。今から暗渠に戻るべきか?
しかし、暗渠に身を隠したとして、奴らは秘密の地下道を探しているのだから、遅かれ早かれ暗渠を見つけ、中に入ってくるだろう。そうすれば、戦闘は避けられない。
いや、奴らはすでに地下道の存在を知っているのだから、挟み撃ちにされるかもしれない。そうすれば、王女は捉えられ、残りの人間には死しか待っていないだろう。
それならば、いまからここで闘うべきなのか?ドアンナは、どうすべきかと、レイセンに視線を送った。
レイセンは、護岸の方向を指さしていた。
ドアンナが指の方向に視線を向けると、護岸際のあばら屋から、浮浪者が顔を出し、小声で彼女たちに呼びかけていた。
浮浪者「女王様!こちらへ!急いでください」
男はそう言った。ドアンナたちは、あばら屋に向かって走った。
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あばら屋の帳をくぐると、そこにはもうひとりの男がいた。彼は、ドアンナたちを見ると、会釈をした。
あばら屋の中に入ると、そこは意外なほど清潔であった。家の壁は外見と違い、密に並んだ直線の羽目板で覆われていた。部屋の壁は部屋の真ん中に鎮座する机は、真新しくニスで磨かれていた。この家には、浮浪者特有のすえた匂いはしなかった。
アマンダが口を開いた。
アマンダ「あなたたちは、一体……」
しかし、彼女言葉は中断された。
外を覗いていた浮浪者は、慌てて顔を引っ込めると、ドアンナたちに強い口調で命じた。
浮浪者「兵士が来ます!奥へ隠れて!」
浮浪者はそう言うと、重ね着した上着をまとめて脱いで肌をあらわにした。一体何だとアマンダたちがドギマギしていると、浮浪者はもう一度強い口調で命じた。
浮浪者「早く奥へ!」
ドアンナたちは、いわれるがまま扉を開けて、扉の奥へと入った。そこには、あばら屋とはまるで場違いの、磨かれた長剣と盾が壁に立てかけられていた。
ドアンナは、それをひと目見てわかった。これは、近衛兵のみが帯剣を許された、白銀の剣だ。
ドアンナたちは、息を潜め待った。そのうちに、扉の向こう側で物音がした。兵士たちが、家に入ってきたのだ。兵士たちは、中のものを見て、吐き捨てるように言った。
兵士の声「うげえ。なんだこいつらは」
別の兵士の声「こいつら、ホモかよ。汚え連中だ」
兵士たち舌打ちし、吐き捨てるようにそう言うと、すぐにその場を去ったようだった。
ドアンナたちは、扉を開いた。ニ人の浮浪者は、裸で床に寝そべり、いまだに抱き合っていた。彼らはドアンナたちに顔を向けると、真剣な面持ちで行った
浮浪者「まだ扉は開けないで!奥に引っ込んでいてください」
ドアンナたちは、言われた通りにした。
そうしてしばらく時間が経った後、扉の奥から、開けていいよと声がかかった。
彼女たちが再び扉を開くと、浮浪者の一人は、すでに上着を着込み座っていた。もう一人の浮浪者は、外に出ているようだった。
アマンダは、彼らに問いかけた。
アマンダ「あなたたちは、一体何者なのですか」
浮浪者たちは答えた。
浮浪者「我々は、元近衛兵です。兵としてはもう引退する年になったため、ここで地下道を監視する役割を負っているのです」
アマンダ「そうだったのですか……ということは、いつもここで待機しているのですか」
兵士「その通りですよ。王族の方がいつこの道を使うことになるか、誰にもわかりませぬ故」
兵士はそう言うと笑顔を見せた。彼らの肌は薄く汚れていたが、歯は白く磨かれており、全て生え揃っていた。
兵士の片割れが戻って来た。
兵士「上は安全なようです。すぐにここを脱出なさってください」
アマンダ「あなたたちは、これからどうなさるのですか?」
兵士「我々は最後までここに残ります。全ての人間がここから脱出し終える、その時まで」
アマンダはフードを脱ぐと、兵士たちに、自らの顔をはっきりと見せた。黄色い光輪が、彼女の頭上にうすぼんやりと現れた、
アマンダは、彼らの手を握り、言った。
アマンダ「ありがとう。王族として、心から感謝いたします。おふた方に、神のご加護がありますよう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドアンナたちはあばら屋から出ると、護岸の上へよじ登った。
彼らは通りの左右を見渡したが、人影はなかった。5人は道を突っ切り、一旦路地裏に入った。
路地裏から西の方角を見ると、そこからおよそ500ヤードほど先に、ローゼンハイムの高い外城壁が見えた。
城は、すでに炎に包まれていた。
都市を彩る橙色に統一されたの屋根瓦の間から、たくさんの黒い煙が立ち上っていた。
その毒々しい黒煙は、城の状況がすでに芳しくないことを示していた。
【ドアンナ】「私達は今、城の東南東にいる思う。これからどうする?」
【レイセン】「とりあえず東に向かいましょう。とにかく、城から距離を取らないと」
【ドアンナ】「私は賛成ね。アマンダは?」
【アマンダ】「私も賛成します」
【ドアンナ】「アンナは?」
【アンナ】「私も、それでいいと思う」
【ドアンナ】「決まりね。東へ向かいましょう」
五人は、暗い路地裏を駆け出した。
通りには、すでに人の気配はなかった。薄暗い貧民窟の路地裏に、石畳を叩く靴の音が響いた。主人のいなくなった家で、残された番犬が鎖を鳴らしながら、なにかに向かって吠え続けていた。
道の先に、ひとりの浮浪者が座り込んでいた。泥だらけの汚い前髪の奥で、彼のぎらついた三白眼が光った。男は、彼女たちに流し目を送ってきた。
アマンダ「あなたも、ここからはやく逃げてください!」
アマンダは、男に声をかけた。しかし、浮浪者は彼女に胡乱げな視線を向けただけで、立ち上がろうとはしなかった。ドアンナはアマンダノ横に並ぶと、小声で言った。
ドアンア「お前は、あまり声を出すな」
彼女たちは、そのまま男の横を通りすぎた。
ちょうどそのとき、道の先の曲がり角から、軍靴の足音が聞こえてきた。
【ドアンナ】「隠れましょう」
彼らはそばにあった家の扉を開き、中に入った。
家は、もぬけの殻だった。中の住人は慌てて脱出したのだろうか、まだ食べかけの食事がテーブルの上に並べられていた。
食器のうち、ニつは大きく、ニつは小さかった。おそらく、家族の内二人はまだ小さい子供なのだろう。
ドアンナたちはニ階へ上がった。そして、扉を開き、奥の部屋へと入った。
そこは、夫婦の寝室のようだった。乱れたベッドの脇の窓から、埃っぽい部屋に日が差していた。
通りから甲冑の足音が聞こえてきた。彼女たちは、窓の下に身をかがめた。そのうちに、足音は通り過ぎていった。
彼女たちは、その場にかがんだまま、耳を澄ませた。彼らの殆どは、そのままそこを通り過ぎた、しかし、兵士のひとりが、誰かに話しかけた。それは、おそらく先程の三白眼の浮浪者だろう。
【兵士】「おい貴様、若い、学生ほどの女五人組が、この辺りを通るのを見なかったか?」
【三白眼の浮浪者】「ああ、みたぜ。そいつらなら、向こうの方に行った」
ドアンナたちは、戦慄した。彼女たちは慌てて窓から離れると、立ち上がった。
各々が、魔法を放つ準備をした。レイセンは皆の前に立ち、剣を抜いて、扉の前で構えた。
そうして、彼女たちは待った。
しかし、しばらく時間が過ぎたが、兵士たちがそばに来る様子はなかった。
ドアンナは再び窓ににじり寄り、慎重に通りを覗き込んだ。兵士たちの姿は、すでにそこにはなかった。
ドアンナたちは、階段を降りた。彼女は音を立てないよう、壁に手をかけ、慎重に歩みを進めた。
そして、彼女たちが一階の床を踏んだ時、突然家の扉が開いた。
彼女たちは、文字通り飛び上がった。しかし、入ってきたのは、例の三白眼の浮浪者だった。
浮浪者は、ドアンナを一瞥すると、テーブルに向かった。そして、テーブルに並べられたパンをひょいひょいと掴むと、スープの皿を取り、それをずずずとすすった。そして、彼女たちに向かってに言った。
浮浪者「兵士には、あんたらは海の方に向かったと言った。やつらはまだこの辺をうろついてる。しばらくここを動くなよ」
浮浪者はそう言い終わると、あたかも彼女たちがそこにいないかのように、戸棚の中を探り始めた。そして、引き出しの中から金のブレスレットを見つけると、それをポケットに中に放り込んだ。
【アマンダ】「盗むのですか?」
【三白眼の浮浪者】「どうせザクセンのやつらに全部かっぱられるだろう。なら、俺が盗んでも変わらないな」
【アマンダ】「私の前では、盗まないでください」
【三白眼の浮浪者】「なぜ?」
浮浪者はそう言うと、振り返り、アマンダを見つめた。二人の視線はそのまましばらく絡み合ったまま、ほどけなかった。
やがて浮浪者は、ポケットの中身を放り捨てると、家から出ていった。
彼女たちは、しばらくその場に立ちすくんでいた。
レーセンが、まず初めに動き出した。彼女は、テーブルの前まで行くと、お盆を取り上げ、その上に残り物のパンをひょいひょいと重ねた。
ドアンナも動き出し、スープの皿を両手に持った。アンナは部屋の奥の水瓶を持った。ペトラも、食べかけのスープの皿を持った。
アマンダも、結局は、テーブルの真中の野菜のボウルを両手で持った。
彼女たちは再び2階へ上がって行った。そして彼女たちは遅い食事を始めた。
レイセンは、おぼんから、皆にパンを手渡した。彼女は、皆にはかじりかけのパンを渡し、自分には噛み跡のないきれいなパンを残して、それにパクリと噛み付いた。
【ゲイル】「お前、自分だけきれいなパンを食べるのか」
【ペトラ】「私も同じことを思いました。普通は一番キレイなものを王女様に渡すべきです、常識的に考えて」
【レイセンー】「えー……」
レイセンはそう言い、パンを口から取り出すと、それをしばらく見つめた後、アマンダに差し出した。パンには、歯型と唾液がねっちょりとついていた。
【アマンダ】「それは、レイセンが食べて(^^;」
【レイセン】「だってよ。悪ぃな(^-^)」
レイセンはそういうと、口元をほころばせながらパンを口の中に放り込んだ。
【ペトラ】「……」
【レイセン】「どうした?お前、なにか言いたそうだな」
【ペトラ】「別に、なんでもありません」
【アマンダ】「レイセン、怪我は大丈夫?」
【レイセン】「そりゃもうばっちし。すげえよ、天使の力っていうのは」
【ペトラ】「気をつけてください。悪魔は、天使の力を感じ取ることができるそうです。今回は地下道だったので見つからなかったでしょうが、あまり外でこの力を使わせないようにしてください」
【レイセン】「わかった。気をつけるよ。ところでドアンナ、おまえ、盗んだ食い物食ってるじゃねえか」
【アマンダ】「あはは(;´∀`)まあ、放っとくと腐っちゃうし……」
【レイセン】「みなさん聞きました?今の言い訳を?(●`□´●)これが王族ですよ。自分さえ良ければ後はどうでもいいというね」
みな、苦笑いしながら、パンを食べた。ようやく、この五人に、いつもの明るさが戻ってきた。そうして、皆は食事を終えた。
【レイセン】「さて、これからどうしますか。夜まで待つというのも、一つの手ですが」
【ドアンナ】「私は反対。家を一軒一軒虱潰しに調べられたら、いずれはみつかるわ。戦闘が続いている間に、はやく脱出した方がいい」
ドアンナがそう言い終えた時、階下で、家の扉が開いた。
ドアンナたちの間に、再び緊張が走った。レイセンは、再度皆の前に達、扉の手間で剣を構えた。
足音は、階段を登ってきた。そして、扉の前に立った。レイセンは掌印を結び、臨戦態勢に入った。
男の声「俺だ。さっきの浮浪者だ。扉開けてもいいか?」
男はそう言うと、扉を開けた。そして、言った。
三白眼の浮浪者「あんたら、逃げるあてがないなら、俺と一緒に来ないか?スラムを通っれば安全なはずだ。きれいな娘さんたちには、ちとつらかろうがな……」
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こうして5人は、この浮浪者の後ろをついていった。
彼は、地下へ通じる薄暗い階段を降りた。彼女も、こんな場所は知らなかった
浮浪者はどあんなたちの知らない細い路地裏の階段を降りた ドアンナは町をよくうろつき道を全て知っているつもりだったがそれでもこの貧困地区に入ったことはなかった
彼らが階段を降りると子は手作りのアパラヤが並ぶスラム街の真っ只中だった
三白眼のフローチャは迷うことなく道を進んだスラム街に合わせるスラム街の人間たちはすでにその場所から逃げ出していた
彼女たちが歩いていると1人の老婆が家からずっと出てきてローザに声をかけた
そこを降りると、あばら屋が立ち並ぶスラムへ出た。
スラムの人間は、すでに移動していた。
彼らは、あらやの中を走った。
「ばあさん」
「ロイド、あんんたなにやってるんだい。早くここから逃げよしよ」
「この人たちを、匿ってくれないか」
作戦の兵隊たちがもうここに帰ってきているよ
ここにももういくらか来ているのか
はい今触ったところだよいや待ちな・・・馬の蹄が聞こえるよ
あんたたち家の中には入り
どあんなたちは彼女に従い家の中に入った
家の中には家具がひとしきり揃っていたそれなどは磨かれて棚に並べられていた
アマンダは浮浪者たちの生活など知らなかったがすみかの見た目とは違いなんかはそれなりに文化的な生活を送っているようだ
岩手駅木造りのアバラヤの中庭で大きな蹄の足音が聞こえてきた
やがて馬の蹄は通り過ぎて行った
しばらくここで隠れていなさい老婆が言った
死ぬ時は天使様のそばで死にたいんだよ
アマンダはこういった人たちのことを考えたことがなかった。
おれも、本来なら王族なんて信用していなかった。3日前まではな
っだが、3日まで、王女様を目にして、木が変わったよ。本物はイルんだってな
ロイドは、頑なにアマンダの方をみようとはしなかった。
遠くでぼんぼんと響く砲撃の音
人々の死体
遠くから聞こえる、叫び声
涸れ井戸に隠れさせられる
じゃあな。気をつけて
出ておゆき王族なんでこの辺にケアしないよ
もやし燃やせ男の声が響いたそして日が放たれた
老婆の叫び声が聞こえた
そこの井戸の底に彼らは1時間もとどまっていた
やがて上蓋が取り除かれたそしてロイドが上から顔を出した
彼らが彼女たちは上に這い上がると老婆の少子隊がそこにはあった
かわいそうにアマンダが言った
あんたがそう思うならなおさらだ心が早く逃げよう
そうステロイドは彼女たちを連れて竹野原となったスラム街を抜けた彼は登り階段の下まで見送ると
この階段を登るって路地を右に曲がるとしばらく行くと階段に川に出る川からは東灘大門が見えるからそこを目指せ
ありがとうございます
に構わねえよ
気をつけてな
男は言った
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【レイセン】「止まって!なにか、変な匂いがする……」
レイセンがくんくんと鼻を鳴らすと、手を上げてみなを静止させた。みなは、壁を背にして立ち止まり、息を潜めた。
道の先は、川に続いていた。路地の向こうの開けた空間から、川のせせらぎが聞こえてきた。空から射す太陽の光が、道の先の欄干を照らしていた。
レイセンは皆の先頭に立ち、柱の角から曲がり角を覗き込んだ。
道の先に橋がかかっていた。その橋の上に、悪魔がひとり、ぽつんと立っていた。
悪魔は、レイセン達に背中を向けて立っていた。悪魔は、およそ140センチほどの小柄な躰つきをしていた。その頭からは、腰まで伸びた金色の髪を生やしていた。そして、頭の側頭部からは、見まごうことなき悪魔の特徴である、ごつごつとした一対の赤い角をはやしていた。
彼女は、両腕をだらんと垂らして、脱力して立っていた。両腕よりも遥かに長いその袖の布は、肘から袖口まで血に染まり赤く濡れていた。血のしずくが一滴二滴と、袖口の先から滴り落ちた。
彼女の足元には、切り刻まれた兵士の死体が山になって転がっていた。
レイセンは、死体の数がいくつなのか、数えることができなかった。兵士は全身をバラバラに解体されていたのだ。彼らは、無惨な屠殺体となって血の海に沈んでいた。
彼らの腹からこぼれた内臓の匂いが風に乗って漂ってきた。蝿が死体のまわりを飛び交う不快な羽音が水のせせらぎをかき消した。
(絵 1 4 _1)
レイセンの頭の後ろから、ドアンナたちも顔を出し、道の先の悪魔を覗き込んだ。
ドアンナ「勝てるか?」
ドアンナは聞いた。レイセンは、答えに迷った。
レイセン「わからない……あの袖を操って闘うのなら、私との相性は良さそうだけど」
ドアンナ「布槍術の類かしら?」
レイセン「多分ね。勝てる確率は半分ぐらいだと思う」
ドアンナ「半分じゃ危険ね。別の道を探しましょう」
ドアンナはすぐに決断した。本来は、彼女たちは魔術師として、人々を守る義務があった。本当ならば、命を賭してでも、悪魔と闘うべきだ。
しかし今は、彼女たちは王女を連れていた。いかなる危険も犯すわけには行かなかった。
彼女たちが建物の影から身体をひこうとしたその時、レイセンの大きな狐耳が、道の先から駆け寄ってくる足音に気づいた。
レイセン「待って!誰か来る!」
レイセンは切迫した声音でいった。ドアンナは、レイセンの小さな体の上から、再び顔を出した。
道の先から、三人の子供が走ってきた。
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彼らは、齢十にも満たない少年少女だった。彼らは兄弟なのだろうか、顔つきがどことなく似ていた。みな、子供が男と女に分かれる前の、きめ細やかな肌と、細い金色の髪の毛を冠っていた。
一番大きな男の子が、先頭を走っていた。真ん中を走る男の子は、最後尾を走る女の子の手を引いていた。女の子は、その腕に熊のぬいぐるみを抱えていた。
彼らは、後ろを何度も振り返りながら、橋に向かって一直線に駆けていた。
(近づいちゃ駄目だ!)レイセンは心のなかで叫んだ。しかし、彼女がそう思うと同時に、背中から声がかけられた。
ドアンナ「助けようと思うなよ」
ドアンナが言った。彼女の言うことは、正論だ。王女の命を預かっている今、いかなる危険を犯すこともできない。しかし、レイセンは、子どもたちから目を離すことができなかった。
先頭の子供が橋に差し掛かった。そして、ぐるりと道を曲がると、目の前に広がる光景に気づき、急に立ち止まった。
彼は、足元に転がる兵士たちの死体を前にして、立ちすくんだ。そして、顔を上げて、目の前立つ人影を見上げた。
悪魔が振り返り、少年たちに顔を向けていた。彼女は無表情な瞳で、少年たちを見つめていた。
少年は、その姿に気圧され、一歩後ずさった。しかし、思い出したように、来た道を振り返った。その顔には、恐怖が張り付いていた。やはり、彼らはなにかから追われているらしい。
しかし、少年は意を決して、橋を進むことに決めた。彼は、悪魔の脇を走り抜けようとした。
悪魔は、腕を振り上げて、少年の首に向けて袖を振った。一瞬だけ、それは大きな鎌のように、金属のように硬質化した。
袖が、少年の首を撫でた。一瞬、何も起こらなかった。少年は、足を振り、走り続けた。
やがて少年の首に、一直線の黒い線が浮び上がった。少年の首は、その線を基準にして、前後にズレ始めた。血が、水瓶の縁から溢れ出る水のように、赤い線から吹き出した。
少年の頭は、ハイビスカスの蕾のように、その身体からぼとりと落ちた。蓋の空いた頸動脈から、空に向かって血が吹き出した。
女の子が、叫び声を上げた。その細く白い腕から、くまの人形が滑り落ちた。
悪魔は、女の子に向けて笑った。その白い肌からは想像もつかない、茶色のきたない乱杭歯をむき出しにして笑った。そして、悪魔は、彼女に向かって、右手の袖を振り上げた。
瞬間、レイセンは地面を蹴り、駆けた。
彼女は、ドアンナの真横を一迅の風のように抜き去ると、わずか六歩のステップで通りを駆け抜け、悪魔に迫った。
彼女は赤い血に沈む兵士を縫って駆けた。間近に立ち昇る血の匂いが彼女の鼻孔を突いた。彼女の大きな橙色の狐尾は、天を衝く角度でいきり立った。
悪魔はレイセンを見た。センターパートに分けられた細い金髪が体の動きに合わせて揺れた。彼女の唇は、少女のように赤かった。
【レイセン】「灼熱の炎を纏う魔法」
レイセンは口中でそう唱えると、右手に翳した銀の細剣に灼熱の炎を吹きつけた。
剣は炎をまとった……いやむしろ、粘性の炎が細剣を覆ったという方が正しい。
炎は激しい熱で小体積の細剣を焼いた。
エルフの古代文字が穿たれた銀の細剣は、鋼鉄の融解温度を遥かに超える白熱の光を放ち始めた。
太陽光線と見紛う鋭角の光は、直視不能な波長領域で悪魔の網膜を焼いた。摂氏五千度の放射熱は悪魔の白い皮膚を焦がした。
レイセンは、白熱する細剣を振りかぶり、悪魔の正面から切りつけた。
悪魔は、瞬間的に硬化させた袖の布で、レイセンの剣を払った。途端、炎が悪魔の袖を中心に燃え広がった。
悪魔は、右手の袖で、炎に燃える左手の袖を切断した。悪魔は、カノジョのケンに触れてはならぬと学習した。
悪魔は右手の袖を振るうと、足元の死体から剣を拾い上げた。そして、袖の先に剣を握り込むと、レイセンのくるぶしに向かって、あたかも地面を這う蛇のように、超低空の突きを放った。
レイセンは剣を腰に深く抱え、奥義でその剣戟を受けた。
レイセン『巌流奥義・新月面』
月面、それは室内戦闘において長刀を自在に扱う、古武術の技だ。
本来、室内戦闘においては、刃を自由に振ることのできない長刀は不利である。しかし魔法剣士においては、その限りではない。
彼らは、オーラをその剣に纏う。オーラを纏った剣は、木の柱や壁などは、容易く切断する。
彼らはあたかも牛酪でも切るかのように、空間ごと障害物を切断し、あたかもそこになにもないかのように剣を振るう。これを総称して、剣士たちは月面と呼んだ。
今、レイセンは、腰に剣を溜め、膝を深く踏み込んだ。そして、地面をえぐる半月の軌跡で、剣を振り上げた。
その刃は地面を通過し、土塊を弾き飛ばしながら、間欠泉のように天に向かって放たれた。
想定外の角度から放たれた剣の軌跡は、悪魔の放つ鉄剣を完全に捉えた。レイセンの剣は、悪魔の袖ごと鉄剣を弾き飛ばした。
高い金属音を響かせて、鉄剣は空高く宙を舞った。
悪魔の黒い袖が、赤熱するレイセンの剣に触れた。途端に、炎が、残された左腕の袖に燃え広がった。
レイセンは、間髪入れず悪魔に突進した。そして、悪魔の細い体の中心に向かって、突きを放った。
悪魔は、両腕を体の前に交差させ、その剣を受けざるを得なかった。
剣が骨ごと悪魔の両腕を貫いた。そして炎が、悪魔に燃え移った。
悪魔は、全身を炎に包まれながら、人間の放つものではない、奇怪な高周波の叫び声を上げた。
悪魔は飛び退った。そして、川の水面に落下した。
レイセンは追いすがった。しかし、間に合わなかった。悪魔は大きな水しぶきを上げて川に落下すると、そのまま波紋だけを残して消えた。
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ダラス『あらゆる盾を貫く矛』
ダグラスは槍を突いた
悪魔は顔をそらした。しかし、十字槍は彼女の頬を割いた
悪魔
その頚椎から喉に槍で貫かれて、死んだ。
「レイセン!」
ダグラスが駆け寄った。そして、背後にいる王女に気づいた。しかし、もちろん、ダグラスは彼女の声をかけなかった
お前たちは、無事だったのか
知っているか、寮が悪魔に襲撃された
ええ、知ってるわ
この道をまっすぐ行け。避難民がいる
サンブラン門に行け
そこから外に出られる
わかった
わかったわ
「おい、ドアンナ」
「……頼んだぞ」
ダグラスは多くを語らなかった。ドアンナたちは、無言で彼にうなずいた。
彼女たちは、道の先へ向かった
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そうしてしばらく東へ走ったのち、彼らはようやくはじめて避難している市民を見つけた。
彼らは8人の男女だった。彼らは、家族なのだろうか。若い男は太ももに大きな怪我をし、初老の男に肩を貸されて片足をひきずりながら走っていた。
彼らがそうやって走っていると、道の先に何人もの避難者が見えた
おお、これこそは
「ようやく避難者に追いついたようだな
【ヤゴー】「手を貸すぜ」
ヤゴーは見かねてそう言うと、老人と肩を変わったが、どうも背丈が違いすぎた。ヤゴーはえいと掛け声を上げて男を背負うと、小走りで走り出した。
アイルたちは、そのまま避難者たちと城門へ向かった。
彼らは、市場を走った
祭りのあと
かき氷機が、倒れていた
そこで
大きな化け物に乗った敵兵が来る
突進してくる
ドアンナ「植物を成長させる魔法」
植木鉢が割れて、植物が急激に成長する
そこで、
分厚い生け垣で道を塞ぐ
さあ、逃げて!
ドアンナは叫ぶ
仮面の男たちが、屋上から舞い降りる
それは、乗りてに飛びかかった。やりを振り回し、、白装束を退けた。しかし、背後を取られた。
首をかき切られて、殺された。
ドアンナ「アイル!」
アイルは仮面をずらし、素顔を見せた。
急げ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
サンブラン門
城門では検問が敷かれていた。衛兵が門の左右に立ち、通過するすべての人間の顔を確認していた。
当然のことながら、検問を通過するには時間がかかった。避難は滞り、市民たちは焦りだした。
【市民】「何をやってるんだ、早くここを通せ!」
市民の叫び声が響いた。それに呼応して、列のあちこちで怒鳴り声が響いた。
【兵士】「これは王命だ!貴様らは黙って従え!」
レイセン「王命だって?ふざけんなよ」
ドアンナ「ええ。王がこんな命令を出すがはずがないわ……」
アマンダを振り返った
ここを通れるだろうか
彼女の赤い髪は、あまりにも目立ちすぎた
兵士は叫び返した。王がこのような命令を出すはずはない。おそらく権力中枢に巣くう売国奴が、王の名を騙り偽の命令を発布しているのだ。
けが人を乗せた馬車が、列になれんでいた。ヤゴーは男をその荷台に下ろすと、列の最後尾にたむろしているアイルたちのところまで戻ってきた。
【ヤゴー】「これからどうするよ」
ヤゴーは訊いた。アイルたちが輪になって顔を見合わせていると、その環の中へ一人の男がぬっと顔を出した。
【謎の男】「王女殿下」
仮面を外した
ドアンナ「アイル!」
お前たちをここから脱出させる
着いて来い
男は急に話しかけた。ゲイルは警戒し、腰の剣に手をかけた。
【謎の男】「警戒するな。俺は王の命を帯びてここにきた。お前たちをここから脱出させる。着いて来い」
【ゲイル】「……お前が信用に足る証拠は」
男は、一呼吸して言った。
【謎の男】「その王命は、銀である」
【ゲイル】「……わかった。案内してくれ」
こうしてアイル立ち一行は男について行った。男は、街道に面した宿に入ると、部屋の奥の倉庫に案内した。
部屋の中には穀類の袋が積み上げられていた。男は小麦の袋を束にして持ち上げると、その下に木で作られた扉が現れた。
男は扉を開けた。扉の中は、地下へ続く階段だった。
【ヤゴー】「おいおいまた地下かよ」
ヤゴーが言った。男は蝋燭を立てたランプをゲイルに渡すと、先へ進むよう促した。
王女が男をすれ違ったとき、男は軽く頭を下げた。
全員が地下の階段へ降りた。扉は閉じられ、アイルたちは再び地下の暗闇に取り残された。
彼らは先へ進んだ。
付いてきてくれないの
俺は行けない
なぜ
アイル「俺は王命に従う以外の行動はできない。わかるだろう
ドアンナ「誓いと制約?」
アイル「そうだ。俺はロンメルン城門を通る国民を守れとしか命じられていないんだ。
ドアンナ「わかったわ。じゃあ双子城に、信頼できる人間をよこして頂戴
アイル「わかった」
また会いましょう」
ーーーーー